第60話 最終話-e 尾牟派麗子編〜夢現
男子たちに呼ばれた空玲須を見て、尾牟派麗子が席を立ちます。
「皆、それぞれの楽しみもあるであろ?
コレにて終いとしようぞ。」
振り返ることなく、歩み去る尾牟派麗子。黒スーツが少し離れて後を守ります。
傾いた建物の近くには規制線が貼られ、パークのクルーが誘導を始めています。尾牟派麗子は、お城の先に向かって歩いて行きました。
➖➖ほわわ〜(麗子の妄想world)➖➖
「尾牟派麗子!」
後ろから声が。空玲須です。
「うむ。
そろそろ追いつくと思っておったわ。
して?」
尾牟派麗子は、後ろを見ずに応えます。
「オレは、尾牟派麗子が好きだ!」
背中から、尾牟派麗子を包み込む空玲須。手に力を込めて、ギュッと抱きしめます。
尾牟派麗子は顔を空玲須に向けて目を閉じます。
チュー!
➖➖➖➖ ほわわ〜 ➖➖➖➖
「ふっ…。
やはり、現実にはならぬか。」
尾牟派麗子は、自虐的な微笑みを浮かべながら森の中を歩き、VIP専用通路の扉の前に立ちました。
黒スーツが、扉の鍵を開けようとした時。
「尾牟派麗子!」
後ろから声が。空玲須です。
コレは、夢か!?
「オレ、話したいことがあるんだ。」
夢ではない。現。
尾牟派麗子は振り向きました。
「聞く。
言うてみよ。」
そして、尾牟派麗子は、はっと気がつきます。もし想像通りの話なら、黒スーツがそばにいると空玲須の気持ちが削がれるかも、と。
「しばし待て。
場所を変えるぞよ。」
尾牟派麗子は、黒スーツに目配せをして、元来た道を戻りました。空玲須もそれに続きます。黒スーツは、見えないところに身を隠してついてきます。
「そちは、あの城に入ったのか?」
お城の前まで来て、尾牟派麗子は空玲須に聞きました。
「いや、入ってないけど。
セイリケンがいるって言ってたし。」
「そうか。
…行ってみるか。
キマイラのせいで人も少ない。
整理券がなくとも、入れるかもしれん。」
お城の入り口には、規制線はありません。しかし、並んでいる人はあまりいませんでした。
黒スーツがどこからか現れて、尾牟派麗子の前に立ちます。近くにいるクルーに何やら話しかけて…、尾牟派麗子に向けてうなずきました。尾牟派麗子も、うなずきます。
「どうやら、入れるようじゃ。
行くぞよ。」
整理券なしになったのか、尾牟派麗子の財力で何とかしたのか。空玲須には分かりませんでしたが、とりあえず尾牟派麗子と一緒に怪物の石像の門を通りました。
石造りの建物をぐるっと周ります。見上げると幾つもの尖塔。
「大きな砦だ。よほど力のある王なのかな。」
感嘆する空玲須に、尾牟派麗子が言います。「面白いことを言うの。
しかし、コレは学校じゃ。
映画で、主人公たちが通っておる。」
学校!?学校というのはもっと四角くて白い壁ではないのか?
空玲須はそう思いましたが、尾牟派麗子が嘘をいうはずはないので黙っていました。
お城の中に入ると、石造りの廊下。壁には肖像画が掛けられていますが…。
「今、絵が動いたぞ。」
「おお、わらわも見たぞよ。
…面白い。動く絵とは!」
驚く空玲須。尾牟派麗子も、驚きを隠しません。そして、廊下を抜けると…。
高い天井の部屋に出ました。壁には肖像画が架けられています。廊下と違って、数が多い。いくつかの絵は、やはり動いています。
「ここは、教室じゃな。
映画では、ここで魔法を習うのじゃ。」
空玲須には魔法が何だか分かりません。でも…。
ふと天井を見上げます。
あれ?あそこ、何だか曲がっているような…。建物の梁なら、まっすぐのはず。
「では、次へ行こうか。」
尾牟派麗子が教室の出口に差し掛かった時。
「危ないッ!」
空玲須は、尾牟派麗子に覆い被さりました。
➖➖ほわわ〜(麗子の妄想world)➖➖
「オレ、もう我慢できない。
ここで…。」
覆い被さった空玲須の腕が、力強く尾牟派麗子を抱きしめます。
「ああ、よいぞよ。
許す。」
ぎゅー
➖➖➖➖ ほわわ〜 ➖➖➖➖
ドカッ、バキン。
天井の一部が落下してきて、空玲須の背中に当たりました。
尾牟派麗子は無傷です。顔が少し赤いだけ。
いつのまにか、黒スーツもそばに立っていました。
空玲須は破片を振り落としながら立ち上がると、尾牟派麗子の手を取ります。
「すまぬの。
よいしょ。」
尾牟派麗子は空玲須の手を握って立ち上がりました。ジャケットと、スカートの裾を整えます。
クルーが数名、慌ててやってきました。
「申し訳ありません。
お怪我はありませんでしたか?」
クルーたちは、他の客を出口へ誘導します。
「うむ。
こやつが平気ならば大事ない。
どうじゃ?」
尾牟派麗子は空玲須に聞きました。
「うん、オレは平気です。」
空玲須たちはクルーに謝られながら、お城を出ました。お城の前には正装をした偉い人が待ち構えていて、その人にも謝られました。尾牟派麗子は平然と受け答えをしていましたが、空玲須は何だかいたたまれない気持ちになりました。
偉い人たちがいなくなった頃には、辺りはすっかり暗くなっていました。
先ほどの事故で、「魔法世界」のエリアは完全に封鎖されたようで、人は誰もいません。
「オレたちも、出なくていいの?」
空玲須が、尾牟派麗子に聞きました。
「まあ、もうしばし待て。
…ほら!」
暗い夜空にそびえていたお城が、幾つもの灯りで煌びやかに飾られました。池にも、その光が映し出されます。
「先ほどのお詫び、と言われたのでな。
少し無理を言って点灯してもらった。」
明るいお城を背景にして、少し影になる尾牟派麗子の顔。
空玲須は、その顔をまっすぐに見つめました。
「そうじゃの。
話があるのじゃったな。
して?」
「尾牟派麗子。
オレ、ずっと言わなきゃって思ってた。
いつも、ありがとうって。
プールも、校舎も。
パンケーキも。
今回のことも。」
「…うむ。
して?」
「蛇のときのことは、誰にも言ってない。」
「して?」
尾牟派麗子が、さらに聞きます。
空玲須は、すぐに答えてはくれません。
「ええい。
もうよいわ。
かくなる上は。」
尾牟派麗子が、震える拳を握りしめます。
「わらわは…。
わらわはの。
そちのことが。
空玲須が…。」
言葉に詰まって、尾牟派麗子は空玲須に背を向けました。池に映るお城のライトアップが滲んでゆきます。
なぜじゃ。言葉がうまく出てこぬ。
こんなこと、初めてじゃ。
「何か、ごめん。」
空玲須は、尾牟派麗子の背中に声をかけました。
「蛇のとき、オレ、ドキドキしたよ。
ドラカイナが言ったこと…。
『そちが好きじゃ。』って。
アレが本心ならって、ちょっと思ったりして。」
尾牟派麗子は、池の手すりに手をかけて、振り向かずにつぶやきました。
「蛇は、いやじゃ。
でも、の。
アレは、本心。わらわの…。」
背中から、尾牟派麗子を包み込む空玲須。手に力を込めて、ギュッと抱きしめます。
「よかった。
だって、オレも。
尾牟派麗子が、好きだから。」
➖➖ほわわ〜(麗子の妄想wor
…ほわworldが、展開しない!?
まさか、コレは。
現…。
尾牟派麗子は、空玲須の手の上からギュッと握りました。鼓動が伝わります。「ほわわ」は解けません。現実です。
顔を空玲須に向けて目を閉じました。
そして。
唇を重ねる二人。長い長いキス。
それは、今までのすれ違いを取り戻すかのよう。
お城のライトアップは夜空に煌めき、二人の世界を美しく照らしました。
「重ねていうが、縦ロールのことは口外してはならぬぞ。」
「うん。縦ロールなしの尾牟派麗子は、オレだけのものだ。」
「むむう…。」
修学旅行は、終わりました。
けれど、空玲須と、尾牟派麗子。
二人の青春は、今、ここから始まるのです。
「青春ヘラクレス2」完




