第十二話 ジルがやっと少しだけ教えてくれました
調査官の来訪から一週間が経った。
屋敷の空気は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。お父様の顔色も戻ってきた。ジルのため息の回数も、練習中は平均二回まで減った。
わたしの魔力制御の練習は、順調に進んでいた。
感情が高ぶったときに一度止めてから出す、という方法は効果があった。猫を見ても、今は三回に二回は抑えられるようになっていた。猫は難しい。でも改善している。
問題は、まだ何も教えてもらえていないことだ。
わたしが隠されている理由。来客の目的。ヴェルター家の秘密。
全部、まだ「もう少し大きくなってから」の段階だ。
(情報開示のタイミングを、こちらから引き出す必要がある)
前世でも、上位権限が必要な情報を取得するには、信頼実績を積んでからアクセス申請をするのが正しい手順だった。
今のわたしは、実績を積み続けている。
庭の事件後も練習を続けた。調査官の来訪時に自分で魔力を抑えた。約束を守り続けた。
(そろそろ、部分的な情報開示を申請してもいい頃だ)
その日の練習が終わった後、わたしはジルに言った。
「ジル、一つだけ、おしえてほしいことがあります」
「なんでしょう」
「きらいな話ではないでしゅ。ただ、ずっときになっていましゅ」
「……なんでしょうか」
「わたしは、なぜかくされているでしゅか」
ジルが少し固まった。
わたしは続けた。
「ぜんぶはいいでしゅ。ひとつだけでいいでしゅ。ひとつだけ、おしえてくれましゅか」
ジルは長い間、黙っていた。
窓の外で鳥が鳴いた。
ジルが、ゆっくりと口を開いた。
「……フィア様は、特別な方です」
「まほうが、おおきいでしゅか」
「はい。とても、大きい」
「どのくらいでしゅか」
「……ヴェルター家の歴史の中で、最大です」
(最大値、か)
「それが、こわいことでしゅか」
「怖いというより……目立つことです。目立つと、目をつけられます」
「おうけのひとに、でしゅか」
ジルが少し驚いた顔をした。
「……気づいていましたか」
「まどからみましゅた。ぱっぱのもんしょう。それと、ろうかのこえで」
「そうですか」
「あのひとたちは、わたしをつれていきたいでしゅか」
ジルはまた黙った。
今度の沈黙は、少し重かった。
「……その可能性があります」
「なぜでしゅか」
「大きな魔力を持つ者は、国にとって有用だからです。保護という名目で、囲い込まれることがあります」
「まもってくれるのでしゅか」
「名目上は」
「じっさいは」
「……実際は、国のために使われることになります」
わたしはその言葉をしばらく考えた。
(リソースとして扱われる、ということか)
前世でいえば、優秀なエンジニアが特定のプロジェクトに縛り付けられて、自分では何も選べなくなる状態だ。名目は「重要な仕事」だが、実際は道具として使われる。
「お父様は、それをいやだとおもっていましゅか」
「はい。旦那様は、フィア様に自由に生きてほしいと思っています」
「ジルも、でしゅか」
「……はい、わたしも」
ジルの声が少し違った。
「ありがとうでしゅ、ジル」
「いいえ」
「もうひとつだけ、きいていいでしゅか」
「……一つだけ、と言っていましたが」
「はい。でも、もうひとつだけ」
ジルが少し笑った。
「どうぞ」
「わたしが、じぶんでまほうをせいぎょできるようになったら、かくれなくてよくなりましゅか」
ジルはしばらく考えてから答えた。
「……完全にではありませんが、今より状況は良くなると思います。魔力が外に漏れていなければ、気づかれにくくなります」
「だから、れんしゅうしているでしゅか」
「それも理由の一つです」
「わかりましゅ」
わたしはノートを開いた。
今日教えてもらったことを書いた。
一、ヴェルター家歴史上最大の魔力保有者。
二、王家が目をつけている理由は魔力の大きさ。
三、保護の名目で連れ去られる可能性がある。
四、制御できるようになれば、状況が改善する。
「ジル」
「はい」
「もっとはやく、れんしゅうしましゅ」
「焦らなくていいです」
「いいえ。わかったでしゅ。はやい方がいいでしゅ」
ジルが少し困った顔をした。
「フィア様、全部聞いてしまいましたね」
「うん。ごめんなしゃい」
「謝らなくていいのですが……」
「でも、きいてよかったでしゅ。なにをするべきか、わかりましゅた」
ジルはため息をついた。今日一回目だ。
「……旦那様に、報告しなければなりませんね」
「うん」
「怒られるかもしれません、わたしが」
「ごめんなしゃい。わたしがたのみましゅた」
「いいえ、これはわたしの判断です。フィア様がここまで信頼を積み上げてくださいましたから」
(信頼の積み上げが、アクセス権の拡大につながった)
「ありがとうでしゅ、ジル」
「……どういたしまして」
ジルが立ち上がりながら言った。
「フィア様、一つだけ聞いていいですか」
「うん」
「怖くないですか。今聞いたことを」
わたしは少し考えた。
「こわくはないでしゅ」
「なぜですか」
「お父様がいましゅ。お兄様がいましゅ。ジルがいましゅ。みんながいるなら、こわくないでしゅ」
ジルはしばらく黙っていた。
「……旦那様に、そのまま伝えます」
「うん、おねがいしましゅ」
ジルが部屋を出た。
わたしはノートに最後の一行を書いた。
本日の情報開示、部分的に成功。アクセス権限、一段階拡大。
それから少し考えて、もう一行足した。
やっぱり、みんながいれば大丈夫だ。
窓の外で、庭の花が風に揺れていた。
今日は揺らさなかった。
それも、少し嬉しかった。
夕食の後、お父様が部屋に来た。
「フィア、ジルから聞いた」
「うん」
「……怖くないか」
「ぜんぶじゃないでしゅが、すこしわかりましゅた」
「それで」
「こわくないでしゅ」
「なぜだ」
「お父様がいましゅから」
お父様がしばらく黙った。
「……そうか」
「うん。それと」
「なんだ」
「れんしゅう、もっとがんばりましゅ。はやくせいぎょできるようになりましゅ」
「急がなくていい」
「でも、はやいほうがいいでしゅよね」
「……そうかもしれないが、無理はするな」
「うん。むりはしましぇん。でも、がんばりましゅ」
お父様はわたしの頭を撫でた。
「……ありがとう、フィア」
「うん。いっしょにがんばりましゅ、お父様」
お父様がわたしを抱き上げた。
大きな手だった。温かかった。
(この人は、ずっとわたしを守ってきた)
(次は、わたしも守る番だ)
三歳でできることは限られている。でも、できることをやる。
前世でも、そうしてきた。
お父様の肩越しに、夜の庭が見えた。
月明かりの中で、花が静かに揺れていた。




