第二十七話 鋼鉄の意志
自衛隊の越境から五時間後
王都マルグリース
王弟クロヴィスは、王城マルグリースの作戦室で、飛び込んでくる報告を片端から聞いていた。
どれも悪報だった。
だがそれ以上に彼を追い詰めたのは、その悪報がどれ一つとして彼の知っている常識に収まらない、ということだった。
「アイゼンブルク要塞、沈黙!」
「前線のハブ要塞が次々と攻撃されています!」
「沈黙だと?」
クロヴィスは言葉を失う。
「攻城戦はいつ始まった。籠城で粘れるはずだ。何が起こってる」
「攻城戦はありませんでした。空から何かが降って来て、要塞の内側から爆発が起こったそうです。要塞は機能を沈黙、補給物資や予備兵力などは全て……」
「そんな簡単に沈黙したと言うのか!」
クロヴィスは机を叩いた。
もはや、かつての冷静な彼ではなかった。
「殿下! リンダウの駐屯地にて爆発! 続いて、オルレア、ヴェスト、各都市後方の駐屯地が次々と……敵の槍に!」
「敵は⁉︎」
「見えていません!」
「なんだと……⁉︎」
「空にも地平にも敵影はありません。ただ白い煙の尾を引いた何かが、地平の彼方から飛んできたのです」
クロヴィスは地図を睨んだ。
だが前線が引かれていたはずの地図は、もう役に立たなかった。
彼が得意とした戦争は、敵の進軍路を読み、要所を押さえ、伏兵を置き、迂回する。そういう盤面の戦いだった。
だがこの敵は、その盤面に乗ってこなかった。地平の向こうから、空の上から、顔も見せずに殺してくる。
こちらが進軍に対応する前に、敵は盤面をひっくり返し、抵抗できなくさせているのだった。
「……どうやって、戦えと、言うのだ」
クロヴィスは呻いた。彼の手が震えていた。
奇襲を組み、ハルゲニアの精鋭騎士団を動かし、日本をあと一歩まで追い詰めたあの冷徹な頭脳が。
今は答えを一つも出せずにいた。答えがなかったからだ。この戦い方に、勝てる回答など存在しない。
「兄上……いえ、陛下」
クロヴィスは、傍らに立つシュナイダーを見た。
「私は……どう、すれば」
シュナイダーは地図ではなく、窓の外を見ていた。
王都の空。まだ青い。まだ攻撃されていない。だがその青さが、いつその白い尾に裂かれるかわからなかった。
「クロヴィス」
王は静かに言った。
「お前は悪くない。お前の戦は正しいだろう。……ただ相手が、我々の知る戦をしていない。それだけだ」
「では、我々は、どうすれば」
シュナイダーは何も言えなかった。その正直さが、今いちばん恐ろしかった。
「……王都の防備を固めよ。敵軍は十万人ほどで迫っているが、このマルグリースに来るまでその人数では保たん。部隊をかき集め、守りの姿勢に入るのだ」
シュナイダーはそう答えた。それ以外の回答はなかった。存在しなかった。
防備を固めても敵の攻撃が届くのは間違いない。いつこの王都に敵軍が到達するか、予測できない。
かつて仔狼のうちに討つと叫んだ彼であるが、今討たれようとしてるのはこちらだった。
それも杖を交える前に、誇りを示す間もなく、盤面を見る間もない。
彼が王として民に約束したその戦争は、終わりを告げようとしていた。
「陛下!」
そこへ、新たな伝令が飛び込んできた。
「日本の地上部隊がさらに内陸へ! 各地の駐屯地が次々と攻撃されています! 応援要請も!」
その応援要請が報われることは、もうなかった。
数十分前
ハルゲニア領内 森林地帯
その駐屯地に詰めていたハルゲニア兵たちは、まだ幸運なほうだった。
他の駐屯地や要塞のように、空から爆弾や巡航ミサイルで攻撃されることはなかったからだ。
森の木々が彼らを隠し、攻撃を後回しにさせていただけ。だから彼らは思っていた。ここならまだ戦える、と。
その森の際で、遠野稜の小隊が静かに展開していた。
「レンジャー、先行」
分隊長の指示で、地面を低い四本の脚で駆けていく影があった。
犬型の軍用ロボット「レンジャー」である。
これまでの戦訓や舞台からの要望を受け、新たに配備された無人の偵察機だ。
生き物の犬よりやや大きい金属の体躯と、不整地を駆け抜けることができる強固な四本の脚部を持つ。
そして音もなく、木々のあいだを縫って駆けていく性能を有していた。
「映像、来てます」
遠野は胸元の端末を見た。
レンジャーの目が捉えた、駐屯地の様子が次々と映し出される。
天幕の数、見張りの位置、兵のおおよその人数。全て丸裸だ。
上空の偵察ドローンも合わせてマッピングしており、ものの数分で敵地の詳細な図面が出来上がっていた。
「敵兵およそ五百。主力は駐屯地の中央。街道側に警戒を集中させています。……裏の森側は手薄です」
「よし」
伊坂連隊長は作戦を頭の中で組み立てると、無線へ声を流した。
「予定通りだ。街道から装甲車と戦車で正面の敵を惹きつける。普通科は手薄な裏から駐屯地を制圧しろ」
作戦はレンジャーが描いた図面の通りに動き出した。
まず街道から19式装軌装甲車と10式戦車が、木々をなぎ倒しながら堂々と姿を現した。
ハルゲニア兵たちが色めき立つ。
「来たぞ! 迎え撃て!」
魔導師たちが街道へ向き直り、対戦車魔法を放つ。だがその攻撃の多くは10式戦車の装甲の硬い部分に当たって弾かれるか、搭載されたAPSで迎撃されるだけだった。
10式戦車の主砲が応戦。天幕が吹き飛ぶ。敵の注意がすべて街道側へ吸い寄せられていた。
そしてその背後から、遠野たちの小隊が森を抜けて忍び寄っていた。
遠野の分隊にはもう一体のレンジャーがいた。偵察型ではない。その背中に軽機関銃を逆さまに載せた武装型だった。
「突入」
分隊長が囁いた。
武装型レンジャーが真っ先に森の際から飛び出した。後方支援のハルゲニア兵がそれに気づいた。
「な……なんだあれ?」
「鉄の、犬……? 使い魔か!?」
彼らがそれを敵と認識するその前に。、レンジャーの軽機関銃が火を噴いた。
──ダダダダダダダダダダダッ‼︎
まるでまな板を強く叩くかのような連続した乾いた音。
軽機関銃は裏の警戒線をなぎ払った。ロボットは恐れないし疲れない。ただ狙った標的を正確に撃ち殺して制圧していく。
それは遠野がこれまで見てきたどんな射撃よりも冷たく、正確だった。
遠野たちは火力支援の下、駐屯地へなだれ込んだ。
ハルゲニアの兵士たちが振り返り、こちらへ対人魔法を放とうとする。
だが遅い。そのハルゲニア兵達を一人ずつ20式小銃で処理していく。
戦車と裏どりに挟まれた駐屯地は、もう崩れ始めていた。遠野は天幕の裏から逃げるハルゲニア兵を撃ち殺していた。
レンジャーが臆することなく前に出る。ハルゲニア兵達は応戦する間もなく軽機関銃の火力に駆逐されていた。
制圧はわずか数分で終わった。ハルゲニア兵はほぼ殲滅された。




