第50話 修学旅行〜キマイラ③
井尾玲は「魔法のほうき」をライオンの眼前に掲げ、細かく上下に動かした。振り上げた前脚を納め、じっと、ほうきの先を見つめるライオン。
井尾玲は、ほうきを素早く左へ。ライオンの顔がほうきに釣られる。また、顔の正面に戻して、細かく振る。大きくほうきを振った。ライオンの前脚が釣られるて出る。その爪は、ほうきを捉えることはできない。
華麗な井尾玲のほうき捌き。ほうきと共に銀のポニーテールが左右に揺れる。ライオンの顔と前脚は、左右に翻弄される。
「すごい。」
「井尾玲〜。」
「猫じゃらし、カワイイ〜。」
その時、山羊の口がまた赤く光った。辺りが緊張に包まれる。
井尾玲のほうきの先が空中に円を描く。ぐるぐるぐるぐる…。
シュッ!
井尾玲がほうきを投げる。ライオンはそれに跳びつき、向きが変わった山羊の火炎放射はあさっての空へと消えていく。
井尾玲の手元には、ほうき。投げたのではなく、フリだけ。ライオンは井尾玲に向き直る。井尾玲は、ほうきを動かし続ける。そして、思う。
八木さん。あなたの気持ち、分かるよ。わたしも。友達を失いたくない。でも、想いも抑えられない。悩んで、迷って…。でも決断して。すごいよ。
「すごい。すごいよ。
あんな、みんなの前でコクるなんて!」
出井亜寧羅が山羊に向かって叫ぶ。
「絶対、修羅場になるのに。
覚悟キメて、言えるなんて!
すごい!すごい!
すごすぎる〜ッ!」
山羊が、出井亜寧羅を見た。周りの人々も、出井亜寧羅に呼応する。
「そうだ、すごいよ。」
「勇気ある!」
「俺と付き合って〜!」
山羊の口から火炎弾が飛ぶ。ヤジを飛ばした男子は慌てて逃げた。
「んもう。
フザけたのもいるけど、みんな、あなたを応援してるんだよ。
だから、諦めないで。
きっと、想い、届くから。」
…わたしの想いも、いつか。
出井亜寧羅の瞳が潤む。
「危ない!」
誰かの叫びと同時に、尻尾の蛇が出井亜寧羅に襲いかかった。牙をかわした出井亜寧羅。しかし、蛇は出井亜寧羅に巻きつき、締め上げる。
「く、苦し…。」
女鹿蘭は、ただ見ているだけだった。空玲須が焼かれたとき、助けに走りたかった。ライオンの爪から、救いたかった。山羊の火炎を、防ぎたかった。でも。
そこにはいつも、別の子がいた。
「わたし、何もできない…。」
ポツリとつぶやく。
「では、そなたしかできぬことをせよ。」
聞き覚えのある声に振り向く女鹿蘭。尾牟派麗子が、縦笛を女鹿蘭に差し出している。
「リコーダー?」
尾牟派麗子は、ニヤリと微笑んで言った。
「わらわは、ちょっと、いろいろあっての。
…蛇が嫌いになった。
そこで、いつも蛇よけの笛を持ち歩いておるのじゃが。」
バサバサとポケットから楽譜を取り出す。
「まだ、この曲がうまく吹けぬ。
練習不足でな。
女鹿蘭よ。そなたは確か、吹奏楽経験者じゃな。わらわには無理でも、そなたなら吹けるであろ?」
女鹿蘭は楽譜を受け取った。
…簡単なメロディ。リコーダーなら多分、誰だって吹けるレベル。
「この、曲は?」
「伝説の蛇遣いが吹いていたとされる曲じゃ。
蛇遣いはこの曲で、どんな蛇でも自在に操ったという…。」
「でもこのリコーダー、あなたのでしょう?
…わたしが吹いたら、間接キスになっちゃうじゃない。」
「安心せい。それは新品じゃ。ほれ。」
尾牟派麗子がそう言うと、側の黒スーツがアタッシェケースを開けた。
ケースには、びっしりと大量のリコーダーが詰められている。
「こんなこともあろうかとな。
いつでも新品のリコーダーを準備させておるのじゃ。」
「あー、はいはい。」
尾牟派麗子は、本気でこの曲の効果を信じているらしい。そして、何より。
眉唾ものだったとしても、わたしにできることがあるなら。
女鹿蘭はリコーダーを手に、蛇の前に立った。




