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神様(かみ)じゃなくて紙幣(かみ)をくれ!  作者: 余白 ことの


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2/9

第一話 三万円の命懸け 前編

 その日の放課後、八坂優は三万円で命を張ることになった。


 もちろん、本人はそんなつもりで引き受けたわけではない。


「……話が違うっ!」


 古びた一軒家を前に、優は低い声で言った。


 もう一度、今度ははっきりと。


「話が違うっ!!」


「二回言わなくても聞こえている」


 隣に立つ男――赤井は、悪びれもせず手元の資料をめくった。


 駅から歩いて十五分ほど。少し先には子どもたちの遊ぶ公園があり、優たちの横を買い物帰りらしい女性が自転車で通り過ぎていく。


 どこにでもある、普通の住宅街だった。


 そして目の前にあるのも、どこにでもありそうな二階建ての、少し古びた一軒家。


 少なくとも、遠目にはそう見える。


 問題は、その家を囲むように張られた規制線と――二階の窓から絶えず漏れ出している、黒い靄だった。


「俺が聞いたのは低級怪異の調査! 危険度も低い! 所要時間一時間程度! 高校生でも安心安全! 三万円のお仕事!」


「最後の二つは言っていない」


「俺の脳内補足だよ!」


「勝手に条件を追加するな」


「だって三万だぞ!?」


 優は家を指さした。


「あれ絶対、三万の色じゃねぇだろ!」


「怪異を値段で見るな」


「俺にとっては大事なんだよ!」


 昼休みに見た四十七億九千万円という数字が脳裏をよぎる。


 あれから、まだ六時間も経っていない。それなのに三万円の収入を得られる機会が向こうからやってきたのだから、優が飛びついたのも仕方がない――と、少なくとも本人は思っている。


「帰る」


 踵を返した。


「待て」


「帰る! 契約違反だ! 三万円であんなの相手にできるか!」


「まだ何もさせるとは言っていない」


「え?」


 足を止める。


 赤井は資料を閉じた。


「当初の依頼は調査だった。近隣住民から、この空き家で夜になると物音がするという相談が入ってな。土地に残った低級霊か、住み着いた妖の類いだろうと考えられていた」


「……だった?」


「昨日まではな」


 嫌な言い方だった。


 優はもう一度、家を見る。


 築何年なのかは知らない。外壁にはところどころひびが入り、庭の雑草は膝ほどまで伸びている。


 窓は閉じている。


 カーテンも動いていない。


 なのに、見られているような気がした。


 ぞわり、と腕に鳥肌が立つ。


「スサノオ」


『なんだ』


「あれ、どう思う?」


 問いかけると、少し間があった。


 普段なら「知らぬ」「自分で見ろ」くらいは、すぐに返ってくる。その沈黙が、優には何より嫌だった。


『……好かんな』


「帰っていい?」


『好きにせよ』


「そこは止めろよ!」


「さっきから誰と話してるんだ?」


 後ろから声がして、優は振り返った。


 菅原亮太が、呆れた顔でこちらへ歩いてくる。その隣には伏見いなりもいた。


「遅ぇぞ!」


「いや、そもそも俺ら依頼受けてねぇし」


「僕たち、付き添いだからね」


「だったらもっと早く付き添えよ!」


「無茶苦茶言うな」


 二人の姿を見て、少しだけ肩の力が抜けた。


 それに気づいたのか、亮太がにやりと笑う。


「何? 怖いの?」


「怖ぇよ」


 即答すると、逆に亮太が黙った。


「……そこは否定しろよ」


「なんでだよ。怖いもんは怖いだろ」


 優は自分の腕をさすった。


「俺、痛いのも怖いのも嫌いなんだよ」


「よくその性格で怪異相手の仕事してんな」


「金になるから」


「いっそ清々しいな」


 亮太は笑いながら家へ視線を移した。


 その表情が、少しだけ変わる。


「……確かに、低級霊って感じじゃねぇな」


「でしょ?」


 いなりも家を見ていた。


 ただし、こちらは何も言わない。


「いなり?」


「……待って」


 いつもの穏やかな声が低くなった。


 いなりが目を閉じる。


 やがて、彼の足元に小さな影が滲んだ。


 影はゆっくりと形を持ち、黒い毛並みの犬へ変わっていく。優の膝ほどの大きさしかないが、もちろん普通の犬ではない。


 犬神だった。


「頼める?」


 いなりがしゃがみ込み、その頭を撫でる。


 犬神は小さく鼻を鳴らすと、家へ顔を向けた。


 途端に全身の毛が逆立ち、喉の奥から低い唸り声が漏れる。


「……嫌がってる」


「マジ?」


「うん。この子、あんまり怖がらないんだけど」


「帰ろう」


「判断早ぇよ」


「犬が嫌って言ってんだぞ! 犬の勘は大事にしろ!」


「犬神な」


 そんなことを言い合っている間にも、赤井だけは笑わなかった。


「八坂」


「……なんだよ」


「状況が変わった理由をまだ話していない」


 優は嫌な予感しかしなかった。


 聞きたくない。


 しかし赤井の顔を見れば、たぶん聞かないままでは帰れない。


「昨日の夜、この家に三人の高校生が入った」


「肝試し?」


「おそらくな。有名な心霊スポットで、動画を撮るつもりだったらしい」


「馬鹿だなぁ」


「お前が言うと説得力がないな」


「俺は廃墟に肝試しなんて行かねぇよ。金にもならねぇのに」


「そこ?」


 亮太の突っ込みを無視して、赤井の続きを待つ。


「午後十一時頃に家へ入り、午前零時過ぎ、二人が家から逃げ出して近くの交番へ駆け込んだ」


 そこで赤井は言葉を切った。


「一人、戻っていない」


 その言葉だけが、妙に耳に残った。


 優は何も言わず、二階の窓を見上げた。


 閉め切られた窓の向こうに人影はない。助けを呼ぶ声も聞こえない。ただ、黒い靄だけが細い糸のように窓枠から漏れ続けている。


 さっきまでなら、気味が悪い。それだけだった。


 けれど今は、その向こうに一人の人間がいる。


 そう思った途端、見え方が変わった。


「……まだ、中にいるの?」


「出てきた形跡はない」


 赤井は資料から一枚の写真を抜き、三人へ向けた。


 制服姿の少年が写っている。


 どこにでもいそうな高校生だった。


「十七歳。家に入った三人のうち、唯一、所在が確認できていない」


 優は写真と家を見比べた。


「……もう半日どころじゃねぇじゃん」


「ああ」


「生きてんの?」


 今度は、すぐに返事がなかった。


 優は赤井を見る。


 その沈黙だけで十分だった。


「分からないんだな」


「確認できていない」


「救助は?」


「対応班を呼んだ。到着まで四十分ほどだ」


「四十分……」


 優はもう一度、家を見る。


 四十分。


 学校の授業一つ分にも満たない時間だ。


 普段なら、大した長さじゃない。


 けれど、もし自分があの家の中にいたら。


 暗くて、何がいるかも分からなくて、外へ出られなくて。もう半日以上も待った末に、さらに四十分。


 ――嫌だな。


 そう思った。


 本当に、それだけだった。


「優?」


 いなりがこちらを見る。


「いや。俺だったら嫌だなって」


 半日以上、一人でいる。


 それだけでも嫌なのに、さらに四十分。


「八坂、だからといって――」


「分かってる」


 優は右手を握った。


 手の甲の契印が、わずかに熱を帯びる。


「俺だって死にたくねぇし、怪我もしたくねぇ。借金だってまだ四十七億九千万あるんだぞ。ここで死んだら誰が返すんだよ」


「そこを心配するのか」


「大事だろ!」


 言い返してから、もう一度家を見据えた。


 黒い靄は変わらず、二階の窓から漏れている。


「だから、無茶はしない」


 優は言った。


「入って、探す。ヤバかったら逃げる」


「待て、八坂」


 今までとは違う、低い声だった。


 優が振り返る。


 赤井は資料を脇へ挟み、まっすぐ優を見ていた。


「俺は入れとは言っていない」


「でも、中に――」


「当初の依頼内容から状況が変わっている。現在の危険度も判定できていない。ここから先は、三万円で請け負わせた調査の範囲外だ」


 赤井は家へ一度視線を向け、それから優へ戻した。


「依頼はここで破棄して構わん。対応班を待て」


「……三万円は?」


「出ない」


「そこは出せよ!」


「調査してないだろ」


「くっそ、正論……!」


 亮太が吹き出す。


「結局そこなんだな」


「大事なんだって!」


 文句を言いながらも、優はその場を動かなかった。


 赤井も急かさない。


 入れとも、帰れとも言わなかった。


 決めるのを待っている。


 だから優は、もう一度だけ家を見た。


 四十分。


 自分なら嫌だ。


 やっぱり、その考えは変わらなかった。


「……行く」


 赤井の眉がわずかに動いた。


「本気か」


「うん。中に人いるんだろ」


「生存している保証はない」


「だったら確認してくる」


「危険だぞ」


「知ってる。だからヤバかったら逃げる」


「お前の『ヤバかったら逃げる』ほど信用できない言葉もないけどな」


 亮太が横から口を挟む。


「うるせぇな」


「優」


 今度はいなりだった。


「僕も行くよ」


「え?」


「この子がいれば、人の匂いを追えるかもしれない」


 足元の犬神を示す。


「いや、でも――」


「優だけ行かせる方が心配だから」


「…………」


「信用ないな、お前」


「亮太にだけは言われたくねぇ」


「じゃあ俺も行く」


「なんで!?」


「お前ら二人で悪霊に突っ込ませるよりマシだろ。俺なら祓える」


 そう言って、亮太は制服の袖を少しまくった。


 手首には細い腕輪が巻かれている。


 一見すれば、ただのアクセサリーにしか見えない。


「伏見。菅原」


 赤井が二人を呼んだ。


 さっきまで笑っていた亮太も、いなりも赤井を見る。


「これはお前たちへの依頼じゃない。報酬も出ん。それでも入るのか」


「はい」


 いなりが答える。


「ここまで来て優だけ行かせたら、そっちの方が後味悪いし」


 亮太も肩をすくめた。


 赤井は二人をしばらく見たあと、小さく息を吐いた。


「……分かった」


 上着のポケットから、小さな通信具を三つ取り出す。


「持っていけ」


「準備いいな」


「誰のせいだと思ってる」


「俺?」


「八割ほど」


「高くない!?」


 通信具を受け取った優が抗議する。


 赤井は無視した。


「中に入ったら定時で状況を報告しろ。異常があれば即時撤退。俺から戻れと言った場合も同じだ」


「なんか今日ちゃんとしてない?」


「返せ」


「嘘ですごめんなさい」


 慌てて通信具を握りしめる。


 亮太が呆れたように笑った。


「お前、赤井さんを何だと思ってんの?」


「借金持ち高校生に仕事を押しつけてくる人」


「間違ってはいないな」


 赤井本人が否定しなかった。


 いなりが笑う。


 優は二人を交互に見た。


「……お前ら、報酬出ないぞ?」


「まだ気にしてたの?」


「大事だろ!」


「終わったらラーメン奢れ」


「高ぇよ!」


「三万もらうんだろ」


「今、出ないって言われただろ!」


「あ、そうだった」


「お前ぇ!」


「じゃあ救助成功したら追加料金もらえよ」


 亮太が悪びれもせず言う。


 優は、はっとした。


 そして勢いよく赤井を見る。


「赤井」


「嫌な予感しかしないが、なんだ」


「これ、救助になったら追加料金だからな」


「まず無事に帰ってこい。話はそれからだ」


「交渉はしてくれる?」


「無事に帰ってきたらな」


「言ったな?」


「ああ」


「録音した?」


「してねぇよ」


「亮太ぁ!」


「そこまで用意いいと思うな!」


 さっきまで重かった空気が、ほんの少しだけ軽くなった。


 優は息を吐く。


 怖くなくなったわけじゃない。


 それでも、一人じゃない。


「……スサノオ」


『聞いている』


「力、貸して」


 今度は返事を待つ必要はなかった。


『無論だ』


 手の甲の契印が熱を持つ。


 それは燃えるような熱ではなかった。


 ずっと昔からそこにあるものが、呼びかけに応えて目を覚ましたような、馴染んだ温かさだった。


 優は右手を開き、ゆっくりと息を吐く。


「よし」


 怖い。


 帰りたい。


 三万円じゃ安い。


 その全部が本音だ。


 それでも――中にいる誰かが、もっと嫌な思いをしている。


 だったら、とりあえず連れて帰る。


 後のことは、その後考えればいい。


 三人で規制線へ向かう。


 優が足を跨がせようとしたところで、後ろから声が飛んだ。


「八坂」


「ん?」


 振り返る。


 赤井はいつもの、少し面倒そうな顔に戻っていた。


「無茶はするな」


「しないって」


「その返事が一番信用できん」


「今日それ二回目!」


「二人に言われるってことは、そういうことだろ」


「味方いねぇ!」


「いるよ」


 いなりが笑う。


「信用してないだけで」


「もっと酷ぇ!」


 亮太が笑いながら規制線を跨いだ。


 いなりと犬神が続く。


「くっそ……絶対追加料金取ってやる」


 ぶつぶつ言いながら、優も二人の後を追った。


 三人が規制線を越える。


 その瞬間だった。


 優の頬を撫でていた春の風が、ぴたりと止んだ。


「……ん?」


 何かがおかしい。


 振り返る。


 赤井はすぐ後ろにいる。


 住宅街も変わっていない。


 なのに、音がしなかった。


 車の音も。


 遠くの話し声も。


 鳥の声すら聞こえない。


「優」


 いなりも気づいたらしい。


 犬神が低く唸っている。


 亮太はもう笑っていなかった。


「結界……じゃねぇな、これ」


「じゃあ何?」


「分かんねぇ」


「分かんねぇのかよ」


「だから調べるんだろ」


「そうでした」


 そのとき、優の耳につけた通信具から声がした。


『八坂』


「うおっ」


 思ったより近く聞こえて、肩が跳ねる。


『聞こえるか』


「聞こえてる。びっくりするから急に喋んなよ」


『通信具とはそういうものだ』


「知ってるよ!」


『なら騒ぐな。こちらからは三人とも確認できている。今のところ外部に変化はない』


 優は家を見る。


「こっちは規制線越えた途端、音が消えた」


 短い沈黙。


 今度の沈黙には、さっきまでの気怠さがなかった。


『伏見』


「はい」


『犬神の様子は』


「警戒しています。さっきより強いです」


『菅原』


「俺も違和感あります。普通の結界とは違う感じです」


『分かった』


 赤井の声が一段低くなる。


『現時点で危険度を一段階引き上げる。何か一つでも異常が増えたら戻れ』


「一つ?」


『一つだ』


「厳しくない?」


『帰ってこない高校生を、これ以上増やす気はない』


 優は一瞬、黙った。


「……了解」


 玄関まで、あと数歩。


 そのとき。


 二階で、音がした。


 ギィ……。


 古い床板でも軋んだような、小さな音だった。


 三人の会話が止まる。


「……今の聞いた?」


「ああ」


 優は二階を見上げた。


 窓は閉じている。


 何もいない。


 それなのに犬神だけが、二階へ向かって低く唸っていた。


「いなり」


「いる」


 短い返事だった。


「何が?」


「……分からない」


 その言葉の方が嫌だった。


 いなりは普段、こういうときに滅多なことを言わない。分からないものを適当に妖だの霊だのと決めつけたりもしない。


 だからこそ。


 本当に、分からないのだ。


 ギィ……。


 また鳴った。


 今度は、さっきより少し近い。


 ギィ……。


 ギィ……。


 一歩ずつ。


 古い廊下を、誰かがこちらへ歩いてきている。


 そう思った瞬間、優の背中を冷たいものが走った。


「……おい」


 やがて音が止まった。


 二階の窓。


 閉じられたカーテンの向こうに、いつの間にか人影が立っていた。


「人……?」


 優が目を凝らす。


 赤井から見せられた写真の少年かもしれない。


「おい! 聞こえるか!」


 一歩、家へ近づいた。


『八坂、待――』


 通信具から赤井の声が飛んだ、その瞬間。


 人影が動く。


 窓へ近づいた――そう見えた。


 次の瞬間、その姿が視界から消えた。


「え?」


 ドサッ。


 何かが地面へ落ちる、重い音がした。


「――っ!」


 優が駆け寄る。


『八坂!』


 落ちたのは少年だった。


 制服姿で、身体のあちこちが泥と埃に汚れている。


「おい!」


 しゃがみ込み、肩へ手を伸ばす。


 その手首を亮太が掴んだ。


「待て」


「何だよ!」


「……おかしい」


 少年は動かない。


 二階から落ちたはずなのに、血が出ていない。


 苦しそうな声も、呼吸の音すら聞こえなかった。


「……おい?」


 優は少年の顔を覗き込む。


 そこで、ようやく気づいた。


「……こいつ」


 違う。


 写真の高校生じゃない。


 いや。


 そんなことよりも――。


 顔が、ない。


 目も、鼻も、口も。


 本来そこにあるはずのものが何一つなく、つるりとした肌だけがある。


「離れろ!」


 亮太が叫んだ。


 次の瞬間。


 顔のない少年の身体が、不自然な方向へ折れ曲がった。


 腕が地面につく。


 背中が大きく反り返り、四つん這いになったそれが、獣のように跳ねた。


「うわぁぁぁぁ!?」


 優は本気で悲鳴を上げた。


 考えるより先に右手を振る。


 契印が熱を持ち、腕の動きを追うように空気が一気に押し出された。


 狙いも、加減もなかった。


 ただ、近づいてほしくない。


 その一心で放った風が、真正面から顔のない少年へ叩きつけられる。


 身体が宙へ浮いた。


 次の瞬間には、背後の玄関へ激突する。


 バキッ、と木が割れた。


 さらに風に押され、扉ごと家の中へ吹き飛んでいく。


 バキバキ、と続けて嫌な音が響いた。


 沈黙。


 優。


 いなり。


 亮太。


 そして規制線の向こうにいる赤井。


 全員が、壊れた玄関を見た。


「……優」


 亮太が言った。


「何」


「玄関」


「…………」


「壊したな」


「…………」


 優はゆっくりと赤井を見る。


 赤井もこちらを見ていた。


「不可抗力」


『まだ何も言っていない』


「不可抗力だからな!?」


『分かったから前を見ろ!』


 赤井の声色が変わった。


 優が振り返る。


 笑い話をしている場合ではなかった。


 壊れた玄関の奥。


 暗闇の中で。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 白い、人の顔のようなものが浮かび上がる。


 どれにも目も鼻も口もない。


「……なあ」


 優は引きつった笑みを浮かべた。


「三万、安くない?」


「今それ言う!?」


 亮太の声が響く。


 その奥で、何かが笑った。


 口など、どこにもないのに。

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