第十一話 東の機械文明
日本が転移してから三ヶ月後
帝政カムイ 首都イマニツ京
帝政カムイ、という国名を聞けば、どんなに人間族や科学文明に対する偏見が強い魔法文明の人々であろうと、偏見を胸にしまい込む。
この国はそれほど高い国際的地位と国力を持つ大国だ。その実力は、多くの魔法文明の人々ですら認めるほどである。
海に浮かぶ鋼鉄の戦艦は、この国で最も秀でた海軍力の象徴だ。
陸軍の兵士たちには、銃身が切り詰められた騎兵銃を持たせ、その周囲には戦車や装甲車などが彼らを支援する。
都市のあちこちから吹き出ている黒煙は、カムイの高い工業力の象徴だった。
その他、電気やガス、高度な水道インフラ、電話や通信なども発展している。
日本がこの世界に転移してくるまで、その発展は科学文明の頂点であった。だが今は、新たに出現した「後輩」について、詳しく見極めようとしている段階だった。
「ありがとう。十八時に迎えに来てくれ」
宮殿街の通る建物の前にて、検問を通過した黒塗りの車から、壮年に近い男が降りてきた。
男は自宅から職場まで送ってくれた運転手に感謝を伝える。彼は大将の黒い海軍帽を目深に被り、車のことを運転手に任せ、海軍本部へと入っていった。
「長官! ご無沙汰しております!」
「ああ、そうだな」
「海軍大将軍閣下! おはようございます!」
「ああ」
男は海軍大将軍、すなわち帝国大艦隊司令長官の役職名で呼ばれていた。
彼の名はオノザワ・カンナリ。帝政カムイ海軍において、多大な影響力と政治力を持つ男だった。階級は大将。
彼が廊下を通ると、若手の将校たちから声をかけられ、まるで学校の注目生徒のような扱いを受けていた。
しかし、声を掛けてくる輩の大半は自分とのコネを作ろうとしているだけだ。彼にとってはほとんど知った顔なので適当に流す。
「オノザワ閣下」
その時、彼の横から見知った女性の声が聞こえた。
見知った声なのでそちらに振り向くと、そこには目元を伝統的な朱色に彩った、おかっぱ髪の女性将校が居た。
黒いカムイ海軍制服が、彼女の姿をより一層際立たせている。
しかし、並の女性のように可愛子ぶることはなく、ピシッと背筋を伸ばして壮年の男に向き合っていた。
「お疲れ様です」
「おう。先に来てたか」
「はい。先に資料を確認しておりました」
彼女は、自分の副官として長年働いてもらっている女性将校のイザヤ・クシカナだった。階級は大佐。
彼女とオノザワは、彼女の父親と家族ぐるみの付き合いがあり、オノザワは幼少期から何かとイザヤの事を気にかけていた。
なんでも海軍に入ったのは、オノザワに憧れたからだという。
「閣下、荷物をお持ちします」
「毎回すまんな」
いつも思うのだが、若い頃にあれだけ可愛がっていた少女が、今では海軍の将来を期待される有望な将校になろうとは。
時の流れというのは残酷なものだ、と思う。
彼女に荷物を持ってもらい、今回の会議の資料の内容をざっくりと話し合った後、二人は会議室に辿り着いた。
扉を開くと、すでに何名かの高級将校たちとその副官達が集まって待機している。オノザワとイザヤは、海軍の末席に座ろうとした。
「オノザワ君」
と、その行動は上官の出現により中断された。二人は座る動作を止めて立ち上がり、姿勢を正し、敬礼する。
「ササラギ海軍卿に敬礼」
「おはようございます」
彼らの前に現れたのは、ササラギ・ウタリ海軍卿だった。
海軍卿とは、他国で言う海軍本部長官に値する。海軍の最高責任者の役職名であるため、爵位は関係ない。
「ああ、休んでくれ。久しぶりだと挨拶したくてね」
「はっ。大将軍閣下も、お変わりありませんか」
「心配ないよ。持病も今は鳴りを潜めているからね」
「お身体には気をつけてください。カムイは医学も発達してるとはいえ、癌はいつまた再発するか分からないのですから」
「そうだね。ありがとう」
ササラギ海軍卿は持病の心配をされたが、はははと笑ってみせた。まるで心配ないと、医者を前にして笑い飛ばすかのようだった。
彼はオノザワの左の席に座る。それに釣られ、オノザワとイザヤもゆっくりと自分の責任着席した。
「ところでオノザワ君」
「はっ」
「君は今回の議題、日本という新興国について、どう思う?」
着席後すぐ、ササラギは徐に話を切り出した。
「興味深い国です」
オノザワは、予め決めておいた答えを即答した。
「情報は少ないですが、同じ機械文明であり、同じ転移国家である可能性もあります。言語や文化体系も、カムイに通じるものがあるかと」
「そうだね。私も概ねその通りだと思うよ」
「今回の会議は、その日本についての報告会でしょうか?」
「情報共有の場だと聞いている。諜報員が成果を持ち帰ったようだからな」
彼らが言うのは、最近西の方に現れたという新興国家、日本についてだ。
シエスタルが十日で滅亡したという情報は、早い段階でカムイにも出回っていた。だからこそ、他国よりも早く諜報員を派遣して調査を行なっていた。
カムイはシエスタルを滅ぼしたというその日本について、多大な興味を抱いている。
なぜなら、成り立ちが似ているからだ。
まず帝政カムイは、百年前に突然この世界に現れた転移国家である。
人間族の国家であるため、当時の混乱や綱渡り外交を覚えている人々は少なくなりつつあるが、それでもこの出来事はこの国の歴史に大きな変化と傷跡をもたらした。
魔法文明との軋轢、対立、そして長く続いた冷戦のような環境。
幸いなことに、資源もほぼ国内で自給していたため、カムイという国が負った傷は浅かった。しかし、その平和を実現させるために、この国は多くのコストを払ったのだ。
だからこそ、新たな転移国家出現の可能性は、カムイの人々の興味を大きく惹いていた。
「彼の国、転移国家だと聞きますが、些か悪い噂ばかり流れてきます」
「知っているよ。シエスタルから見たら侵略者も同然だと」
「戦争自体はシエスタルの自業自得とはいえ、彼の国のやり方を見ると、どちらか一方が悪とは限らないように思えます」
「それを見極めるのも、今回の報告会だよ」
ササラギの言葉に、オノザワは静かに頷く。その間イザヤは、二人を横目に事前資料と今置かれてる資料に差異がないかを確認していた。
しばらく待つと、午前9時に近づいた。その5分前に会議室の両開きの扉が再び開いて、一際背の高い男が入ってきた。
「全員、揃ったな」
帝政カムイの陸海軍を総括する軍の最高トップ、軍務卿のライガン・レタルが、会議室の面子を見渡してそう言った。
欠員は、居なかった。
「始めてくれ」
彼の声に威圧感はない。しかしこの男が一言発するだけで、部屋にいる将官達は自然と背筋を正した。
部屋が暗くなり、正面の黒板に数枚の写真が貼り付けられた。天幕が降ろされ、映写機も準備された。
「本日の議題は、西方に新たに出現した国家、日本国についてです」
戦略情報局の若い分析官が、手元の資料を参照しながら、報告会を取りまとめる。
正面の壁に広げられた、シエスタル公国周辺の地図を指し、解説を始めた。
「概要を確認します。日本国はシエスタル魔法公国より西に出現した新興国家です。国土はシエスタルの国土から500〜800kmほど離れた位置に出現したとされています」
分析官は続ける。
「海図ではこの地域には少数の島しか存在しない筈でした。なので、日本国は突如としてこの地域に出現した国……すなわち転移国家であると予測されます」
その言葉に、誰も驚かなかった。既にここにいる者達の大半は、彼の国が転移国家であると予測していた。
「突然現れた、か」
その中で一人、陸軍卿のエツギ・カシヌが皮肉じみた口調でそう言った。
「確定ではありません。彼の主張を証明する事は出来ないからです」
「だが、偶然には出来すぎている」
「はい。突然現れ、未知の言語ではなく我々にも通訳可能な言葉を使っています。そして、我が国とも異なる技術体系……」
「確定だな。百年前の我々と同じだ」
その言葉に、会議室が静まり返った。
転移という言葉は、転移国家のカムイにとって歴史として残っている災害だった。
一部の魔法文明は今でも本気でデタラメだと思っているらしいが、カムイにとっては、大真面目な歴史の出来事だった。
「現時点で断定できるのは一つ。まず日本は、魔法文明ではない事です」
「それも、周知の事実だな」
「ええ。しかし同じ科学文明だとしても、彼らの技術には異質なものがあります。そのため、まずシエスタル戦役の経過から報告します」
黒板に、新しい地図が広げられた。
フェルデン平原から首都サクローヌまでの、一直線の進撃路を表す赤線。それはあの時日本の自衛隊が進撃したルートそのものだった。
「日本軍は上陸後、およそ十日でシエスタル公国首都を陥落させました」
その言葉に、ある陸軍の方面軍司令官は顔を上げ、思わず声を上げた。
「十日だと?」
「はい」
「……十日とは、首都まで十日か。それとも主力撃滅までか」
「両方です。シエスタルの主力野戦軍は初期段階でほぼ消滅。その後、日本軍は首都まで進撃しています」
「兵力は?」
「およそ三万人」
「それだけでか」
「電撃的すぎる……」
兵力の重要さを知っている陸軍の面々から、驚嘆の声が漏れた。
資料を見ると、詳しい戦闘推移が記載されていた。フェルデン平原の前にも、海岸への上陸や内陸部でも散発的な戦闘が発生している。
とはいえこれはシエスタル軍の生き残りから聞き取り調査をした内容なので、どこまで正確なのかは分からない。
だが兵力たった三万人で、二十万はいると目されたシエスタル軍の主力をほぼ壊滅させているのは事実だった。
「……これは、兵器の性能だけではないな」
「問題はここからです」
分析官は、そこで一呼吸おいて別の写真を貼り付けた。それを収めた写真に、陸軍の者たちは見覚えがあった。
「戦車か?」
「はい。これは日本軍の重戦車と思しき装甲戦闘車両を、諜報員が偶然撮影したものです」
分析官は続ける。
「重量は我が国の重決戦戦車と同等。主砲口径は100mmを超えると予想され、移動速度はやや速いかと思われます」
「戦闘を記録したものはあるか?」
「残念ながら、現地は日本軍の監視の目が厳しく、これ以上のものは入手できませんでした」
陸軍閥は詳しい戦闘の光景が手に入らなかったことに落胆していた。
しかし、これだけでも日本がカムイに非常に近い軍事体系を持つ国である事が、明らかになりつつあった。
報告は、主に情報を入手できた陸軍に限られていた。しかしオノザワは、やはり気になる点があって分析官に向かって手を挙げた。
「ひとつ聞きたい」
オノザワに視線が集まる。
「シエスタル戦役で、日本海軍はどれだけ戦った?」
その言葉に、分析官は
「限定的です。主力は陸軍と空軍のようで、海軍は輸送と海上封鎖をしていたようです」
「軍艦を撮影したものはあるか?」
「ありません。しかし大規模な港が建設されている痕跡があり、現在調査中です」
「……ならば、我々はまだ日本軍の全体を見ていない」
オノザワの言葉に、ササラギ海軍卿が続いた。
「海軍の情報も集めろ。彼がどのような船で戦うのか、調べる必要がある」
「……仮に日本と我が国が戦った場合、勝算は?」
ある若手将校が、興味本位でそう聞いた。
しかし情報が詳しく集まっていない段階であるため、その問いに答えられる者はおらず、会議室は静まり返る。
「条件次第だろう」
それに対して、軍務卿のライガンはこう返した。
「何を勝利条件とするかにもよる。敵国の制圧なのか、占領地の解放なのか。あるいは海戦で勝利することなのか。現段階では判断材料が少ない」
「我が国と敵対する可能性は?」
「今のところないだろう」
ライガンは「ただ」と付け加える。
「もしだ。もしかの国が、我が国とレスタミアの間にあるパワーバランスを崩壊させるような敵であるなら……」
「その時は?」
「戦うしかなくなるだろう」
その言葉に、会議室の者たちは誰も返事をしなかった。最悪の展開を予測し、頭を抱える者たちもいた。
未来がどうなるか、果たして運命はどうなるのか、この国には知る術がない。だから今は情報を集めることが優先とされた。
その後、政府や皇帝、議会に出す報告書はこのようにまとまった。
第一、日本は高度な科学文明国家であり、魔法文明ではない。
第二、その軍事技術は帝政カムイと同等か、世代を上回る可能性が極めて高い。
第三、日本の最大の弱点は兵器性能ではなく、転移によって失われた資源と交易網である。
第四、日本の軍事情報は引き続き収集対象とする。
「…………」
「閣下、いかがなされましたか?」
少し長引いた報告会の終了後、会議室から軍人たちが次々と退室する中、オノザワは一人で会議室に残って資料を眺めていた。
「……いや、個人的に気になってな」
「日本の海軍のことですか?」
「そうだ。これだけ高度な技術を持つ国の海軍が、どのような姿をしているのかと想像してね」
オノザワはこの時、相手は自分達と同じ見える距離で戦う海軍だと思って、そんな無邪気な興味を注いでいた。
しかし、彼はのちに知ることになる。
日本の海軍は、見える距離で戦ってくれるほど、甘い軍隊ではないということを。




