Ep7-13 始業式
夏休みが終わり、今日から新学期だ。全国のほとんどの学生が憂鬱になる日である。それでも久しぶりにクラスメイトと会うのは楽しみなので、自ずとテンションが上がる。
「おはよう。あれ、カトウがもう来てる」
通りすがりにクラスメイトに挨拶をしながら自席に向かうと、いつも遅刻ギリギリのカトウがすでに前の席に座っていた。というか突っ伏していた。早いのは今日が始業式だからだろうか。
「どした?夏休みの課題の追い込みで徹夜か?」
こいつが朝早い理由なんてそのくらいだろうとからかってみたが、反応がない。
「……英太、俺はもう終わりだ……」
突っ伏したままカトウがつぶやく。
「なんだ。やっぱり課題が終わらなかったか」
「……そんなんじゃねぇ」
「そっか、残念だったな」
よくわからんが、カトウは終わったらしい。あとで線香の一本でもあげてやろう。俺は面倒くさいことになっている友人を見捨てて課題の提出準備を始める。
「もっと根掘り葉掘り聞けよ~」
「俺はプライバシーを尊重する人間だ。むやみに個人的な事情には踏み込まない主義なんで」
知らぬがホトケ、触らぬナントカに祟りなしだ。
「冷血漢、ひとでなし、鉄面皮、厚顔無恥ぃ~」
いや、最後のは逆の意味だろう。
生き返ったゾンビみたいにすがりついてくるカトウの顔面を押しとどめながら根負けして棒読みで問いかける。
「はいはい。へー、たいへんだったねカトウ君。で、何があったのー」
「……フラれた」
おっと、これはマジのやつ?
「相手は藤代?まあ、おまえはがんばったよ。うん。エライ」
「なっ。俺、相手の名前言ってないよね。なんでわかった?」
ガバッと起き上がって小声で囁く。
「なんでって……バレバレじゃん」
「マジか」
「まあ、いい青春の思い出ってやつだよ。切り替えていけ」
「なんであきらめてんだよぅ」
「だって結果は出たんだろ?フラれたって」
「まだわからないだろ?ワンチャンあるかもだし」
「ノーって言われたならワンチャンもくそもないだろ?」
ラブコメではフラれてから始まる物語ってのもあるが、アレは主人公補正が二〇〇%かかってこその展開だ。モブには当てはまらない。
「……言われてないし」
「は?じゃあ何で落ち込んでんだよ」
「割と順調だと思ったんだよ。夏休みの間も結構連絡取ってたし何回か遊びにも行ったし」
「二人で?」
「二人でっていうか、みんなで」
「みんな、ねぇ……」
藤代も友達が多いし、ダブルデートやグループデートっていうところだろうか。イベント好きなカトウのことだから何となく想像はつく。やっぱりやってんなぁ、こいつ。陰キャ気味の俺とは大違いだ。
「そんで、プールとか夏祭りとか。花火大会なんか二回くらい行ってさ」
ほうほう、充実していらっしゃることで。いや、俺も充実してたよ?レイドの訓練でショーさんにしごかれたりしてさ。
「夏休みの最終日もみんなで遊ぼうって誘ったら『わたし行かない』て言われて」
「ん?みんなで?」
「なんでって聞いたら、『ばか、知らないっ』って言われてバッグでぶっ叩かれた」
「……」
これは惚気話を聞かされているのか?
「それ以来連絡しても出てくれないんだよ」
「……ちょっと待て。おまえ、藤代さんに告白したんだよな?」
「いや。まだだよ」
なっ。思わず立ち上がって声を張り上げそうになる。
「それじゃまだ付き合ってねーんじゃん、おまえら」
辛うじて机をつかんで身を乗り出す程度のリアクションに抑えてカトウに噛みつく。
「追い追い告白しようと思っていてだな。何度かいい感じになったんだぞ?」
つまり、いざってところでヘタレたと。
「で今度こそ、って気合入れた矢先だったんだ」
「知るか。フッたフラれたは告白してからにしろ」
「そんなぁ。親友だろ?力になってくれよぉ」
「知らん。第一、経験値ゼロの俺に聞いて何かの足しになると思うのか?」
「……」
そこで黙り込むのはちょっと失礼じゃないか?
こんな面倒な話はとっとと切り上げるに限るな。
「カトウよ。俺からのアドバイスはひとつだけだ。すっぱりあきらめるか、あきらめずに告白して玉砕するか。男なら、二つに一つだ」
「おお、英太。夏休みの間におまえもちょっと男らしくなったな」
「ふっ、俺もいくつか修羅場(物理)をくぐり抜けたからな」
「よし、なんか気合入った。あきらめるか玉砕するか、ちゃんと決めるよ、俺」
「うむ、がんばれ」
骨は拾わないがな。
教室の入り口付近ではクラスの女子が久しぶりの顔合わせに盛り上がっていた。
「おひさー、ミサちょ」
「カレン様、おひさー。一週間ぶりー」
「リオちんも久しぶりー。あれ、髪切った?」
「んー、海とかプールとかで傷んだからねー。って、あんたとは一学期ぶりなんだから髪切ったに決まってるっしょ」
「あはは。するどい。でもミサちょは一週間しか経ってないのにずいぶんイメージ変わったねー」
「そ、そう?前からこんなだと思うけど……」
「えー、前よりちょっとギャル味、増してない?」
「そうかな」
「なんかあった?」
「な、な、な、何にもないわよ」
「ふーん、ま、似合ってるよぉ」
「ありがと」
カレンが去った後、莉緒が美咲を振り向いて言った。
「いつもおちゃらけているけど鋭いわね。あの子」
「えっ」
「あんな返事、何かあったって自白しているようなものよ」
「う」
「わたしにも言えないこと?」
「……」
「フラれた?」
「ルカ!」
いつの間にか机の脇から覗き込んできたルカに核心を突かれて美咲の声に動揺が走る。
「そそそ、そんなことあるわけないじゃない」
「ミサキって付き合ってたっけ?」
「!」
「カトゥ……」
「ないない、付き合うわけないでしょ。あんなヤツ。告白もされてないし……」
「つまり、告白待ちだった」
「えっ、ちがっ」
「で、肩透かしを喰らったと。だから拗ねてんのか」
「拗ねてないし。アイツとはみんなで遊んだだけだし……」
「二人っきりで誘われなかったから腹を立てていると」
「ないわー。二人っきりのデートに誘えない男とかダメダメじゃん」
「そんなんじゃないし。それにイベント仕切ってるときなんて頼りになるし」
「でもミサキをほっぽってみんなの面倒を見まくってたと」
「それは……仕方ないじゃない。彼女じゃないんだし……」
気づけば美咲は目でカトウを追っていた。何やら友達の石守君と話し込んでいる様子だ。話題に上がったのか、美咲のほうに視線を向けてくるのを見て、プイっと顔を反らす。
「おやおや、これは重傷だね、ルカさん」
「ええ、リオちん。ミサちょは見かけに寄らず乙女ですから」
「告っちゃえば?」
「そんなの……できるワケないじゃない」
「まあ、そうですね。恋愛においては先に告白したほうが負け、といいますから」
「じゃあどうすんのよ。ミサキがこのまま面倒くさいままなのは困るわ」
「あちらから告白させましょう」
「どうやって?」
「女子数人でガン詰めしましょう。告白しなければ社会的地位を失うことになるぞと」
「ちょ、やめてよ。そんなので告白されてもどんな顔して受ければいいのよ?」
「告白を受けることは決まってるんだ」
二人にニヤニヤとつめられて美咲が真っ赤な顔を伏せた。
高校生の日常が再開する中、桔花は検査のため新学期早々三日間学校を休んだ。




