表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

バイク便・水城沙羅

挿絵(By みてみん)


俺は基本的に、外に出ない。

食料も、衣類も、雑貨も、すべてネットで済ませる。宅配業者は、俺の唯一の「外」との接点だった。


あの日、いつものようにチャイムが鳴った。

インターホンのモニターに映った女を見た瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


明るい茶色の髪、透き通った瞳。

白いパーカーの上にキャメル色のジャケットを羽織り、肩にはオレンジのリュック。

顔はきりっとしているのに、笑うと少女のように無垢な雰囲気を纏う。

そして、ジャケットの下からのぞく胸のラインが、異様に生々しかった。


「配達でーす」


俺は反射的にドアを開けた。

彼女は軽く頭を下げ、荷物を俺に手渡した。


「ありがとう」と言いながら、俺は彼女の指先が触れたダンボールを握った。

彼女はにっこり笑って、踵を返す。その瞬間、首筋に一筋の汗が光っていた。


ドアを閉めて、俺はその場に立ち尽くした。

ほんのわずかに、彼女の香りが玄関に残っていた。

女の汗の匂いなんて、これまで嫌悪感の対象だったはずなのに、その残り香に頭が痺れるほどの快感を覚えた。


その日から、俺の生活は一変した。

毎日のように、彼女は配達に来るようになった。

俺は段ボールよりも、彼女の声、匂い、そして一瞬垣間見える胸元や太ももに夢中だった。


思い切って、ある日、声をかけた。


「……配達ルートなんですか?」


「あ、はい。最近この地区を任されてて」


彼女は気さくに笑い、歯を見せた。

その無防備な笑顔に、俺の理性がぐらついた。


伝票に配達担当者の記載があった。名前は「水城 沙羅」というらしい。

運動部だったのだろうか、体のラインが美しく引き締まっている。

けれどその割に、声はやわらかく、どこか甘やかだった。


そして、ついに今日——


彼女はまた、いつものように笑顔で荷物を手渡した。

だが俺は、もう我慢できなかった。


彼女の手を掴んだ。


「え?」


驚いたように目を見開いた彼女を、俺は玄関の中へ引き摺り込んだ。

その瞬間、脳が焼けるように熱くなった。


唇を奪った。無理やり。

彼女は一瞬、硬直したが——すぐに俺の頬を思い切り平手打ちした。


「何するのよ!」


ドアに向かって走ろうとする彼女を、俺は再び捕らえ、ソファに押し倒した。

彼女は俺の股間を蹴り飛ばし、悲鳴をあげた。


「助けて!」


玄関に駆けていく。俺はすぐさま台所に走り、包丁を手に取った。

彼女がドアを開けようとした瞬間——


ドスッ


「……ぐぅ」


俺は彼女を逃すまいと夢中だった。気がついたら、彼女の背中を刺していた。

ジャケットの傷口の部分が赤黒く染まる。

背中から包丁を抜き、彼女の肩を掴んで向きを変えた。

そして、彼女の腹を刺突した。


ドスッ


「ぐはっ……!」


俺の顔に彼女の涎が飛び散る。

白いパーカーが、一瞬にして赤に染まる。

彼女の瞳が俺を見つめたまま、大きく見開かれる。


ゆっくりと、彼女は膝から崩れ落ち、玄関に倒れ込んだ。

その瞬間、彼女の長いまつげに、陽が差して煌めいた。


「……沙羅……?」


息をするように、彼女の名前を呼んだ。

けれどもう、彼女の胸は動かなかった。


俺は膝をついて、その顔を見下ろした。

彼女の瞳は虚空を見上げていた。


その顔には——ただ、静かな拒絶があった。


赤い血が、玄関の段差を越えて、床に広がっていく。

そして、その血に浮かぶ彼女の唇は、美しかった。


まるで、花びらが水面に落ちたような。

彼女の「散り際」は、どうしようもなく、残酷で、そして美しかった。


俺はもう、動けなかった。


ただ、彼女が残した匂いと、血のぬくもりの中で——

永遠に取り返しのつかない現実だけが、そこにあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ