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日の丸は異世界の敵  作者: 篠乃丸@綾香
第一章 占領者の日本
18/19

第十八話 越境

日本が転移してから一年と半年

ハルゲニア王国 王都マルグリース


 選挙王政の玉座は、その日、シュナイダー・エル・ブランコのものになった。

 セシリア・コルネットの失脚が、天秤を決定的に傾けた。

 彼らが選んだのは、狼を討てと高らかに叫んだ若く美しい第一王子だった。貴族評議会の投票は、開票を待つまでもなかった。


「諸君。私は残念ながら、平和を約束できない」


 戴冠の式典で、シュナイダーは簡潔に語った。

 その言葉にざわめく大広間を、若き王は静かに見渡した。


「シエスタルは滅ぼされた。我が国のコルネット卿も、対話を望んだが嵌められた。対話とは、あの機械の民に対しては緩やかな服従の別名にすぎない」


 王の声が、大理石の柱を伝って、隅々まで届いた。


「このまま手を拱いていれば、我らは次のシエスタルになるだろう。ならば、狼がまだ仔狼のうちに、これを討つ。それが、私が諸君に約束する唯一のことだ!」


 大広間が、地鳴りのような歓声で揺れた。

 その光景をセシリアは、末席から見ていた。ただ見ているだけだった。


 候補を外された身に、式典を欠席する自由はなかった。彼女は義務としてそこにいた。

 シュナイダーの言葉は雄弁だった。そしてある意味では間違ってはいなかった。

 日本が月ごとに強くなること。対話が意味をなさないことを。

 彼女自身がその対話の窓辺で追い詰められ、切り捨てられたのだからよくわかっていた


 ただ、一つ。シュナイダーは日本軍の実力については語らなかった。

 シエスタルの軍隊を破壊したという、未知の機械文明の兵器や武器に関しては、ハルゲニアにとってまだ分からない部分が多い。

 だがそれを言う口は、彼女にはもう与えられていなかった。

 歓呼する諸侯の海の中で、セシリアは一人、冷たい予感に震えていた。


「……止められないのですか」


 隣でマリアが小さく呟いた。

 かつて日本を最も嫌っていた娘の声に、憎悪はない。今彼女の中にあるのは、破滅の予感だった。


「セシリア様。彼奴は日本に勝てると本気で信じているのですか」

「信じているわ」


 セシリアは、目を伏せた。


「信じているから、どうしようもないのよ」













 シュナイダーの雄弁は、確信から来ていた。

 そしてその確信の裏には、第二王子のクロヴィス・エル・ブランコが居た。

 シュナイダーの母違いの弟であり、ハルゲニア王国の軍務を実質的に握る男だった。

 母は違えど、兄弟仲は悪くない。それどころか二人は手を結んでいた。

 兄が広間で民を熱狂させるあいだ、弟は地図の前にで計画を練っていた。派手さはない。愛想もない。だがこの王国の魔獣槽と、ゴーレム工房、国境の兵の配置をすべて頭に入れているのは、この男だった。


「兄さんが王に就いた。今日がその日だ」


 クロヴィスは卓上の地図を見据え、自信を持ってそう言った。


「宣戦布告はしない。布告を出せば日本に備える時を与えてしまう。幸いにも奴らの兵は、シエスタル全土に薄く散らばっている。一点に集めれば手強いが、散らばった今なら奇襲で押し潰せる」

「奴らの増援は」

「配置からして集中させるのに数日はかかる。その数日で国境沿いの陣地を根こそぎ破壊する。孤立させ、囲み、浸透して殲滅する。増援が着く頃には、国境地帯は我らのものだ。既成事実さえ作れば、あとは外交で守り切れるさ」


 周到だった。

 兄の情熱と、弟の計算。この二つが噛み合ったとき、ハルゲニアの戦争機械は確実に動き始めていた。

 ただ、その計画に異を唱えた者が居た。


「殿下。私は、反対です」


 ある老将が、絞り出すように言った。

 彼は独自に、シエスタル戦役の生き残りから話を聞いていたことがあり、日本軍の装備についても独自に調査させていた。


「シエスタルでは十二万の軍が、三万の日本兵を相手に十日で消えたのですぞ。鋼鉄の獣や奴らの銃も性能が高い。もし下手を打てば、シエスタルと同じ運命を──」

「我が国とシエスタルは違う」


 クロヴィスが、静かに遮った。


「我らはシエスタルの五倍の国力を待つ。兵力もそれ相応に多い。しかも今回は奇襲だ。散らばった敵を各個に呑むだけ。同じ轍は、踏まない」

「それでも殿下。相手は、未知の──」

「では、老将軍」


 シュナイダーが低い声で口を開いた。

 その声は、広間で民を熱狂させたときとは違い、威圧が含まれていた。


「待てと言うのか。何もせず、我が国へ来る難民が、二十万から三十万、五十万と膨れ上がるのを、指をくわえて見ていろと?」

「それは…………」

「そうして手を拱いていれば、いつか気づけば、ハルゲニアの半分が日本の挑発対象になるだろう。その日を待てと言うのか」


 老将軍は、答えられなかった。


「故郷を追われた難民に、帰る場所を返す。シエスタルを解放し、日本の圧政から民を救う。もうすでに外交は尽くした。しかし我らは裏切られた。これは、最終的解決策なのだ」


 それは国を滅ぼす者の言葉だった。

 老将軍は何も言い返すことができず、黙ったまま下がっていった。


 その時、戴冠の鐘が鳴った。

 その音を合図に、数か月をかけて準備された計画が一斉に動き出した。











その二時間後

王都マルグリース 日本大使館。


 在ハルゲニア大使の中村(ナカムラ)は、日本大使館でその知らせを受けていた。

 凶事の前触れがやってきたのは、凱旋式から一時間と少し後だった。


「大使。ハルゲニアの兵士が大使館を囲みました」


 外を見ていた部下が、青ざめて駆け込んできた。

 中村は、書きかけのメールから顔を上げた。

 中村も窓の外を見る。古い宮殿の門の前に、槍を持った兵と二体の石のゴーレムが、静かにそこに立っていた。

 日本側の警備員が拳銃を準備していたが、しばらくして、ハルゲニアの文官が慇懃に館へ入ってきた。


「ナカムラ大使。新王陛下の御名において以下をお伝えします。現在両国の関係が重大な局面を迎えたため、貴殿および館員の皆様の身の安全を、我が国が一時的にお預かりいたす。……ご協力を、願います」


 丁寧な言葉で包まれた拘束だった。

 中村は抵抗しなかった。抵抗が無意味であることを、彼は即座に理解した。

 メールを書くのはすでに打ち切られていた。本国への通報は、これでは間に合わない。


 狡猾だとセシリアに評された男が、その日初めて、自分たちが狡猾さで上を行かれたことを悟った。

 対話の窓が閉じることは予期していた。

 だがこれほど速く、これほど鮮やかに閉じられるとは中村の想定外だった。


 凶事は、すでに始まっていた。












同じ頃

シエスタル=ハルゲニア国境地帯


 夜明け前の暗い高原を、地鳴りが揺らしていた。

 その先頭を進むのは、巨大な影だった。

 石を積み上げて命を吹き込まれた、戦闘用のゴーレムだった。人の三倍はある体躯が、大地を踏みしめ、進んでいく。

 その周りを、牙を剥いた魔獣の群れが地を這うように駆ける。

 魔導師たちはその背に乗り、あるいは傍らを走り、術を紡いでいた。ハルゲニア軍の精鋭騎士団、総勢二十万人だった。


 そしてその鋼と魔の軍勢の後ろには、難民たちがいた。


 鍬を、斧を、杖を握りしめた、故郷を追われた難民達だった。その中にヴィムもいた。優しいだけだったあの農夫も、今は隊列の端を歩いていた。

 胸の中には、たった一つの言葉があった。帰れる。帰れるのだ。あの鍵をかけた玄関へ。子供たちの帰る場所へ。ハルゲニアの若く美しい王が、それを取り戻してくれる。

 難民たちは、涙を流しながら越えてはならない一線を越えていった。これは解放だと信じて。


 その越境は、宣戦布告に値した。


 国境を守っていた自衛隊の各警務隊は、完全な奇襲を受けた。

 夜明け前の静かな警戒の中に、突如として地鳴りと、魔獣の咆哮と、無数の松明が、雪崩れのように越境してきたのだ。


「敵襲! 国境線より敵勢力多数!」


 各地で無線が悲鳴のように飛び交う。

 薄く広く展開していた警戒陣地は、その圧倒的な数の前に、たちまち各所で寸断された。

 もちろん自衛隊は弱くはない。局地の戦闘では、彼らはハルゲニアの精鋭達を機関銃、迫撃砲などでなぎ倒す。


 だが、今度は勝手が違った。


 敵は正面から突撃してこなかった。

 夜陰に紛れ、寸断された陣地の間を縫って後方に浸透した。

 何より彼らの中に難民達が混じっていたことも、あの時の事件の再来を思わせ、指揮官に発砲を躊躇させてしまった。


 そうして各地の陣地が孤立していく。

 戦線は形を成さぬまま、後方に続々と浸透された地図の上には、自衛隊の孤立した点がいくつも取り残されてしまった。


 こうして、溝は永遠に埋まらないものとなった。


 解放の名の下に、日本にとっては二度目の戦争が始まった。


【お詫び】

今回から感想返信を見送らせていただきます。

またストックが枯渇したので、次章から更新ペースを落とします。

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― 新着の感想 ―
このシュナイダーも自国を破滅に追いやった者として歴史に残るのかな。ゴットハルトのように。
まあ後任がこのザマじゃどの道詰んでたな
>本国への通報は、これでは間に合わない。 いや書きかけなら書きかけのメールを送信するだけで何らかの異常を感知できる可能性は十分でしょう。流石に一から立ち上げて空メール送信とか出来る余裕はないにせよ そ…
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