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第十四話 お兄様に見つかりました。でも怒られませんでした

 お父様が王都から戻ってきたのは、図書室の翌日だった。


 顔色は出発前より少し悪かった。王都での用件が、思ったより複雑だったのかもしれない。


 わたしはジルから「今日は少し休ませてください」と言われたので、夕食まではお父様に話しかけるのを控えた。


 (回復を待つ。無理に接触しない)


 前世でも、障害対応明けの上司には声をかけるタイミングを選んだ。


 翌日の朝、お父様の顔色が少し戻っていた。


 朝食の席で、わたしはジルから聞いた話をお父様に報告した。図書室で鍵のかかった本を見つけたこと。ジルに確認したこと。開けていないこと。


 お父様はわたしの話を聞きながら、少し目を細めた。


「フィアは、その本が何かを理解しているか」


「ヴェルターけのほんで、わたしのことがかいてありましゅ。あとはまだわかりましぇん」


「そうか。……ジルに報告してくれて、よかった」


「かってにひらいたら、ダメでしゅか」


「今はまだ、見せられる段階ではないから」


「うん。ジルもそういっていましゅた」


「フィアは、なぜ開けなかったんだ」


「やくそくしていましゅから」


「ジルに、開けないと約束したか」


「うん。あとは」


「あとは?」


「じぶんでひらいてもいいことと、ひとにひらいてもらうことがありましゅ。このほんはひとにひらいてもらうほんだとおもいましゅた」


 お父様がわたしを見た。


「なぜそう思った」


「たいせつなことは、じぶんひとりできめるものじゃないでしゅ。まえのしごとで、そうおそわりましゅた」


 (前の仕事、とは前世のことだが、お父様には分からないだろう)


「……そうか」


「それと、ちゃんとじでよめるようになってから、よみたいでしゅ」


「字の勉強をするつもりか」


「うん。むずかしいじもよめるようになりましゅ」


 お父様はしばらく黙ってから、言った。


「……フィア、少しだけ教える」


「え」


「あの本には、ヴェルター家の魔力の記録が書いてある。代々の当主が、自分の子の魔力を記録してきた。フィアのことも、生まれた日から記録している」


「そうでしゅか」


「詳しい内容は、もう少し後だ。でも、あの本はフィアの本でもある。いつか必ず読ませる」


「うん。まちましゅ」


「約束だ」


「うん、やくそくでしゅ」


 お父様が立ち上がって、わたしの頭を撫でた。


「……字の勉強、一緒にしよう」


「お父様がおしえてくれましゅか」


「ああ。俺も少し時間を作る」


「やった」


 (お父様との学習セッションが設定された。これは予想外の成果だ)


 その日の夕方、ルードが帰ってきた。


 訓練から戻ったルードは、廊下でわたしとすれ違った。


「フィア、何をしていた」


「おへやで字のれんしゅうをしていましゅた」


「字の勉強か。珍しいな」


「お父様と一緒にするんでしゅ」


「父が?」


「うん。図書室のほんをよめるようになりたいでしゅ」


 ルードが少し止まった。


「……図書室の本というのは、どの本だ」


「みぎのたなのおく。かわのひょうし。かぎがついているほんでしゅ」


 ルードの表情が変わった。


 今まで見たことのない顔だった。驚きと、何か別のものが混じった顔だ。


「……見たのか」


「うん。でもあけていましぇん。ジルにほうこくしましゅた。お父様にもほうこくしましゅた」


「そうか」


「おにいしゃまは、おこっていましゅか」


 ルードはわたしを見た。しばらく黙っていた。


「……怒っていない」


「でも、おかおがかわりましゅた」


「……驚いただけだ」


「なぜでしゅか」


「フィアが、あの本を見つけると思っていなかった」


「かくしてありましゅたか」


「隠してはいない。ただ……見つけるには少し奥まっているから」


「ふみだいをつかいましゅた」


 ルードが少し笑った。


「なるほど」


「おにいしゃまは、あのほんをよんだことがありましゅか」


「……ある。父に見せてもらった。三年前に」


「なにがかいてありましゅたか」


 ルードはわたしを見てから、廊下の奥を見た。


「……フィアが生まれたときのことが書いてあった。魔力の記録と、父の言葉が」


「お父様のことばでしゅか」


「ああ。この子を守ると、書いてあった」


 (お父様が書いた言葉だ)


「そうでしゅか」


「フィア、あの本はいつか必ず読める。父もそう言っているだろう」


「うん。やくそくしてもらいましゅた」


「なら待てるか」


「うん、まてましゅ」


 ルードはわたしの頭を撫でた。


「……フィアは本当に、賢いな」


「そうでしゅか」


「あの本を見つけて、開けなかった。報告した。字の勉強を始めた。全部正しい判断だ」


「うん。じぶんでせいぎょできるほんじゃないでしゅ。ひとにたのむほんでしゅ」


 ルードが少し笑った。


「そうだな。その判断は正しい」


「おにいしゃまも、いつかおしえてくれましゅか」


「何を」


「あのほんのこと。じぶんでよめるようになったら、いっしょによんでくれましゅか」


 ルードはしばらく考えてから、うなずいた。


「……ああ、一緒に読もう」


「やくそくでしゅか」


「約束だ」


 (お父様の約束と、お兄様の約束。二つ取得した)


 前世でも、重要なプロジェクトは複数の関係者に確認を取っておくのが基本だった。


「ありがとうでしゅ、おにいしゃま」


「礼を言うな。当然のことだ」


「うん。でも言いましゅ」


 ルードが短く笑った。


「……フィアはそういうやつだな」


「うん」


「まあ、悪くない」


 廊下に夕日が差し込んでいた。


 ルードが自分の部屋に向かいながら、振り返らずに言った。


「フィア、字の勉強、頑張れよ」


「うん。がんばりましゅ」


「あの本を読める日が来たら、俺も一緒に読む。それまでは、待て」


「うん。まちましゅ」


 ルードの背中が廊下の奥に消えた。


 わたしはその場に立って、今日の記録をまとめた。


 一、お父様があの本の概要を教えてくれた。ヴェルター家の魔力記録。フィアの生まれた日から記録されている。

 二、お兄様があの本を読んだことがあると判明。お父様がフィアを守ると書いていた。

 三、お父様と字の勉強をすることが決定。

 四、お父様とお兄様、両方から「一緒に読む」という約束を取得。


 (情報の輪郭がまた一段、はっきりした)


 まだ全部ではない。でも、近い。


 わたしはノートを閉じた。


 廊下が夕日に染まっていた。


 今日も、一歩前に進んだ。

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