Ep7-16 空中サーカス
九月七日 二十三時三十分
駅前のペレストリアンデッキを降りた先にある赤と白の配色が特徴的なファストフード店の前に立つ。終電が近い時間帯なのに駅に向かう人が意外と多くて視線の置き場に困る。どっちを向いても歩行者と目が合いそうだ。
くそっ、ユナさん絶対にわざとだ。革のジャケットに革パンツで電車に乗せられた上にこんな人通りの多い駅前の交差点で待ち合わせだなんて。相手はトラックなんだから今日のミッションは前回同様車で追いかけるはずなのになんで現地集合?前は拠点の地下駐車場から乗り込んだのに……。
通りすがりの女子高生らしき私服の女子がくすくすと笑いながら横断歩道を渡っていく。渡り終えたあともこちらをちらちらと見ている気がするが、俺のほうから目線を合わせる気になれずに横を向く。
やっぱり浮いているよなぁ。変装を兼ねて革パンツに合わせたような髪形にセットしてきたが……普段していないことをしても違和感が増えただけだった気がする。穴があったら入りたい。というかあそこの柱の陰に隠れたいけど、ユナさんは車で来るはずだから車道に近い開けた場所から離れるわけにはいかなかった。
うわ、あっちから地元っぽい兄さんたちが来る。絡まれたら恥ずかしいどころじゃすまないって……。
コォォォ……
高架を通る電車のノイズに紛れて遠くに高回転のエンジン音が聞こえる。
三人連れの兄さんたちと目が合ってしまい慌てて目をそらす。が、後頭部に突き刺さる視線が彼らにロックオンされたことを気付かせる。
やばい。場所を変えようか。でもそうしたらユナさんと合流できなくなるし……。
ヴォォォ……ン……
後ろを振り返りそうになる俺の意識をますます大きくなるエンジン音が道路に引き戻す。
ヴォォォォォンッ!
轟音とともにフルカウルの巨体が遠く視界に現れた。それは瞬く間に接近すると急速に減速し、俺の目の前でぴたりと停止した。鮮烈なブルーが目に飛び込んでくる。
ヴォン……ドゥルルル……
エンジンを切りサイドスタンドを立ててライディングスーツ姿の女性が降り立つ。
「待った?」
脱いだフルフェイスのヘルメットのチンガードをつかみ、片方の手で乱れたアシンメトリボブヘアをさらりと搔き上げる。
「ユナさん」
「はい、こっちが英太君の分よ。しっかり顎ひもを締めてね」
手に押し付けられたヘルメットを持ったまま、チンチンと熱収縮音を立てる大型バイクを目を丸くして見つめた。
夏山の目の痛くなるような澄んだ青空の色をしたフルカウルボディ。ヘッドライト上下とエアインテークに隈取りのように入るブリリアンホワイトのライン。そして見間違えようもないカウルに刻まれた白の一文字。
GSX1300R Hayabusa
1340cc水冷直列四気筒エンジンは最大出力138kW〈188PS〉/最大トルク149N・mを叩き出す。静止状態からわずか18秒で最高速度320km/hに達するモンスターマシンだ。
「ぼおっとしてないで行くわよ」
「うわっぷ」
フリーズしている俺にあきれたような顔を見せたユナさんに手の中のヘルメットを頭からかぶせられ、慌てて身支度を整える。早く乗れと手招きするユナさんの肩に手を置かせてもらい、タンデムシートにまたがる。これなら確かに用意された革パンツもシチュエーションにぴったりはまる。からかわれたわけじゃないんだ、と反省している俺にユナさんが少し振り向いて声をかけてきた。
「英太君はバイクに乗るのは初めて?」
「はい」
「じゃあ、加速が凄いからしっかりつかまっているのよ」
「あ、えっと、どこにつかまれば……」
「腰に手を回してしっかりなさい。体を離すと運転しづらいわ。ああ、もし心配なら術式で体を車体に固定するといいわ。行くわよ?」
おずおずと腕を伸ばす俺の様子をくすくすと笑いながらユナさんがエンジンを始動する。
ヴォヴォヴォヴォ……
カコンとシフトペダルを入れる音。
ヴォォン
うわっ。
優しくスタートしたはずなのにそれでも首が後ろにもっていかれそうになる。大型バイクの圧倒的な加速力に口から飛び出しそうになる叫びを俺は必死に飲み込んだ。
「しゃべらなくていいから目はしっかり開いていてね。英太君の役目は索敵と防御。それからできれば敵車両の妨害よ」
「はい」
フルフェイスのヘルメットの中にはインカムが備えてあり、ライディング中でもユナさんとの会話は問題ない。
五分ほどで目的地に到着した。レンガ色の塀が途切れる車両出入口の斜向かいにある駐車場にバイクを乗り入れて待機する。念のため空気の屈折率を変えて簡易的な光学迷彩の壁を構築する。身動きすれば不自然な影が映るが、夜間にじっとしている分には人目に触れることはない。
じりじりとした時間が過ぎるが、ほかの候補地に詰めているリーダーとショーさんからも連絡はない。いずれかの候補地で動きがあるまでは待つしかない。
「来た」
何かのセンサーからの情報を確認したユナさんが顔を上げる。ガラガラと車両出入口の門が開き、大型のトレーラーがのそりと姿を現した。
「大きい……」
十トントラックよりもさらに長い、コンテナ用のトレーラーだ。狭い一般道を目いっぱい使ってハンドルを切り、トレーラーがゆっくりと門から出てくる。
「英太君、乗って」
「はい」




