第十二話 それぞれの決算
日本が転移してから六ヶ月
日本国 首都東京 武道館
「黙祷……」
武道館のアナウンスで、会場にいる人々が、静かに目瞑った。正面の慰霊碑には、優しそうな笑顔を作る中年の男の写真が掲げられていた。
シエスタルとの戦争から数ヶ月が経ち、やっとこの日を迎えることができた。
元外務大臣、斉藤氏の国葬である。
国の為に尽くし、悲運にも蛮行により処刑された外務大臣。遺体は回収できなかったが、遺品を集めてなんとか弔おうと、この国葬が執り行われる事となった。
「(斉藤君……私はやるよ、日本を守ってみせるよ。例えこの世界に飲まれようとも)」
式典の中、国原総理は新たな決意を胸に抱いていた。その後、各政治家たちによる追悼の意を込めた演説を挟み、国原は彼の遺影に花を手向けた。
国葬は、滞りなく終わった。
式典の後、国原はすぐにリムジンへと乗り込んだ。首相官邸へ戻るためだ。
総理大臣の仕事は忙しく、とてもじゃないが悲しみで休んでいる暇などない。ここ最近の資源事情は、寝る間を惜しんで解決しなければならなかった。
その道中の道には、斎藤大臣を惜しむ市民たちによる追悼デモが行われていた。蝋燭を片手に、斉藤大臣の支持者たちが静かに行進している。
静寂を保つ追悼デモに対し、反対側の道路には、過激な文言が書かれているプラカードが掲げられていた。
『シエスタル人は悪魔』
『ゴットハルトに死刑を』
『異世界人を許すな』
国原はその様子を横目に流し、彼らの訴えに対して複雑な感情を抱いていた。
誰も声を発さない静寂のデモを通り過ぎ、リムジンは首相官邸へと戻って行った。
首相官邸へ戻ると、国原は閣僚たちを集めて会議を開いた。各省庁の職員らも集まり、現状の報告を行う。
「では各省庁より、直近のご報告をさせていただきます。まずは外務省から」
「はい、では私から。まず先日お話しした通り、シエスタル国内からの食料調達により食料および経済が安定しました」
「ふむ……」
篠森外務大臣は淡々と報告を済ませる。
一時は餓死者が出るとまで言われていた日本の食料問題であったが、シエスタル国内からの徴発により、転移から六ヶ月が経ち、それが解消されつつある。
国土転移後は食糧、経済の自給が最優先事項であった為に、それが達成できた事に閣僚たちは安堵する。
だが代わりに浮上した問題も、無視できないほど深刻だった。
「しかし本題ですが、シエスタルから逃れた難民を巡って現在隣国ハルゲニアと意見が対立しています。今後締結される通商条約にも影響が出る恐れがあるため、現在外務省は慎重に交渉を続けているところです」
篠森の言う通り、シエスタルから逃れた人々の問題は、隣国ハルゲニアとの国際問題に発展していた。
元々警戒されていたのは確かだが、ここに及んで難民の問題がそれに拍車をかけてる。日本政府としては難民問題の責任を回避しつつハルゲニアと通商条約を結びたいところだが、うまくいくかは不透明だった。
「農林水産省です。シエスタルからの食糧調達により食料供給が安定したため、市民の不安は少しづつ解消に向かっています」
「やっとか……」
「はい。ですが現地ではシエスタル市民らの不満が高まっており、余談を許さない状況です」
農林水産大臣はそう言ったが、国原総理を含め、この場にいる全員が少しばかり肩の荷が降りていた。
国内では食糧を配給制にしてしまうほど困窮していた時期が長かった為に、その安堵は計り知れない。
「経済産業省です。シエスタル東部で見つかった油田に関してですが、近く採掘が始まる見込みです」
「そちらもようやくか」
「はい。また、シエスタルの隣国であるグリバキアにおいても石油の存在が確認されているため、現在各地の都市と交渉を行っております。石油に関しても、近いうちに問題が解決しそうです」
石油に関しても同じことが言えた。
資源に関しての一番の心配が消えたのも有り難かった。ちなみに鉱物資源に関してもシエスタルから調達しており、こちらも問題が解決に向かっている。
次に、防衛大臣の朝田が立ち上がった。
「防衛省です。現在シエスタル国内にて現地市民とのトラブルが相次いでおり、負傷者も多発しています。そこでなのですが、自衛隊の部隊をさらに追加で二個師団、シエスタルに派遣していただきたいです。もちろん、治安維持の名目としてです」
「……文部君、どう思う?」
国原は自身で少し考えた後、官房長官の文部に意見を問うた。彼も少しばかり考え込んだ後、自身の意見を忌憚なく述べる。
「私としては派遣に賛成です。現在の三万人では、悪化していくシエスタルの治安を維持することはできません」
「私もそれには賛成だが、現地の不満やハルゲニアの反応を伺うとリスクがある」
「確かに、占領者が新たな土地を拡大しようと見られるかもしれませんからな……」
文部も、武田の懸念に賛同していた。
そこで朝田は「ならば」と指を立て、妙案を言い出した。
「派遣する部隊は国境地帯から少し離れた地域に配置します。国境に貼り付けるよりは問題になりません」
「初動対応が遅れるのでは?」
「改編されたヘリコプター師団を派遣します。ヘリコプターなら迅速な初動対応が可能です」
彼が言うのは、陸上自衛隊東部方面隊の第12師団のことだった。かの部隊は自衛隊の転移後の規模改編事業により、師団に改編されていた。
特徴はヘリコプターでの移動を前提とした編成になっていることであり、ヘリコプターで運搬する専門の特科部隊も配置されている。
確かに第12師団なら、どこに配置してもヘリコプターで即座に駆けつけられるだろう。
「分かった。では追加派遣を許可する。主力は第12師団だ」
「分かりました。ありがとうございます」
朝田は了承すると、早速隣に座っている防衛省の隊員に派遣の準備をするように指示を出す。彼はすぐさまこの指示を防衛省に持ち帰った。
そうして会議は順調に進んでいく。
今日の東京は、雨が降っていた。
日本が転移してから六ヶ月と十日
旧シエスタル国内 陸上自衛隊仮設駐屯地
シエスタルに駐屯する仮設駐屯地に、この日インターネットが開設された。
転移してから約半年間、国内以外のインターネットは完全に消滅しており、そのせいで派遣先のシエスタルでは携帯電話すら繋がらない状態が続いていた。
しかし自衛隊の駐屯が進むにつれ、隊員たちの娯楽や家族との通話の時間が必要だと判断され、こうして回線が設けられたのだった。
『久しぶり。元気にしていたか?』
「ああ。俺は元気だよ、父さん、母さん」
遠野は空いた自由時間に、駐屯地のプレハブ宿舎からパソコンで実家の両親にテレビ通話を繋いでいた。
画面の向こうには中年を過ぎて髪が白くなり、皺も増えてきた両親が映っていた。久しぶりに見る顔ぶれだった。
『そっちは大丈夫かい? 戦争は終わったとはいえ、あの異世界人だろう……?』
「……大丈夫だよ。怪我とかはない」
『そうか』
『こっちは配給も安定して来たし、量も増えたよ。そうそう、この前なんか久しぶりに惣菜パンを配られたの』
「……そうか。それはよかった」
そう言って母ひ嬉しそうに手を合わせた。
そのパンを作る原材料が、自分たちが村人たちから力尽くで奪った麦だなんて知ったら、二人はどんな顔をするだろうか。
あれから数ヶ月。自分たち自衛隊がこのシエスタルでやっていることを、なんと説明したらいいのか分からず、しばらく沈黙が流れる。
『……どうした?』
「いや、なんでもないよ」
『なんでもないわけないだろ。嘘ついてる顔だ。お前はいつも自分の事については見栄を張ろうとする』
バレていたのか。と、遠野は察してくれた事にむしろ安堵していた。
『あまり無理をするな。お前はいつも無理をして、壊れるまで我慢しやがる』
『ちょっとお父さん……』
「…………」
『嫌だったら、自衛隊を辞めてもいいんだぞ?』
父は、責めるでもなく、純粋に息子を心配する口調でそう言った。
確かに、逃げてもいいのかもしれない。こんな世の中になったんだから、自衛隊なんてやめて、人を撃つことのない平和な職業についてもいいかもしれない。
「いや、逃げないよ」
だが遠野は、もうすでに後戻りするのを諦めていた。
「俺はもう、逃げないから」
逃げるつもりはなかった。
なぜなら、もうすでに自分の手は汚れているからだ。今更逃げても少女を殺し、村人から麦を奪った功罪は消えない。
だったら尚更、辞められない。
遠野は静かに、修羅に染まる覚悟を決め始めていた。
日本が転移してから六ヶ月後と一週間
ハルゲニア北部国境地帯 難民キャンプ
「押すな! これより領主様より配給を配る!」
「スープは一人一杯だぞ! 欲張るな!」
ハルゲニアの北部、旧シエスタルとの国境線近くに、数万人が避難し集まってきた難民キャンプが存在していた。
彼らの多くは、日本の食糧調達を恐れ、逃れて来た農民である。
避難している間は、せめて出稼ぎをして生活費を稼ぐつもりだった者も多い。しかし結局街に入れず、彼らの生活は困窮していた。
見かねた領主や諸侯たちは、自分の財産や税収から難民たちに食糧を提供していた。
なぜなら彼らが困窮し、野盗などになられてはこの地域の治安が急激に悪化するからだ。
なまじ同じ魔法文明で、農民であれど多少の魔法の心得はある連中だ。
そのため彼らがその気になれば、魔法を用いて盗賊になることだって出来てしまう。それを防ぐために支援をしているのだ。
「押さないで! 一人ずつお願いします!」
難民キャンプでパンを配っている兵士は、難民たちに対して落ち着いて、一人ずつ来るように伝える。
「あ、あの、ウチは子供が沢山いるの……もう一枚貰えないかしら……?」
そんな最中、貰ったパンの数に不満を持っていた一人の母親が、兵士に恐る恐る問いかけた。
「ダメです! パンは一世帯につき一つです!」
しかし兵士は表情を変えず、彼女の要求を拒んだ。
一世帯につき、パンが一つ。難民キャンプが出来た当初よりはるかに減っていた。養ってくれる貴族たちの蓄えも、底を突き掛けている証拠だった。
こうした生活レベルの低下は、難民たちにギクシャクした荒れた感情を呼び起こさせる。
「何すんだテメェ!」
配給所の近くで悲鳴と怒号が聞こえた。
兵士たちがその方向を見れば、男が二人、肩がぶつかったのか酷く苛立っていた。
片方の男が相手の胸ぐらを掴み、相手も応戦しようとしている。
「掴むんじゃねえ! お前が先にぶつかって来たんだろうが!」
「なんだと⁉︎」
「そこ、やめろ!」
すかさず兵士が止めに入った。男は兵士たちに取り押さえられ、もう片方も羽交い締めにされされて拘束された。
「騒ぎを起こすな! 殺されたいのか!」
専任の兵士が怒鳴り、殴りかかろうとした男の後頭部を杖で叩いた。
昨日もこんな喧嘩があった。難民たちは日に日に増して苛立っているのか、彼の仕事も増えている。
「仕事を増やすんじゃねぇ。お前ら働きもせず、タダで飯を食ってるくせに……」
「……なんだと?」
だから小声で言ったつもりの愚痴が、誰かの耳に聞こえてしまった。
その言葉によって、難民たちの苛立ちに油が注がれた。羽交い締めにされている男が、反論するように叫んだ。
「じゃあ仕事をくれってんだ! お前ら、街にすら入れてくれないじゃないか!」
「そうだぞ! いつになったら街に入れてくれるんだ!」
「そ、それは……」
事実だった。この地域でも、近くの街に難民たちは入れないでいる。領主が治安悪化を恐れて門を閉じているからだった。
兵士たちはその言葉に反論できず、気まずそうに去ろうとする。すると難民たちから罵詈雑言が浴びせられる。
「逃げんな卑怯者!」
「仕事をくれよ!」
「くそっ、ハルゲニアも働き手が欲しいはずじゃなかったのか……」
「俺たちだって、来たくてこっちに来たわけじゃないんだよ!」
「わかった! わかったからやめろ!」
兵士は罵声を浴びせられ、奥歯を噛み締めながら後退りしていく。
彼も含め、ハルゲニアの国民たちは本来なら難民たちに同情的だった。
しかし長く続く日本の占領、食糧を調達されるという恐怖、それに伴う難民生活で様々なトラブルが発生し、両者には軋轢が生じ始めていた。
シエスタル難民の多くは、故郷に帰りたくても帰れない。
そこに日本が居る限り、安全な生活は保障されていないのだ。
「パパ……」
「大丈夫だ。なんとかなるさ」
あの時故郷の家に鍵をかけ、一家総出で村から逃げ出して来たあの一家も、日に増してピリピリしていく難民生活に疲れを感じ始めていた。
「(故郷に、日本さえ居なければ……)」
生まれて今まで誰も恨んだことがないような優しい夫も、この日、本気でそう願ってしまった。
それはいつしか大きな爆弾となり、破滅へのカウントダウンを刻むことになる。




