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神様(かみ)じゃなくて紙幣(かみ)をくれ!  作者: 余白 ことの


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8/9

④ 古い校舎と小さな頼み事



 午後の授業は、実技演習だった。


 瑞穂学園では、一般科目のほかに、契約者や術者の能力に応じた実技授業が設けられている。


 今日の課題は、簡易結界の設置と維持。


 実習棟の一室には、床に描かれた術式と、演習用の札が用意されていた。


「いいか。今日の目的は強い結界を作ることじゃない。安定した状態を保つことだ」


 担当教師が生徒たちを見回した。


「出力を上げすぎると術式が壊れる。特に八坂、お前は気をつけろよ」


「何で俺だけ名指しなんですか!」


「前科があるからだ」

「ぐっ……!」


 教室のあちこちから笑いが漏れた。


「それと、お前は肩を痛めてるんだったな。今日は補助に回れ」

「はーい」


 優は素直に返事をしたものの、少し残念そうだった。

 生徒たちは数人ずつの班に分かれ、準備を始める。


「よし、じゃあ僕が札を置くね」


 いなりが床に膝をついた。

 その隣で、亮太が術式を確かめる。


「ここの流れ、少し弱くないか?」

「うん。だから、こっちを先につなげようと思って」

「なるほど。じゃあ、俺が調整するわ」


 二人の作業は慣れたものだった。


 いなりが札を配置し、亮太が指先に淡い光を灯して術式をなぞる。


 やがて床の模様がぼんやりと輝き、透明な膜のようなものが立ち上がった。


「お、いい感じじゃん」


 優が感心したように言う。


「お前も少しは手伝えよ」

「怪我人に無茶言うなよ」

「札くらい持てるだろ」

「持てるけどさ」


 亮太に札の束を渡され、優は渋々受け取った。

 そのやり取りに、桜が小さく笑う。


「みんな、慣れてるんだね」

「まあ、何度もやってるからね」


 いなりが答えた。


「でも、亮太は特にこういうのが得意なんだ」

「お、褒めてくれるじゃん」

「実際、得意でしょ?」

「まあな」


 亮太は少し得意げに笑った。


「術式って、力任せにやればいいってもんじゃないからさ。組み方一つで効率が変わるんだよ」

「へえ……」


「八重垣も、そのうち自分に合ったやり方が見つかると思うぜ」

「うん。ありがとう」


 桜が頷いたところで、担当教師の声が響いた。


「菅原の班、完成したなら維持時間を測れ!」

「はーい!」


 亮太が返事をする。

 その直後、隣の班から小さな破裂音がした。


 ぱんっ!


「うわっ!」


 結界が弾け、床に置かれていた札が宙を舞った。


「だから出力を上げすぎるなと言っただろう!」


 教師の叱責に、生徒たちが慌てて札を拾い始める。

 優は飛んできた一枚を左手で受け止めた。


「……あっちも前科つきそうだな」

「優、笑ってる場合じゃないよ」


 いなりに言われ、優は肩をすくめた。

 今日の実技演習も、どうやら平和に終わりそうだった。


     ◇



 放課後。


「八坂くん!」


 帰り支度をしていた優が顔を上げると、月乃が教室の入口から手を振っていた。


「ん? 日向、どうした?」

「ちょっとお願いがあるんだけど、今、時間ある?」

「内容による」

「正直だね……」


 月乃は苦笑した。


「古代史部で、旧校舎の資料室を整理することになったんだけどね。運ぶものが結構多くて」

「ああ、力仕事?」

「うん。それで、少しだけ手伝ってもらえないかなって」

「えー」


 優は露骨に渋い顔をした。


「俺、昨日も部活で動けなかったし、今日は帰ってゆっくりしようと思ってたんだけど」

「もちろん、無理にとは言わないよ。肩も怪我してるし……」


 月乃は申し訳なさそうに言った。


 すると、優が首を傾げた。



「ん? 待てよ。旧校舎の資料室って、昔の学園の記録とか置いてあるところか?」


「うん。古い写真とか、授業で使ってた道具とか。まだ整理できてないものも結構あるみたい」

「へえ」


 優の表情が少し変わった。


「それ、見てもいいの?」

「もちろん! むしろ興味あるなら大歓迎だよ」

「……なるほど」


 優は少し考えたあと、にやりと笑った。


「よし。行く」

「えっ、いいの?」

「ただし、重いものは持てねぇぞ。肩痛めてるし」

「うん! 軽いものだけで大丈夫!」

「あと、面白そうな資料があったら見せてくれ」

「もちろん!」


 月乃は嬉しそうに頷いた。

 その様子を、隣で帰り支度をしていた亮太が眺めていた。


「お前、現金だなぁ」

「知的好奇心と言え」

「さっきまで帰りたがってたくせに」

「人間、予定が変わることもあるんだよ」

「便利な言葉だな」


 いなりが小さく笑った。


「でも、優が歴史好きなのは本当だしね」

「だろ?」

「だからって無理しないでよ。肩、まだ治ってないんだから」

「分かってるって」


 優が答えると、月乃は少し安心したようだった。


「あ、そうだ。桜ちゃんも、よかったら一緒に来ない?」


 ちょうど近くにいた桜が顔を向けた。


「私?」

「うん。昨日、古代史部にも遊びに来てって言ったでしょ? 今日は部室じゃなくて旧校舎なんだけど、見学がてらどうかなって」

「いいの?」

「もちろん!」


 桜は少し考えてから、微笑んだ。


「じゃあ、お邪魔しようかな」

「やった! ありがとう!」

 月乃は嬉しそうに笑った。

「千穂ちゃんは?」


 月乃が尋ねると、千穂は鞄を肩にかけながら首を振った。


「ごめん。今日は剣道部があるから」

「そっか。じゃあ、また明日ね」

「うん。桜ちゃんも、気をつけてね」

「ありがとう」


 千穂は二人に手を振り、教室を出ていった。


「俺も今日は生徒会の手伝いだわ」


 亮太が言う。


「また呼ばれたの?」

 いなりが尋ねると、亮太は大きくため息をついた。

「そう。立候補もしてないのに、何で俺が書類整理してんだろうな」

「向いてるからじゃない?」

「嬉しくねぇ!」


 優が笑った。


「頑張れよ、次期生徒会長!」

「だから違うって!」


 亮太は手をひらひら振りながら教室を出ていった。


「僕も今日は使役獣の訓練があるから、先に行くね」


 いなりも鞄を持ち上げる。


「優、無茶しないでよ」

「はいはい」

「二回返事したら、ちょっと怪しいな」

「信用ねぇなぁ」

「普段の行いだと思う」


 いなりは穏やかに笑い、教室を後にした。

 こうして、残ったのは優と桜、それから月乃の三人だった。


「じゃあ、行こっか!」


 月乃が先頭に立つ。


「旧校舎って、ここから遠いの?」


 桜が尋ねた。


「そんなに遠くないよ。校舎の裏手にあるんだ」

「へえ。俺、あっちってあんまり行かないんだよな」

「普通の授業では使わないからね」


 月乃は楽しそうに答えた。


「でも、古い建物って面白いんだよ。今の校舎とは造りが全然違うし、昔の学園の雰囲気が残ってるから」

「お、いいねぇ」

「ふふ。八坂くん、楽しそう」

「そりゃそうだろ。昔のものって、実物を見ると面白いからな」

 三人は話しながら、校舎の裏手へ向かった。



     ◇



 旧校舎は、学園の敷地の端に建っていた。


 現在の校舎と比べるとずっと小さく、二階建ての木造建築だった。


 外壁は何度か補修されているようだが、窓枠や廊下には古い造りが残されている。


「へえ……」


 優が感心したように声を上げた。


「結構ちゃんと残ってんだな」

「うん。学園の歴史を伝える建物だから、定期的に手入れされてるんだって」


 月乃は入口の鍵を取り出した。


「今日は先生に許可をもらってるから、中に入れるよ」


 扉を開けると、古い木材の匂いが漂ってきた。


 廊下には磨かれた板張りの床が続き、壁には昔の学園行事の写真が飾られている。


「わあ……」


 桜が小さく声を漏らした。


「何だか、雰囲気が違うね」

「でしょ?」


 月乃は嬉しそうに笑った。


「この辺りは昔のまま残してあるんだよ」


 優は廊下を歩きながら、壁に掛けられた古い写真に目を留めた。


「お、これ、昔の契約実技の授業か?」

「そうそう。今とはずいぶん違うでしょ?」

「へえ。昔はこんな道具使ってたのか」

「うん。資料室には実物も少し残ってるよ」

「マジか。見たい!」

「ふふ。じゃあ、先に資料室へ行こうか」


 月乃が先頭に立ち、三人は廊下の奥へ進んだ。


 窓から差し込む午後の光が、床に長い影を落としている。


 どこか懐かしい空気の漂う校舎だった。



 そのとき。


「……あれ?」


 月乃が足を止めた。


「どうした?」


 優が尋ねる。


「ううん。何でもないんだけど……」


 月乃は廊下の先にある教室へ目を向けた。


「今、誰かいたような気がして」

「古代史部の人じゃねぇの?」

「そうかな……」


 月乃は少し考えてから、頷いた。


「うん。きっとそうだね」


 そう言って、再び歩き出す。


 優も特に気にした様子はなかった。


 桜は二人の後ろを歩きながら、静かに顔を上げた。


 けれど、何も言わなかった。

 三人の足音が、古い廊下に響いていた。

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