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神様(かみ)じゃなくて紙幣(かみ)をくれ!  作者: 余白 ことの


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9/9

⑤ 誰もいない教室



 旧校舎の資料室は、一階の廊下を突き当たったところにあった。


「お待たせー!」


 月乃が扉を開けると、中から元気な声が返ってきた。


「あ、月乃! 遅かったね!」

「ごめんごめん。ちょっとお手伝いをお願いしてきたの」


 月乃の後ろから優と桜が顔を出すと、机の上で資料を整理していた女子生徒が目を丸くした。


「あれ、八坂くんじゃん!」

「おう。どうも」

「えっ、知り合い?」


 月乃が尋ねると、女子生徒は笑って頷いた。


「前に文化祭の準備で一緒になったことがあるんだよ。ね?」

「ああ、去年のな。あんときは大変だったよなぁ」

「そうそう! 最後、展示用の棚が足りなくなっちゃって」

「で、俺が倉庫まで取りに行かされた」

「助かったよー!」

「感謝するなら今度ジュース奢ってくれ」

「えー、まだ覚えてたの?」

「当然!」


 二人のやり取りに、月乃が笑った。


「八坂くん、相変わらずだね」

「働いた分の報酬は大事だろ」

「今日はお菓子ならあるよ」

「よし、働こう」

「切り替え早っ!」


 資料室に笑い声が広がった。


 室内には、古い木製の棚がいくつも並び、机の上には写真や資料の入った箱が積まれている。


 古代史部の部員たちは、文化祭で展示する資料を選びながら、年代や保存状態を確認しているところだった。


「じゃあ、八坂くんにはこっちの箱をお願いしてもいい?」


 月乃が指さしたのは、机の脇に置かれた小さな木箱だった。


「軽いから、棚の上に移してほしいんだ」

「おう。これな」


 優は左手で箱を持ち上げた。


「……思ったより軽いな」

「中身、古い帳面が二冊だけだから」

「へえ、帳面?」


 優の興味が早速そちらへ向く。


「昔の出納帳だよ。学園で使ってた道具の購入記録とか」

「お、面白そう」

「あとで見てもいいよ」

「マジ? 助かる」


 優は機嫌よく箱を運び始めた。

 一方、桜には資料の仕分けを手伝ってもらうことになった。


「桜ちゃんは、こっちお願いしてもいい?」


 月乃が用意したのは、封筒に入った資料の束だった。


「これはもう確認が終わってるから、私が言った順番に並べてもらえれば大丈夫」

「うん。任せて」

「ありがとう!」


 月乃は隣に椅子を置き、封筒を一つずつ手渡していく。


「これは展示用。こっちは保存用ね」

「うん」

「それから、こっちは先生に確認してもらう分」

「分かった」


 二人は話しながら作業を進めた。

 途中、桜が古い封筒を手に取ると、指先にかすかなざらつきが伝わった。


「ずいぶん古い紙なんだね」

「うん。破れやすいものもあるから、気をつけてね」

「ありがとう」


 桜は丁寧に封筒を重ねた。

 その隣では、優が早くも古い道具に興味を示していた。


「なあ、これ何?」

「どれ?」

「この木の板。なんか模様が彫ってあるやつ」

「ああ、それは昔の授業で使ってた術式板だよ」

「へえ! 今の演習用と全然違うな」

「そうなの。昔は一枚ずつ手彫りだったらしいよ」

「マジか。すげぇ手間だな」


 優は感心したように板を眺めた。


「……これ、作るだけで何日かかるんだろ」

「八坂くん、そこ気になるんだ?」

「そりゃ気になるだろ。今なら印刷で済むもんを、全部手作業だぞ?」

「確かにね」


 月乃が笑った。


 そんなふうに、資料室の整理は順調に進んでいった。



     ◇



「よーし、これで一段落かな!」


 しばらくして、部員の一人が大きく伸びをした。

 机の上に積まれていた箱は減り、資料も種類ごとにまとめられている。


「八坂くん、助かったよ。ありがとう!」

「おう。約束のお菓子は?」

「はいはい。ちゃんと用意してるって」


 女子生徒は鞄から個包装のクッキーを取り出した。


「一人二枚ね」

「二枚かぁ……」

「文句言わない!」

「言ってねぇって」


 優は笑いながら受け取った。

 桜にもクッキーが渡され、三人は少し休憩することになった。


「そういえばさ」


 優がクッキーの袋を開けながら尋ねる。


「日向たち、文化祭で何展示すんの?」

「今のところは、学園の昔の写真と、授業で使われてた道具かな」

「へえ。面白そうじゃん」

「それから、昔の学校生活についても紹介したいんだ」


 月乃が嬉しそうに話す。


「今と違って、昔は契約者と普通の生徒で授業の内容も結構違ってたみたいでね」

「まあ、昔は契約者自体が少なかったしな」

「そうなの! それで、当時の授業記録とかも調べてるんだけど……」


 月乃はそこで少し考え込んだ。


「あ、そうだ」

「ん?」

「昨日、部室で面白い資料を見つけたんだよ」

「面白い資料?」


 優が身を乗り出した。


「何それ?」

「昔の学園で使われてた出席簿みたいなものなんだけど」

「出席簿?」

「うん。普通の名簿とは少し違うみたいで、今みんなで調べてるところなの」

「へえ……」


 優は興味深そうに頷いた。


「昔の学校って、今と出席の取り方も違ったりすんのかな」

「どうだろう。まだ詳しく分からないんだ」

「それ、ここにあるの?」

「うん。隣の教室に置いてあるよ。見てみる?」

「お、いいのか?」

「もちろん」


 月乃は立ち上がった。


「桜ちゃんも一緒に行く?」

「うん。せっかくだし」

 三人は資料室を出て、隣の教室へ向かった。



     ◇



 隣の教室には、古い机と椅子がいくつか残されていた。

 壁際には展示準備用の箱が並び、窓際の机には古い書類が広げられている。


「ここ、昔は普通の教室だったんだよ」


 月乃が説明した。


「今は資料の確認に使わせてもらってるんだけど」

「へえ……」


 優は教室の中を見回した。


「昔の学校って感じだな」

「でしょ?」


 月乃は窓際の机に向かった。


「えっと、昨日の資料は……」


 書類の束を確かめていた月乃が、小さく首を傾げた。


「あれ?」

「どうした?」

「ここに置いてあったはずなんだけど……」


 月乃は机の上を探し始めた。


「誰か別の場所に移したのかな」

「何探してんの?」

「昨日見つけた出席簿。ここに置いておいたと思うんだけど」

「部室に持って帰ったんじゃね?」

「うーん……そうだったかなぁ」


 月乃は少し考え込んだ。



 そのとき。



 ――とん。



 教室の奥で、小さな音がした。


「ん?」


 優が顔を上げる。


「今、何か落ちた?」

「え?」


 月乃も手を止めた。



 ――とん。



 もう一度。


 今度は、はっきりと聞こえた。


 木の机を指先で叩いたような、乾いた音だった。


「……誰かいる?」


 月乃が声をかけた。

 返事はない。

 優は教室の奥へ目を向けた。

 誰もいない。



「……風か?」

「窓、閉まってるけど……」


 月乃が呟いた。


 桜は黙ったまま、二人のやり取りを聞いていた。

 しばらくして、音は止んだ。


「……まあ、古い建物だしな」


 優が肩をすくめる。


「木が軋んだんじゃね?」

「そうかもね」


 月乃も頷いた。

 けれど、出席簿は見つからなかった。


「仕方ないなぁ。あとで部室の子に聞いてみるよ」

「そうだな」


 優が答えた、そのときだった。

 廊下の向こうから、誰かの声が聞こえた。


『……一番』


 三人の動きが止まった。


「……え?」


 月乃が顔を上げる。

 続いて、少し間を置いて。


『……はい』


 小さな返事が、古い校舎に響いた。

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