第59話 最終話-d 井尾玲編〜こわがり
空玲須は、席を立ちました。
「ちょっと、行ってくるよ。
みんな、今日はありがとう。
また、明日。」
笑顔でお礼を言って、男子たちの方へ向かいます。
「井尾玲〜。
バナナ行こう!」
書道部の女子が、遠くから井尾玲に声をかけます。
席を立つチャンスができました。井尾玲は、空玲須を目で追います。
…ううん。
「わたしも、みんなと行きますね。」
井尾玲はそう言って、席を立ちました。
女子仲間たちと共に、「バナナ」エリアに向かった井尾玲。みんなは、何故か井尾玲にカチューシャをつけさせたがります。
「うーん、やっぱり違うかなあ…。」
散々つけさせた挙句に、みんなは首をひねりました。
「…もう、何よぉ。」
井尾玲は、可愛くぷんすかです。
井尾玲の反応に、みんなは笑いながら言い訳しました。
「だって、猫耳カチューシャ、似合ってたから。」
「ここ、猫耳ないんだもん。」
「猫耳じゃなくても、似合うのあるもん!」
井尾玲は、自分でもカチューシャを探しますが…。
「うーん、やっぱり違うかなぁ…。」
みんなの言う通りでした。
井尾玲は、仲間たちと黄色いキャラクターのアトラクションに並びました。待ち時間はかなり長そうです。
「ねー、空玲須とはうまくいってるの?」
「えぇっ!?」
突然話を振られ、井尾玲は驚きます。
「わ、わたしは別に…空玲須くんとは…。」
返事に詰まります。
「いいって。
井尾玲が空玲須のことが好きなの、みんな知ってるよ。」
「そうそう。
…でも、確かに、ライバルが強すぎるか。」
ライバル。女鹿蘭、必歩流帝、出井亜寧羅、尾牟派麗子…。みんなの顔が浮かびます。
ううん。
井尾玲は首を振ります。
ライバルじゃない。友達…。だけど。
せっかく乗ったアトラクションの最中も、井尾玲の頭の中は迷いでいっぱいでした。
アトラクションが終わって、出口へ。
井尾玲は、人混みの中に空玲須の姿を見ました。
「行きなよ。」
「周り、男子しかいないよ!」
「がんばれ、井尾玲!」
女子仲間の応援を背に、井尾玲は駆け出しました。
空玲須の元へ。
もう辺りは暗くなり、街灯がつき始めました。遠くにパレードの音楽が聞こえます。
人通りが少なくなった道を、井尾玲と空玲須は並んで歩いていました。
「ごめんなさい。せっかく楽しんでたのに。
話がしたいなんて言っちゃって…。」
うつむきながら話す井尾玲。
「いいよ。で、話って?」
空玲須が聞きます。
「…何というわけでもないんだけど。」
ウソ。本当は、伝えたい。
「ちょっと、お話がしたいな、って。」
あ、泣きそう。ダメダメ…。笑わなきゃ。
井尾玲は微笑んで、空玲須の顔を見ました。微笑んだ、つもりでした。
空玲須の困惑する顔が、滲んで見えます。
「わたし、何で…。
ごめんなさい…。」
井尾玲は、反対方向に駆け出してしまいました。
こんなんじゃ、なくて。ちゃんと言うつもりだったのに。何で…何で!?
井尾玲の頭の中に「何で」がぐるぐると回ります。
「待ってよ、井尾玲!」
空玲須が、大きな声で呼びました。
井尾玲が振り返ると、空玲須の頭に黄色いキャラクターのカチューシャが。
驚く井尾玲に、空玲須が言いました。
「オレも、話したいことがあったんだ。
だから、オレの話も聞いてほしい。」
井尾玲は、うなずきました。涙を手で払います。
井尾玲が、一歩。空玲須が一歩。互いに歩み寄ります。手が届く距離まで、互いに近づいて。
「やっぱり、わたしから話していい?」
「オレから、言いたかったけど。
…どうぞ。」
井尾玲は空玲須の顔を見上げます。空玲須。頭の上のキャラクターたちが、楽しそうに井尾玲を見下ろします。
井尾玲は、ふふっと笑いました。
今なら。
きっと言えそう。
「わたし、わたしね…。」
鼓動が高まります。声がうまく出せません。息がうまく吸えません。
みんなの顔が浮かびます。みんなは友達?ライバル?
…どちらも正解。ライバルだけど、友達。
友達だけど。それでも、わたしは…。
「恋と友情」どちらをとるべきか。
その答えは、もう、決めてる。
固まりかけた意思。しかし、また不安に襲われます。
断られたら?他の子の名前を言われたら?それでも?
八木さんの姿が、井尾玲の脳裏をかすめます。
井尾玲は、心の中でうなずきました。
伝えるんだ。この想いを。
「わたし…。」
何とか声をしぼり出します。
空玲須は、待ってくれています。
続きを、この想いを伝えなきゃ。今度こそ。
「わたしね。
好き!空玲須くん!」
思わず閉じてしまった目を、恐る恐る開けます。
目の前には、微笑んで、うなずく顔。
空玲須の胸に飛び込む井尾玲。空玲須はがっちりと受け止めます。
「井尾玲。
オレも、好きだ。」
空玲須は、井尾玲の背中に手を回し、強く抱きしめました。
お互いの鼓動が、血流に乗って聞こえてきます。そして。
どちらからともなく、唇を重ね合う二人。
星のない夜空。街灯だけが二人を見ていました。
「聞いてもいい?」
手を繋いで歩く帰り道。井尾玲は空玲須に聞きました。
「そのカチューシャ、何でつけたの?」
空玲須は頭に手をやって、少し照れた顔をしました。
「何かしないと。
泣いてるし。
井尾玲が行ってしまうのが、こわくて。」
井尾玲が空玲須の顔を見上げました。
「ごめんなさい。
わたし、ずっと迷ってて。
断られたらどうしようって。
みんなに嫌われるかもって。
だから、言えなかった。
こわかったの。」
井尾玲の言葉を聞いて、空玲須はにっこりと微笑みました。井尾玲の指が、空玲須の指の間に滑り込みます。
「写真、撮ろっか。」
井尾玲が言いました。
暗い湖をバックに、井尾玲がスマホを構えます。空玲須が、井尾玲の細い肩にギュッと寄り添います。手は恋人繋ぎのまま。
パシャ。
フラッシュが閃きます。
「ああ、フラッシュ焚いちゃった。
アレ、アハハ…。」
井尾玲が、撮った写真を見て笑います。
「え?何?」
空玲須も写真を覗き込みます。
「あ。」
二人の声が揃って。
「カチューシャ!」
そして、笑い声も揃います。
「もう一回、撮ろっか。」
「うん。」
修学旅行は、終わりました。
けれど、空玲須と、井尾玲。
二人の青春は、今、ここから始まるのです。
「青春ヘラクレス2」完




