EP7-17 ダミーと本命
「英太君、追いかけるわよ。しっかりつかまって」
「うぇっ?線路も走れるんですか、このバイク?」
「そんなわけないでしょ」
一瞬、変形して線路を走るバイクを想像したが、レイダースとはいえさすがにそこまでオーバーテクノロジーではないらしい。
「この路線は武蔵野南線って言ってね、貨物専用の路線なの。この先は新川崎まで地下を走るから手が出せないわ」
ユナさんはバイクを走らせながら音声コマンドでコンソールを操作する。
「コマンド・サーチ、現在位置を五分前に通過した貨物列車を特定……ダイヤグラム表示……OK、コマンド・終了。行き先が特定できたわ。」
ユナさんが背中にしがみついている俺にちらりと視線を向ける。
「コール・チャネルゼロ。ユナです。状況が変化しました。ターゲットは貨物線で移動中。行き先は東京貨物ターミナル駅よ。到着時刻は二十四時時三十分」
東京貨物ターミナル駅は大井ふ頭に設けられた貨物線の一大集積所だ。やはりOZは大井ふ頭からタンカーで海外に持ち出す計画のようだ。
『了解した。直接大井ふ頭に向かう』
現在時刻からはあと四十分ほどだ。都心部から向かうリーダーは間に合いそうだ。
『あと三十分か。こっちはちとキツイな。しゃーない、奥の手を使うか』
ショーさんの考え込んだ口調がイヤモニターから流れる。
「奥の手ってなんですか?」
『そりゃおまえ、スピード違反だよ』
わははとショーさんが笑う。
「警察の監視システムのほうはこちらで押さえておくけれど、事故には気をつけてね」
『まかせろ。巻き込まれるような下手な真似はしねぇよ。オーバー』
あ、事故を起こすなっていう心配じゃなくて、事故渋滞に気を付けろってことね。
簡単な情報交換でチーム全体に向けた通話が打ち切られる。おりしも、バイクは第三京浜の料金所を通過するところだった。
「さあて、こちらもちょっと急ぐわよ。しっかりつかまっていてね」
「は……いぃぃぃ」
ETCのゲートを通過した直後、ユナさんがアクセルを大きく開けた。弾丸のように飛び出したバイクは俺の悲鳴を糸のように引きながら一気に加速していった。
「なんとか先回りできたようね」
東京貨物ターミナル駅と書かれた大きな標識の手前でバイクを止める。交差点のアンダーパスを含めば片側五車線もあるような広い道路の路肩には深夜にもかかわらず大型トラックがちらほらと路上駐車していたが車通り自体は少なく、場所柄歩道を歩く人影も見当たらない。ユナさんが用意した偵察用ドローンを打ち上げる。OZに乗っ取られないよう通信回線を量子通信で秘匿したレイド仕様だ。
ヴァァァァン
ユナさんの大型バイクと比べて甲高いエンジン音が近づいてくる。すぐそばに黄緑色のオフロードバイクが停まりリーダーが下りてくる。
「状況は?」
「貨物列車はつい今しがた時刻表通りに到着したわ。ここからトレーラーに積み替えて直接ガントリークレーンのところまで運ぶでしょうね」
ガントリークレーンとはタンカーにコンテナを積み込む用の巨大なクレーンだ。ふ頭の岸壁にいくつも立ち並んでいるキリンのような形をした構造物である。
「ショー、今どのあたりだ?」
『もうすぐ着くよ』
グォー……
「トラック?」
ウインカーを出しながら黒曜石の黒をまとった車体が路側に寄せてくる。トラックと見間違えるほどの横幅がある。速度を落としたピックアップトラックが二台のバイクに近づき、胸よりも高い位置にあるボンネットがにゅうっと視界を横切ってさらに高い屋根へと続く。ファミリーカーの倍はあるかと思うような長い車体の後ろ部分は荷台になっており、今はトノカバーで覆われている。
「なんとか間に合ったな」
パワーウインドウが開いてショーさんが顔を出す。二メートル近い身長がちょうどいいサイズに見える。
「でかいですね」
俺の直球の感想にショーさんがにやりと笑う。
「ああ。今回はトレーラーとやり合う計画だからな。当たり負けしない車両を選んできた」
TOYOTA TUNDRA
米国工場で生産される逆輸入車だ。全長約六メートル、全幅約二メートル。3.4L V型6気筒ツインターボエンジンは最大トルク649N・m、最大出力290kW〈394PS〉をひねり出す。車両総重量三トン超の巨体を誇る生粋のアメリカン・ピックアップトラックである。
「そろったな。先頭が俺、中盤がユナと英太、殿がショーで行くぞ」
二台のバイクで猟犬のように獲物に喰らいつき、大型のピックアップトラックで仕留める。これが今回のノクターナルの布陣だ。
それぞれの車両に乗り込み、位置につく。
「英太君、ここからは運転が荒くなるわ。二人をカバーする形で障壁を構築できるかしら」
「任せてください。振り落とされないようにきっちりホールドしますよ」
ひとつうなずいてユナさんが前方に視線を戻す。偵察ドローンからの映像を確認してインカムにつぶやく。
「コンテナトレーラーが三台来るわ」
赤さびたアーチのようにかかる構内道路高架橋の向こうからエンジ色のコンテナを積んだ長いシャーシのトレーラーが隊列を組んで現れる。嫌な予感がする。
「英太君、ロスト・アセットの確認をお願い」
「……変ですね。三台とも似たような感触だな。どれも量子結晶を積んでいるようです。さっきは一台だったのに」
「偽装工作か。厄介だな」
「少なくとも、一般車両ではないってことね」
「ああ、三台まとめてぶっ飛ばせば問題ない」
ショーさんが桔花のようなことを言っている。
三台のトレーラーは出口に向かって速度を落とす気配がない。
「来るぞ。俺が先行する。おまえたちは後ろから追跡しろ」
「「了解」」
ゴォーー
横転しかねないぎりぎりの速度で一般道に飛び出したトレーラーが車体を傾け大きく車線を横切りながら左折していく。一般道を行く乗用車が慌てて右車線に寄せ、タイヤを鳴らしながら衝突を回避する。
ヴァァァン
回転数を上げたエンジンが甲高い声をあげる。リーダーのオフロードバイクが矢のように飛び出し、軽量な車体を活かして混乱する一般車両を縫いながら一気にトレーラーの前に出た。
トレーラーは先頭車両に続いて残りの車両もノーブレーキで一般道を左折していく。割り込む隙がない。
「行くわよ」
最後尾のテールランプを追ってユナさんがバイクのスタートを切る。こちらも加速力では負けない。すぐにトレーラーの隊列に追いつき、中間の車両の右に着ける。
そのまま一列に立体交差を直進すると思われた中間のトレーラーが左にハンドルを切って側道側へと逃げていく。
「まずいわ。分散して逃げる気よ」
『二両目は任せろ。ユナは最後尾をフォローだ』
「了解」
後ろから追跡するショーさんの車両が側道にコースを変えた車両を追った。ユナさんと俺の乗るバイクは位置を下げて三両目の右後方でトレーラーの動きをうかがう。ここはまだ一般車両が周囲にいて仕掛けられない。
『ショーは早めに仕掛けろ。俺とユナはこのまま二両を前後に挟んでコンテナヤードに入ってから仕掛ける』
『了解』
「わかったわ」
だけどまずいな。敵はこっちの分断を狙っているようだ。
立体交差を登り切ったあともトレーラーは加速をやめない。下り坂を利用して加速していく。明らかに速度超過で一つ目の交差点を突っ切る。すぐに大きな曲率半径で左折する交差点が見えてきた。
先頭のトレーラーが右に車線を寄せる。リーダーが前方に割り込んで牽制するが、トレーラーはお構いなしに突っ込んでいく。後続のトレーラーは速度を落とさずに左にハンドルを切った。慣性がコンテナを引っ張るようにしてシャシーが大きく右に傾く。路面の小さなギャップを拾って小刻みに跳ねる巨体が今にも横転しそうになりながら左折していく。
「漣、ターゲットが分かれたわ。こちらはこのまま後続を追います」
『わかった。各個で対処してくれ』
「嫌な手を使ってくるわね。そろそろ相手から仕掛けてくるわよ」
ユナさんが個別チャネルで伝えてくる。
「了解」
左折後も速度を落とさず爆走するコンテナトレーラーが右車線を走る俺たちにゆっくりと幅寄せを開始した。




