Ep7-1 月隠《つきごもり》(2)
今回の渡米は一週間の予定だった。数か月前から予定していてチームの活動とも調整していたのだが、最近の目まぐるしい状況変化の影響で渡航の日程と今度のレイドの日付がかぶってしまっていた。比較的危険度の低いミッションで現場での訓練を兼ねて年少組の二人だけで参戦することになったのだ。リーダーの判断とはいえ、ミッションの最中に国外に出ることに申し訳なさと一抹の不安を覚えていたユナは、このあとの日程をどうするか悩んでいた。
オークリッジでの調査を継続するか。
ワシントンD.C.まで足を延ばして政府関係の機関を洗うか。
まだ二日目だがまったく手ごたえがない個人的な調査に時間を使ってチーム活動から離れていることに後ろ髪をひかれていた。また、どのような形であれ米国政府機関に接触するのはリスクがあった。もし万が一、ユナが飼われていた組織の残党がいたら、それこそ飢えた虎の前に身を投じるのも同然だ。
地図を広げたホテルの一室でユナの手は自然と携帯端末へ伸びていた。
『もしもし、俺だ。何かあったか?』
コール二回でショーの声が返ってくる。
「こちらは問題ないわ。桔花ちゃんと英太君のことが気になって」
『心配性だな』
ショーの声にわずかに含まれていた緊張が解け、からかうような口調になる。
「本当に二人だけで大丈夫かしら」
ユナが心配気につぶやく。
『ドンパチは禁止だし、今回は建物の損壊も禁じられている。大丈夫だろ』
ショーの声がくぐもって聞こえるのは手元で何やら作業をしているせいらしい。太い首に携帯端末を挟んだまま起用に作業をするショーの姿が目に浮かぶ。
「でも漣とは当分連絡がつかないんでしょう?何かあったときのフォローがないのは不安ね」
『リーダーがいけるって判断したんだ。俺たちは外野に徹するさ』
飄々としたショーの口調はチームメイトを見放したわけではなくユナの憂慮を払拭するために発せられたものだ。
仲間、という単語が頭をよぎり胸を暖かくする。
『とりあえず俺は休暇中だ。娘は祖母の家にお泊りに行っているし、久しぶりにのんびりと深夜のドライブにでも行ってくるよ。皇居のあたりなんかは道も空いているだろう』
携帯端末越しにカシャンと金属音が鳴る。ああ、彼は二人を見守るために動いてくれるんだ。
「ショー……」
『まあそういうわけだから、そっちも気にせずにゆっくり休め。っと、そっちはちょうど昼時かな』
彼が見守っているのは桔花と英太君だけじゃない。私のこともちゃんと見てくれている。それが伝わってきてユナに久しぶりに笑顔が戻る。
「そうね。せっかくだからルームサービスを取って部屋でゆっくりと食事を楽しもうかしら」
通話を切ったユナはルームサービスを頼んだ後、すぐに帰国の便を手配した。
成果の上がらない個人的な調査にかまける時間は終わりだ。今の自分の居場所がどこか再確認した思いだった。
「さて、そうと決まればこっちでできるサポートはしっかりとしなきゃね」
ユナは届いた食事をつまみながら、コンソールに向かった。幾重にも開かれたウインドウの一つに青みがかった古い茶器の画像が映っていた。
***
帰国後、大奮闘をした桔花と英太からレイドの報告を受けたユナは記録保存のための報告書を作成していた。
「切り離された時空間に閉じ込められた古い館、か。とんでもないわね」
ランクCと告げられたレイドが蓋を開けてみればとんでもない高難易度ミッションだった。無事に戻ってこられたのは奇跡的といってもいい。
「もっとも、あの子たちがいれば何とかなっちゃうんでしょうけど」
桔花の持つポテンシャルは秘密ではあるがチーム内では共有されている情報だ。だけどそれよりも意外なのは英太の存在だった。彼がかかわるようになってから何かが違っている。そんな中でもシロウトのはずの彼は必ず帰還していた。運がいいというのとはちょっと違うような、なんとも不思議な印象だ。
「不思議といえば山下氏の執念よね」
豊富なレリックを駆使して時代を越えて人心を操り思いを遂げようとした行為は執念としか言いようがない。それに蘇りという古代からの人類の夢想にあと一歩のところまでたどりついていたという事実。
死後の世界があるとして、山下氏がやったことは現世とあの世の狭間にある曖昧な状態?空間?次元?そういった何かを利用したということだ。そのような世界があることを示して見せた。ユナは恐れ多いと感じつつも惹かれずにはいられなかった。
鏡の世界。
同じ時間を何度も繰り返す蓄音機。
魂を閉じ込める小瓶。
生前の時間を切り取る幻燈。
これらのロスト・アセットは文字通り失われてしまったか、運営に回収され手の届かないものとなった。ただ一つを除いて。
報告書を作成するユナの指はいつの間にか止まり、画面に映し出された古い茶器をなぞっていた。




