第四十話 三歳から四歳に
誕生日は、気づいたら来ていた。
王都から帰ってきて一週間後の朝、目が覚めたらジルが部屋の扉の前に立っていた。
「フィア様、おめでとうございます」
「……何がでしゅか」
「お誕生日です」
わたしは少し考えてから、気づいた。
(そうでしゅ。今日でしゅ)
記録をつけていたはずなのに、最近はそれより大事なことが多くて、意識していなかった。
「ありがとうでしゅ、ジル」
「今日は少し特別な日にしましょう」
「そうでしゅか」
「皆さんで何かしようと、昨日から準備していました」
「昨日から?」
「旦那様の指示です」
朝食の席に行くと、テーブルに花が飾ってあった。お父様とルードがすでにいた。
「おめでとう、フィア」
「ありがとうでしゅ、お父様」
「四歳になったな」
「うん。三歳が終わりましゅた」
「感慨はあるか」
「少しでしゅ」
ルードが言った。
「四歳になったからって、何か変わるのか」
「変わらないでしゅ。でも」
「でも?」
「一つ年をとったでしゅ。十六歳まで、十二年でしゅ」
「……もうカウントしてるのか」
「前世のくせでしゅ。目標から逆算するでしゅ」
「十二年、か。長いな」
「でも、一年経ったでしゅ。残り十二年でしゅ」
「三歳の間に、ずいぶん色々あったな」
「そうでしゅね」
わたしは朝食を食べながら、一年を振り返った。
記憶が戻った日のこと。庭を森にしたこと。ジルのため息を数え始めたこと。お父様の昔話を聞いたこと。図書室の鍵のかかった本のこと。翁が来たこと。全員で家族会議をしたこと。ティナと出会ったこと。王都に行ったこと。書面にサインしたこと。
(たくさんのことがあったでしゅ)
前世の一年よりも、ずっと密度が高い一年だった。
昼ごろ、ティナとシルベルク氏が来た。
「フィアちゃん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとうでしゅ」
「プレゼント、何がいいか分からなくて、これにしたんだけど」
ティナが小さな包みを渡してくれた。開けると、薬草の小さな束が入っていた。それと、手書きの紙が一枚。
「これは何でしゅか」
「薬草の使い方を書いたメモ。フィアちゃん、薬草の知識を増やしたいって言ってたから」
「ありがとうでしゅ。うれしいでしゅ」
「本当に?」
「本当でしゅ。実用的なのが一番でしゅ」
「そっか。じゃあよかった」
シルベルク氏がお父様に何かを渡していた。お父様が受け取って、少し目を細めた。
「……シルベルク、これは」
「王都の取引先から届きました。ヴォルフ侯爵から、フィア様の誕生日に合わせて送るよう頼まれたそうです」
「ヴォルフ侯爵から?」
「はい。手紙もついています」
お父様がわたしに手紙を渡してくれた。
ヴォルフ侯爵の字で、こう書いてあった。
「フィア様、お誕生日おめでとうございます。先日の王都での交渉は見事でした。四歳になっても、引き続き自分らしく歩んでください。何かあれば連絡を。ヴォルフ」
(ヴォルフ侯爵が送ってくれたでしゅか)
「お父様、後でお礼の手紙を書くでしゅ」
「そうしよう」
午後、みんなで庭に出た。
ジルがお茶を用意してくれた。ティナと一緒に草の上に座って、空を見た。
「フィアちゃん、四歳になった感じはどう?」
「まだ三歳と変わらないでしゅ」
「そうだよね。一日じゃ変わらないよね」
「うん。でも、一年前と比べると、変わったでしゅ」
「何が変わった?」
わたしは少し考えた。
「一年前は、記録を一人でつけていたでしゅ。でも今は、一人じゃないでしゅ」
「どういうこと?」
「ここに書くことが増えたでしゅ」
わたしはノートを見た。
「前世では、仕事の記録だけでしゅた。数字と事実だけでしゅた。でも今のノートには、お父様が笑ったこととか、ルードが誇らしいと言ってくれたこととか、ティナしゃんと友達になったこととか、そういうことが書いてあるでしゅ」
「それ、大事なことじゃん」
「そうでしゅ。前世では、大事なことに気づかなかったでしゅ」
「今は気づいてる?」
「気づいているでしゅ。だから書いているでしゅ」
ティナが空を見た。
「わたしも、この一年変わったと思う」
「どう変わりましゅたか」
「一人で悩まなくなった。フィアちゃんとか、お父さんとか、話せる人がいるから」
「それはいいでしゅ」
「うん」
しばらく二人で空を見ていた。
夕方、みんなで食卓を囲んだ。
珍しく、シルベルク氏とティナも一緒に夕食をとった。
六人で食卓を囲んだ。
(この六人が、今のちーむでしゅ)
お父様が少し改まった声で言った。
「フィア、四歳になったな」
「はい」
「三歳の一年間、よく頑張った」
「みんながいたでしゅ」
「そうだな、みんながいた。でも、お前が中心にいた」
「そうでしゅか」
「正直に言う。去年の今頃、俺はフィアのことが心配で仕方なかった。どう守ればいいか、何が起きるか、毎日考えていた。でも今は違う」
「どう違いましゅか」
「一緒に考えている。一緒に動いている。それが今の感覚だ」
「うれしいでしゅ」
「俺もだ」
ルードが言った。
「フィア、一つだけ言う」
「うん」
「お前が妹で良かった」
「ありがとうでしゅ。ルードがお兄様で良かったでしゅ」
「そうか」
「うん。心配してくれて、反対意見も言ってくれて、王都でも隣にいてくれたでしゅ。それが必要だったでしゅ」
「……分かってるなら言わなくていい」
「言いましゅ」
ジルが静かに言った。
「フィア様、わたしから一つだけ」
「うん」
「ため息の回数が、今月はゼロでした」
全員が少し静かになった。
「……本当でしゅか」
「はい、今月は一度もついていません」
「それは……すごいでしゅ」
「フィア様の制御が、それだけ上がったということです」
わたしは少し考えた。
「ジル、記録をつけていたでしゅか」
「毎月の平均をつけていました」
「見せてくれましゅか」
「後ほど」
「ありがとうでしゅ」
ティナが言った。
「ため息カウントって、ずっとしてたの?」
「していたでしゅ。一番多い月は、一日平均五回でしゅた。今月はゼロでしゅ」
「すごい成長じゃん」
「そうでしゅ。数字は正直でしゅ」
シルベルク氏が言った。
「フィア様、一つよろしいですか」
「はい」
「今日のことを、ティナにとっても良い記念日にしたいと思っていました。フィア様のお誕生日に、こうして一緒にいられて、私も嬉しいです」
「シルベルクさん、ありがとうでしゅ。わたしも嬉しいでしゅ」
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそでしゅ」
夜、ベッドに入る前に、窓から庭を見た。
月が出ていた。庭の花が月明かりに照らされている。
今日は揺らさなかった。
でも、心の中はきらきらしていた。
ノートを開いた。
今日の記録。四歳になったでしゅ。
それだけ書いて、少し止まった。
それから続けた。
去年の今頃、記憶が戻ったでしゅ。右も左も分からなかったでしゅ。一人で情報を集めて、一人で記録していたでしゅ。
今はちがうでしゅ。
お父様がいましゅ。ルードがいましゅ。ジルがいましゅ。ティナしゃんがいましゅ。シルベルクさんがいましゅ。ヴォルフ侯爵もいましゅ。翁も、敵ではないでしゅ。
一人でやることは、これからも多いでしゅ。でも、一人ではないでしゅ。
十六歳まで、あと十二年でしゅ。その間に、ちゃんと自分の力と向き合うでしゅ。
前世では、感情を後回しにしていたでしゅ。でも今は、感じることも大事だと分かったでしゅ。数字と感情、両方でしゅ。
最後に一行だけ書いた。
四歳も、よろしくでしゅ。
ノートを閉じた。
月が庭を照らしていた。
静かで、温かい夜だった。
案件は、まだ続くでしゅ。
でも、このちーむなら、大丈夫でしゅ。
それが今日の、一番正直な記録でしゅ。




