第32話 女鹿蘭〜ほどける糸
「空玲須は不器用だからね、わたし一人でやるよ。」
女鹿蘭は、下を向いたまま答えた。
そう、コレはわたしの問題。わたしにしかほどけない。
…空玲須が、不器用なのは事実だけど。
ふふ。ずっとそう。わたしがいないと何もできないんだから。
わたしがいないと。
いないとダメなのは、わたしもか。
「じゃあさ、空玲須は、わたしの心をほどいてよ。」
女鹿蘭の提案を、空玲須は理解できない。
「…何すればいいのか、わかんないぞ。」
「わたしが編み目をほどいてる間、話をしてくれればいいよ。」
「わかった。」
女鹿蘭は、早速、絡まったセーターの編み目をほどき始めます。
「やっぱりさ、『告白タイム』のことは、まだ引っかかってるんだよね。」
「…ごめん。
井尾玲が、本気っぽかったのて、つい。」
「じゃさ、井尾玲は好きじゃないの?」
「それは、何と言えばいいのかな。
…うん。」
女鹿蘭は棒針で結び目をつつきます。
「…わたしはね。
なんかショックだったんだ。
わたしの言葉は届かなかったんだなあって。」
「本当は、ドキドキしたよ。
でも。演技だって言われたから、がんばって我慢した。」
…我慢したって。何を!?
何だか可笑しくなっちゃう。
そっか。ドキドキしたならまあ、許してやるか。
棒針の先は、結び目の中に入り込んだ。
「あとさ。
あの子、平米。」
空玲須は、心の中で身構えた。多分、平米については納得される説明ができない。
「平米は…。
家族みたいなもんだ。」
コレは、ダメだ。空玲須はそう思ったが、それ以外の説明は思いつかなかった。
「女鹿蘭と、おんなじ感じ。
いつも一緒にいて、それが当たり前の…。」
棒針が結び目にするりと滑り込んで、結び目に隙間ができた。少しずつほどけていく編み目。
いつも一緒にいた。それが当たり前。
演技と言われたら演技。ドキドキしても我慢する。
…それが、わたしと空玲須。
そうか。
そうだよね。
「ほどけたよ。」
女鹿蘭は、空玲須に言った。
編み目も、わたしの心も。
部屋中に広がった糸も消え、「怪化」も解除されていた。
「ひさびさだなあ、女鹿蘭の部屋。」
空玲須は女鹿蘭の部屋を見回します。カワイイキャラクター、推しのアイドルのグッズ、手編みのガイドブック。あまり整理されてない机の上…。
「昔から、あまり綺麗じゃなかったよね。」
「…空玲須。
今日はありがとう。
でもね。」
女鹿蘭のこめかみには血管が浮かんでいます。
「余計なお世話だー!」
空玲須は、すごい速さで退散しました。
翌朝。
空玲須の机の上に、女鹿蘭が弁当箱を置きました。
「…コレ。
作りすぎちゃったから、あげる。」
空玲須は驚いて、ポカンとします。
「何?
いらないなら、いいよ。
自分で食べるから。」
空玲須は、サッと弁当箱を保護しました。
「ありがたく、頂戴いたします。」
「うむ。
よきにはからえ。」
女鹿蘭は、自分の席に戻りました。
…そう。
わたしは、当たり前のように。
そばにいられるんだ。
それはきっと、「特別」よね。
女鹿蘭は、微笑みます。
男子たちの羨望の眼差し…。
「空玲須。
頼む。一口くれ。」
「空玲須、オレの弁当と交換しないか?」
たちまち、オファーが殺到します。
「いや。
オレがもらったモンだから、オレが食べる。」
こないだは、尾牟派麗子に食べられたから。
今日こそは。
空玲須は決意を固めました。
昼休み。
空玲須は女鹿蘭のくれた弁当箱を開けました。
オムライスです!
ケチャップが蓋について伸び、ハートの形に見えました。




