Ep7-19 有明コロシアム
ユナさんのバイクと並走するコンテナトレーラーが右車線寄りにゆっくりと幅寄せをしてくる。トレーラーとバイクでは肉弾戦を仕掛けられればもちろんひとたまりもない。ユナさんは速度を落としてトレーラーの背後に回った。
「左折する気ね。このまま市街地に向かうのかしら」
トレーラーに対して攻撃を仕掛けるなら市街地は振りだが、追跡するだけなら小回りの利くバイクが振り切られる恐れはない。相手の動きを見ながら追跡を継続する。俺はトレーラーが信号で停止したらすぐに車体を地面に縛り付けられるように空気を固定する術式を準備してユナさんにしがみついていた。
トレーラーが右ウインカーを点滅させる。
「東京湾岸道路に入る気ね。あそこは交通量が多いから仕掛けどころが難しいわ」
トレーラーが速度を落として交差点に入るころにはちょうど右折の信号が点灯してスムーズに曲がっていく。
「ちっ、信号を制御しているのかしら」
先ほどからあまりにもタイミングよく信号の青が続いている。俺が用意した空気の塊を固定する術式も仕掛けるタイミングが得られない。
そうこうするうちにバイクもトレーラーに追随して東京湾岸道路に入る。高速道路のような道で周りの一般車両もかなりスピードを出していた。こんなところでトレーラーを攻撃したら大事故になりかねない。手をこまねいてついていくことしかできず、歯噛みする。
道路はすぐにトンネルに入る。この道は東京湾の下をくぐってお台場へとつながる海底トンネルだ。
「どこへ行く気?フェリーターミナルかしら?」
ユナさんの独り言がインカムから洩れる。
誘導されるようにコンテナトレーラーの後を追う。
海底トンネルを抜けると先ほどまでの巨大倉庫街から打って変わってきらびやかな商業ビルや高層マンションが目に入るようになった。
南の空に完璧な円を描く満月が輝いていた。
流れていく湾岸の景色と動かずに夜を照らす満月の美しさに一瞬心を奪われる。
ミッションの最中に我ながら呑気なものだと反省して気を引き締めた。
予想が外れ、トレーラーはしばらく直進して特徴的なタワーを過ぎたあたりでランプになっている分岐を上がっていった。左手にかまぼこ型の屋根を持った巨大な施設が見える。体育館だろうか。
トレーラーは左折して巨大施設をぐるりと回り、裏口から構内に侵入していく。ここまでくると俺たちは相手を強制的に停車させるより行き先を見極めることを選択していた。
「有明コロシアムね。こんな場所で一体何をするというの」
「ユナさん、これって絶対……」
「ええ。十中八九罠ね。だけどここまで誘い込まれて今更帰れないわ。毒を食らわば皿までよ」
やっぱりこういうときって女性のほうが思い切りがいいっていうか、腹が座っているよね。
トレーラーが入場しきるかどうかのうちにゲートが閉じ始める。
「しまった!」
人が乗り越えられる程度の伸縮式の柵だけど、バイクは通れない。足止めを喰らって唇を噛むバイクの目の前でゲートが閉じ、トレーラーのテールランプが遠ざかる。
「あっちに一般車両用の入口があったはず。行くわよ」
「あ、はい」
ユナさんが一声かけてバイクのアクセルを開く。
クォォォン
車道を数十メートル進んだ先にコロシアムを囲む歩道の入り口に出た。車止めのポールの間をすり抜け、バイクが無人の歩道を一気に駆け抜ける。建物をぐるりと回り込んでトレーラーが向かった東側の駐車エリアを目指す。
「いた!」
見覚えのあるトレーラーが東ゲート前に横付けされていた。
トレーラーのわきにバイクを止めて降りる。ヘルメットをむしり取るように脱いでユナさんがトレーラーヘッドの運転台に向かう。が、そこは無人だった。俺はトレーラーの後ろに向かってコンテナの扉に手をかける。貨物ターミナル駅を出るときには確かにあった量子結晶の気配が感じられない。嫌な予感に焦りながらコンテナの扉を開ける。中にはがらんとした空っぽの空間が広がっていた。
「ユナさん、空っぽだ。こいつもダミーだったみたいだ」
コンテナの陰から顔を出してみるとユナさんはいなかった。反対側に回り込んで見た先には明かりの洩れる東ゲートに駆け寄っていくユナさんの姿があった。
「単独行動は危険だよ、ユナさん!」
慌てて俺も建物内部へと向かう。
階段を駆け上がり二階席に出る。眼下のテニスコートがある場所、いわゆるアリーナに細身の男が立っていた。青味がかった灰色の髪が作り物のように整った顔を縁取っている。
「ユナ、約束通り来てくれたね」
男が鈴の音のような澄んだボーイソプラノを発した。
「あなたと約束した覚えはないわ。リヴィオ」
声を追いかけて視線を向けると、俺のいる位置からさらにアリーナに向けて降りたコートサイド席にユナさんが立っていた。どこかからモーターが駆動する唸り音が聞こえる。
「つれないなあ。先に行ってくれ、って言っただろ?」
「あれは……」
ユナさんの声に明らかな動揺が混じる。
「先に行ってってことは、あとから合流するっていう約束じゃないか」
「そんな屁理屈……」
否定する言葉だったけれど、ユナさんの声色には涙の気配が含まれていた。
「なら、なぜ今頃迎えに来たの?もっと早くに……なんで……」
「ボクにも事情があったんだ。ごめんよ」
「嘘だ。信じない……。あなたは私を惑わせようとして偽のリヴィオを演じているんだわ。OZのリヴィオ。あなたは情報収集が得だわ。だから私のプロフィールをどこから手に入れて、そんなあくどい芝居をしているのね」
相手を糾弾しながらもユナさんの声は涙をこらえるように震えていた。
そんなユナさんをアリーナの男は穏やかな表情で見つめている。糾弾をあざ笑うでもなく、焦るでもなく、まるで手のかかる妹を見守るかのような態度で。
「あなたが本物のリヴィオ兄さんなら、あたしがここにいるって、レイダースになっているって知ったらすぐに駆け付けてくれたはずよ……だって……あたしは……」
「それはセドリックの役割だろう。ボクは僕の都合最優先で動くってことくらい、ユナは知ってるよね?」
「そうよ!そのとおりよ。あたしが困っているときに一番に駆けつけてくれるのがセドリック兄さんで、なんでもできるくせにいつも後から来て、しかたないなぁって嫌そうな顔をしながら、でもいつも解決してくれるのはリヴィオ兄さんだった……」
ユナさんの口調がいつもの凛としたお姉さんを思わせるものから、頼りない妹のものへと変化していた。涙が溢れて、しゃくりあげる息に言葉を途切れさせながら紡ぎだす。
「なんで?なんであのとき来てくれなかったの?セドリック兄さんがあたしをかばって撃たれて……血がいっぱい、いっぱいあふれて。あたしにはどうしようもなくて……」
「ごめんよ。でもあのときは本当にボクも手いっぱいだったんだよ」




