第十七話 ジルが全部話してくれました
その日は、朝から雨だった。
外に出られない。字の練習も昨夜やった。魔力の練習はジルが来るまで一人ではできない。
わたしはベッドの上で、今まで集めた情報を整理していた。
(現状把握の最終確認だ)
判明していること。フィアの魔力はヴェルター家歴代最大。感情と連動して放出される。王家の魔力調査官が定期的に来ている。二百年前に同様の例があり、その子は連れ去られた。鍵のかかった本にフィアに関する記録がある。
まだ不明なこと。その本の具体的な内容。王家がどこまで把握しているか。今後の具体的な対処法。
(不明な部分を埋めるために、何が必要か)
一番の情報源は、鍵のかかった本だ。でもまだ読めない。
次の情報源は、ジルだ。ジルは全部を知っている。
(今日、もう一段階、情報開示を申請してみよう)
タイミングは今日でいい。雨で外に出られず、お父様もルードも在宅で落ち着いている日だ。全員が揃っている日に申請した方が、後で確認が取りやすい。
わたしはジルを呼んだ。
「ジル、今日はいくつかきいていいでしゅか」
「……どのくらいですか」
「ぜんぶ、でしゅ」
ジルが少し固まった。
「ぜんぶ、というのは」
「わかっていることは、ほとんどわかっていましゅ。でも、まだわからないことがありましゅ。ぜんぶきいてもいいでしゅか」
「……旦那様に確認してもよいですか」
「うん、おねがいしましゅ」
ジルが部屋を出た。
わたしは待った。
十分ほどして、ジルが戻ってきた。お父様も一緒だった。
「フィア、全部聞くのか」
「うん」
「怖くないか」
「こわくないでしゅ。しらないほうが、こわいでしゅ」
お父様がしばらくわたしを見てから、椅子を引いた。
「……分かった。聞こうか」
ルードも来た。四人が部屋に揃った。
ジルが話し始めた。
「フィア様の魔力は、この国の歴史上でも最大クラスです。正確には、測定ができないほど大きい」
「はかれないでしゅか」
「魔力測定石は、一定以上の魔力に触れると飽和して、正確な数値が出なくなります。フィア様の魔力は、生まれた日から飽和していました」
「そうでしゅか」
「王家の調査官が来る理由は、以前から魔力の異常な集中をこの地域で感知しているからです。源がどこかは、まだ特定できていないようです。でも、近づいてきています」
「あのむらさきのろーぶのひとが、わたしのへやのまえでとまりましゅた」
「はい。グレンドル翁は国内最高の鑑定師です。あの方がフィア様を直接鑑定すれば、特定されます」
「だから、わたしをかくしていましゅ」
「そうです」
わたしはノートに書き込みながら聞いた。
「もしみつかったら、どうなりましゅか」
ジルが少し間を置いた。
「……王家はフィア様の引き渡しを求めてくると思われます。拒否すれば、ヴェルター家に圧力がかかります」
「お父様が、たいへんになりましゅか」
「はい」
「フィアが、いくほうが、おとうさまはらくでしゅか」
部屋が少し静かになった。
「フィア」
お父様が言った。
「うん」
「それは考えなくていい」
「でも」
「渡さない。それだけだ」
「お父様がたいへんになりましゅ」
「なっても渡さない」
わたしはお父様を見た。
真剣な目だった。迷いがない。
「……わかりましゅ」
ジルが続けた。
「対処法は、三つあります。一つ目は、フィア様が完全に魔力を制御できるようになること。漏れ出なければ、感知されにくくなります。二つ目は、ヴェルター家が王家に対して交渉できる立場を持つこと。これは旦那様が進めていらっしゃいます。三つ目は、時間を稼ぐこと。フィア様が成長して、自分で判断できる年齢になれば、状況が変わります」
「みっつがそろえば、だいじょうぶでしゅか」
「一つずつ進めていけば、必ずなんとかなると思っています」
「わかりましゅ」
わたしはノートを閉じた。
「ジル、ありがとうでしゅ」
「……いいのですか、これで」
「うん。わかりましゅた。なにをすればいいか」
「何をするつもりですか」
「れんしゅうをもっとがんばりましゅ。それと、じのべんきょうをがんばりましゅ。あとは、お父様を心配させないようにしましゅ」
ルードが小さく笑った。
「最後のは、無理じゃないか」
「がんばりましゅ」
「そうか。じゃあ俺も手伝う」
「うん、おねがいしましゅ」
お父様が言った。
「フィア、もう一つだけ話す」
「うん」
「あの鍵のかかった本は、今日開けようと思う」
わたしは少し驚いた。
「いいでしゅか」
「フィアが全部聞いたなら、読む権利がある。今日、一緒に読もう」
「うん」
四人で図書室に向かった。
お父様が棚の奥から鍵のかかった本を取り出した。懐から小さな鍵を取り出して、留め具を開けた。
本が開いた。
最初のページに、手書きの文字があった。
「ヴェルター家 魔力記録 代々の当主が記す」
次のページをめくった。
古い記録が続く。歴代の当主の名前と、その子の魔力の記録。
最後のページに来た。
お父様の字だった。
「フィア・フォン・ヴェルター 生誕日 魔力:測定不能。この子を守ることを、この家の全員で誓う」
わたしはその文字を見た。
前世でシステムの仕様書を読んできた。大事な書類を読んできた。でもこれほど短くて、重い文章は読んだことがない。
「お父様」
「うん」
「ありがとうでしゅ」
「礼を言うのはこちらだ」
ルードがそっと言った。
「俺も書いていいか、父上」
「構わない」
ルードがペンを取って、お父様の文字の下に書いた。
「兄として、必ずそばにいる。ルード」
ジルも書いた。
「執事として、最後まで守ります。ジル」
お父様がわたしを見た。
「フィアも書くか」
「かいていいでしゅか」
「ああ」
わたしはペンを受け取った。
三歳の字は不格好だ。でも、練習してきた字で、書いた。
「いっしょにがんばりましゅ。フィア」
四人の名前が、最後のページに並んだ。
わたしはその頁を見た。
(これが、このプロジェクトのメンバーリストだ)
前世でも、大事なプロジェクトは最初にメンバーを確認した。
今回のメンバーは、お父様、お兄様、ジル、そしてわたし。
(四人なら、なんとかなる)
根拠はない。でも、そう思えた。
雨の音がしていた。
でも部屋の中は、温かかった。




