第三十九話 ティナとの再会
ヴェルター家の屋敷に戻ったのは、王都を出て二日後の夕方だった。
門をくぐったとき、庭の花が風に揺れていた。
(ただいまでしゅ)
心の中でそう言った。
屋敷の扉が開いて、ベルタではなくティナが出てきた。
「フィアちゃん!」
「ティナしゃん? なんでいるでしゅか」
「お父さんと一緒に来てたの。ヴェルターさんたちが帰ってくるって聞いて、待ってた」
ティナがわたしに駆け寄ってきた。
「会いたかった」
「わたしも、でしゅ」
「どうだった? 王都」
「色々あったでしゅ。話しましゅ」
ルードがティナに手を振った。
「ティナ、これ土産だ」
小さな袋を渡した。ティナが開けた。
「……わあ、水晶!」
「王都でしか売っていないやつだ」
「きれい。ありがとうございます、ルードさん」
「どういたしまして」
お父様とシルベルク氏が書斎に入っていった。帰ってきた報告と情報交換のためだろう。
わたしとティナは居間に移った。
「全部話して」とティナが言った。
「全部はながくなるでしゅ」
「全部聞きたい」
「では、結論から話しましゅ」
「結論は?」
「書面にサインしましゅた。王宮付きとして名前を登録したでしゅ。でも、住まいはここのままでしゅ。十六歳まで出仕は任意でしゅ。力の使い方は、わたしが決めるでしゅ」
ティナがしばらく黙った。
「……すごい交渉したんだ」
「お父様とヴォルフ侯爵が力を貸してくれたでしゅ」
「ヴォルフ侯爵って、王宮で反対していた人?」
「そうでしゅ。書面の内容を確認してもらったでしゅ。これからも調停役になってくれるでしゅ」
「それって、王宮の中に味方ができたってこと?」
「味方とは言えないでしゅが、敵ではないでしゅ。今は十分でしゅ」
ティナが少し考えてから言った。
「フィアちゃん、かっこいい」
「そうでしゅか」
「うん。三歳なのに」
「体は三歳でしゅ」
「分かってる。でも、かっこいい」
わたしは少し照れた。
(こういう言葉を素直に受け取れるようになったでしゅ)
前世では、褒められると「でも」と言って退けていた。今は「ありがとうでしゅ」と言える。
「ありがとうでしゅ、ティナしゃん」
「どういたしまして」
「ティナしゃんは、この間どうでしゅたか」
「練習続けてた。フィアちゃんに教えてもらった通り、一度止めてから出すやつ。少し安定してきた気がする」
「それは良かったでしゅ」
「あとね、お父さんが王都の情報を集めてくれてた。フィアちゃんたちが王都にいる間も、別の経路で情報を確認してたって」
「そうでしゅか。シルベルクさんはよく動いてくれているでしゅ」
「お父さん、フィアちゃんたちのことをとても心配してた」
「伝えておくでしゅ」
「うん。あと」
「うん」
「わたしのことも、考えてくれてたよね」
「どういうことでしゅか」
「今回のことって、ヴェルター家だけじゃなくて、魔力持ちの子全員に関係する話だと思う。書面の内容がうまくいけば、わたしみたいな子にも、将来いい影響があると思って」
わたしは少し考えた。
「そうでしゅね。今回は個別の話でしゅが、前例になるでしゅ。同じような状況の子が後で出てきたとき、今日の書面が参考になるかもしれないでしゅ」
「そっか。じゃあ、わたしたちにも良いことがあったんだ」
「そうでしゅ」
「……フィアちゃん、ありがとう」
「わたしは自分のためにやったでしゅ。ティナしゃんのためではないでしゅ」
「でも結果的に、わたしのためにもなったから」
「そうでしゅね」
「だからありがとう」
ティナが窓の外を見た。夕日が庭を染めている。
「フィアちゃん、これから何をするの? 書面ができたって、目標は達成した感じ?」
「目標は達成したでしゅ。でも、終わりではないでしゅ」
「何が終わりじゃないの?」
「十六歳まで、ちゃんと力を制御できるようになることでしゅ。それまでに、自分でちゃんと判断できる人間になるでしゅ」
「十六歳まで、まだ十三年あるね」
「そうでしゅ。長いでしゅ」
「一緒に練習しよう」
「うん」
「わたしも、十六歳になったら何か変わるかな」
「分からないでしゅ。でも、今より色々できるようになっているでしゅ」
「そうだね」
ティナが笑った。笑うと、少し魔力が漏れた。でもごくわずかだ。以前より格段に制御が上がっている。
「ティナしゃん、制御が上手くなりましゅたね」
「本当に?」
「今、笑ったとき、ほとんど漏れなかったでしゅ」
「練習したから!」
「成果が出ているでしゅ」
ティナが少し嬉しそうな顔をした。
「フィアちゃんのおかげだよ」
「ティナしゃんが練習したでしゅ」
「でも、教えてくれたから」
「お互い様でしゅ。ティナしゃんから薬草のことを教えてもらったでしゅ」
「そっか、お互い様か」
「そうでしゅ」
しばらく二人で黙って、庭を見ていた。
「フィアちゃん」
「うん」
「友達で良かった」
わたしは少し間を置いてから言った。
「わたしも、でしゅ」
「ほら、素直に言えた」
「……うん」
「最初は情報交換の相手かもって思ってたのかもしれないけど、今は違うでしょ」
「……今は違うでしゅ」
「友達として思ってる?」
「思っていましゅ。ちゃんと」
「よかった」
ティナが笑った。今度は完全に制御されていた。漏れなかった。
(ティナしゃん、完璧でしゅ)
「今の、完璧でしゅ」
「え、今の笑い?」
「うん。全然漏れなかったでしゅ」
「ほんとに!?」
「本当でしゅ」
「やった!」
ティナが両手を上げた。その瞬間、少しだけ漏れた。
「……あ」
「惜しいでしゅ」
「喜んだらダメじゃん」
「喜びも感情でしゅ。特別カテゴリでしゅ」
「フィアちゃんの猫と同じ?」
「似ているでしゅ」
二人でくすくす笑った。
笑うたびに少しずつ漏れた。でも以前より全然少ない。
庭の花が少しきらきらした。
(この感じが、好きでしゅ)
前世では感じなかった感覚だ。
ノートに記録する前に、少しだけそのままにしていた。
今日は記録より先に、感じていたかった。




