第二十三話 悲劇
今回の話は前々から本作で書きたいと思ってた場面です。
越境から三日
クロヴィスの野戦指揮所にて、前線から次々と報告が飛び込んでいた。
魔導信号で中継局に流れ込んでくるその文字列は、どれも悪い報せだった。
「アリブルクの第Ⅱ軍団各騎士団の通信、途絶しました……」
「なんだと?」
最悪の知らせに、クロヴィスは地図から顔を上げた。
「何を言っている。第Ⅱ軍団は数万はいたはずだ。接敵の報告を聞いてから一時間も経ってない。何かの間違いだ」
「いえ、指揮官の応答がありません。一部部隊が後方の丘に撤退しようとしましたが、そこはすでに敵軍の陣地だったそうです」
「その方向は我らの退路のはずだ。一体いつ敵が回り込んだ」
「それが……空からです」
クロヴィスは言葉を失って、拳を地図に叩きつけた。
「空だと……⁉︎」
歯が、軋んだ。
「奴らは科学文明だ。レスタミアのような空中艦は持ち合わせていないはずでは……」
「殿下……」
「まさか読み違えたのか。この私が……!」
クロヴィスは、呻いた。
「あと一歩だったのだ。私の戦争計画が……」
「弟よ」
幕舎の入口に、いつの間にかシュナイダーが立っていた。
戴冠したばかりの若き王。その顔に怒りはなかった。ただ静かな疲れがあった。
「もう十分だ、クロヴィス」
「兄──いえ、陛下! まだです! 残った兵を、かき集めれば、まだ──」
「かき集めてどうする」
シュナイダーの声は穏やかだった。
「お前はよく考えてくれたが、状況は悪くなる一方だ。事前の準備通り、こちらは何事も無かったかのように手を引く。あまりシエスタルに固執するな」
「ではこのまま退けと? 兵の屍を、あの平原に置き去りにして?」
「そうだ」
シュナイダーは、頷いた。
「潔く退く。残った兵は一人でも多く国へ連れて帰るが、軍としては完全に手を引く。目的は達した」
クロヴィスは唇を噛んだ。
クロヴィスとしてはこのゲーム、もう少し上手くやれるはずだった。盤面のゲームをひっくり返され、彼に悔しさが滲む。
だがよくよく考えればこの戦争、難民問題の最終的解決が目的だった。難民を甘い言葉で惑わし動員し、日本に喧嘩を売り、口減らしで解決する。
ハルゲニアに流れ込んできた難民の数はおよそ二十万人。少なくともこれで半分以上は減らせた。
ゲームは、そのついでだった。
「……撤退の命令を出せ、クロヴィス。これは王命だ」
弟は、しばらく兄を見つめていた。彼は失敗に備えて初めから尻尾切りをするつもりだった。
しかしそれも難民問題を解決に導き、国の利益を第一に優先する王の策略。クロヴィスはそれを理解し、深く頭を垂れた。
「……御意」
こうしてハルゲニアの"解放戦争"は、三日で退き潮に転じた。
その道中、ハルゲニア軍は難民たちを見捨てて置き去りにした。もしくは難民を背後の陣地に突撃させ、自分たちだけハルゲニアに帰っていった。
彼らの真の目的は、達成されていたのだ。
越境から四日目
旧シエスタル 仮設の捕虜収容所。
夕焼け空が広がるとある森の岩場。
そこに鉄条網が広げられ、簡易的な自衛隊の陣地が築かれていた。そこには武器を捨てた武装難民が多数、正確な数にしておよそ五百人という数が、両手をパラコードで縛られて蹲っていた。
その中に、クルトとヴィムもいた。彼らも先導してくれていたハルゲニア軍と逸れてしまい、自衛隊に捕虜となっていた。
ヴィムは妻と子供たちをハルゲニアに置いて武器を持った。彼は越境に付き合わされたが、なんとか命だけは助かりそうだと、希望を持っていた。
「おい、日本兵」
クルトが隻腕を突き出し、自衛隊員に対して言う。その声は図々しいほど、堂々としていた。
「我々を捕虜として正当に扱え。ジュネーブだかなんだか知らないが、貴様らの世界にもそういう決まりがあるんだろう? 武器は捨てた。俺たちは投降した。丁重に扱う義務が貴様らにはある」
「……ほう、よく知ってるな」
持ち物を調べていた自衛官が、手を止めずにそう言った。
「敗者の癖によく喋るぜ」
「敗けても権利はあるだろう。それが文明ってもんだ」
「文明、ねぇ」
そう言った自衛官の手が、クルトの外套の内側を見ていた。
自衛官はそこに手を突っ込み、クルトが反応する前にその中身を引きずり出した。
「……じゃあこれは何だ」
自衛官の声が低くなった。
クルトの口が止まった。図々しさが、その顔からすっと引いた。
「これは何だと聞いてる」
自衛官はその金属の物体を突きつけた。
腕時計だった。それも日本製の、自衛隊の支給品でも無い。
続けてもう一つ、砕けた画面の携帯電話が出てきた。どちらもこの世界のものではない。難民が持っているはずのないものだった。
「日本製だな。お前がシエスタルの農民だってんなら、なんでこんなものを持ってる? どこで手に入れたんだ」
「そ、それは……」
答えはなかった。
答えられるはずがなかった。
それはクルトらが避難中だった日本の民間人の車列を襲撃し、彼らの亡骸から剥ぎ取ったものだった。
民間人を皆殺しにして、その死体から金目のものを略奪したのだった。
物欲しさと貧しさ、そして被害者意識から、珍しいお宝を探し出す感覚で剥ぎ取ったのだ。
すると騒ぎを聞きつけた中隊長の砂川一尉が、クルトたちの方へ歩み寄ってきた。
彼は時計と携帯を見て、そしてクルトの折半詰まった顔を見て、すべてを理解した。
「……お前たちだったのか」
砂川の声が震えていた。心の底から湧き立つ怒りで震えていた。
「民間人の車列を襲ったのはお前たちか。丸腰の民間人を襲い、あまつさえ持ち物を奪うとは──」
「ち、違う! 俺たちは難民だ! 故郷を追われた被害者だ!」
誰かがそう叫んだ。
砂川はその言葉に、苛立ちを覚えた。
「被害者だと?」
砂川は剥ぎ取られた時計を、強く握りしめた。
「被害者が丸腰の民間人を焼くのか? 子供を殺して、その死体を漁るのか?」
「あ、あんたらが! あんたらが先に俺たちの故郷を──」
「黙れ」
砂川一尉は部下たちに向き直り、階級の高い隊員に問いかける。
「曹長、こいつらは軍服を着ていたか?」
「いいえ」
「所属を表す徽章は?」
「ありません」
「指揮官は所属を名乗ったか?」
「解放戦線だと名乗りました」
「それがハルゲニア軍の正式な部隊だったという証明は?」
「できません。そんなものは一切ありません」
「そうか」
砂川は問いかけを終えると、難民たちを鋭い目つきで睨みつけた。
その目はもう据わっていた。
「……総員よく聞け。こいつらは難民じゃない」
「えっ──」
傍でそれを青ざめて見ていたヴィムは、彼らが何を言っているのか意味が分からず、そんな一言しか発せられなかった。
「武装したテロリストとして再分類する。貴様らは犯罪者だ、日本では極刑に値する」
「な、なんだと!?」
衝撃的な言葉に、クルトは目を剥いた。
その途端、難民達は言葉を失い怯え始め、その中の一人が砂川に抗議しようと立ち上がった。
「ふ、ふざけるな! 俺たちは難民だぞ!」
「総員、構え!」
砂川は犯罪者の御託を無視した。
部下たちの銃口が一斉に上がる。誰も迷わなかった。彼らの脳裏にあの車列の焼け焦げた民間人の姿が思い浮かんで、その指を迷わせなかった。
「ま、待って──」
「撃てっ‼︎」
──パパパパパパパパッ‼︎
その途端、連続した乾いた音が、仮設収容所を埋め尽くした。
ヴィムは最後に、故郷のあの家の玄関を思い出しながら銃弾を浴びた。あの日、鍵をかけた玄関。帰ってくると妻と子供たちに言った、あの家のこと。
優しいだけの農夫の一生が、そこで終わった。難民ではなく。テロリスト、もしくは犯罪者として分類し直されて。
しかし、本当の彼がただの家に帰りたいだけの父親であったことを知る者は、その場に一人もいなかった。
──パパンッ‼︎
──パンッ、パンッ!
──パパパパパパパパッ‼︎
その後も銃声は響き続けた。
もはや誰がテロリストで、誰がハルゲニア軍で、誰が難民なのかは関係ない。
それを選り分ける手間を、砂川は一切合切全て省いた。彼はあの車列で殺された弟家族のことだけを思い出していた。
こうして虐殺が虐殺を生み、憎しみが憎しみを正当化し、人が人を分類し直し、そして殺した。
後世の誰にも記されぬ人の死が、またいくつも積み重なっていった。
今回はノリノリで書きました。
皆さん難民が特権階級化しててイラついてたと思うので、ちょうどよかったでしょう?




