第30話 女鹿蘭〜アラクネ①
女鹿蘭は、セーターを編んでいます。
中学の時、マフラーを編みました。なかなかうまくいった覚えがあります。
そういえば、あのマフラー。まだ使ってもらえてるのかな。
女鹿蘭はそんなことを考えながら、セーターを編んでいきます。
何だか糸が突っ張ります。編み目を間違ってしまったようです。
「んー、もう…。」
編み目を解いて、もう一度。
このセーター、渡せるかどうかは分かりません。友達は、「渡す人、確定してから編めばいいのに。」と言います。でも、それでは間に合わないかも。
クリスマスまでに。
「はぁ…。」
女鹿蘭は、一休みします。
渡す相手を思い浮かべます。大きな身体。広い肩幅。今編んでいる大きさでは、入らないかも。急に不安になります。
編み図を確認。手をおよそのサイズに広げて、これぐらい。…馴染んだ胸幅。きっと、合っています。
安心して続きを編み始めました。どんどんどんどん…。また糸が突っ張ります。
編み目を解いて。
ほどき方を間違ったのか、絡まってしまいました。手が止まります。
めんどくさい。でも。相手の顔が頭にちらつきます。その隣にいるのは。
平米。口についた砂糖をタオルで拭いています。
…わたしじゃ、ない。
もう、ガッカリです。自分の想像の中でさえ、隣にいるのは別のひと。
ムキになって、編み目に棒針をねじ込みます。引きます。
また、間違えたのか、解けません。
間違えたのか…アイツ。
井尾玲の告白には、返事をした…。
わたしも。がんばって言ったんだけどな。
わたしには、返事はなかったな。
アレは、本心?
間違っただけ?
編み目は、ほどけません。
そして、女鹿蘭の心のモヤモヤも、ほどけません。
「空玲須〜。
ちょっといい?隣のお母さまが…。」
デザートのプリンを、平米があーんと食べさせているところに、母、歩口愛音が声をかけます。
「あなた様。
多分、お隣で。」
空玲須は頷きました。平米はスプーンを置いて、立ち上がります。
「では、参りましょう。」
平米は空玲須の手を取って、一緒に玄関から出ます。
「蘭の部屋の前が、何だか糸のようなものでいっぱいに…。」
女鹿蘭の母は説明しました。
「それは、アラクネの糸。」
いつの間にか空玲須の隣にいた、平来がつぶやきました。
「あら、お母様。
…お母様がいらっしゃるなら、退散いたしますわ。
あとは、楽しんでくださいね。」
平来は、ギザ歯を見せながら話を続けた。
「神の不貞を晒した女。
…女神の怒りで、蜘蛛になった。
そこまでしなくても。
事実だし。」
空玲須は、平来に言いました。
「平来の言うことは、いつもよくわかんないけど。
今回のは、マジでワケわかんない…。」
「後半は、ワタクシ自身の愚痴ですわ。
…今のナシ。
昔話には、そのあとはない。」
「???」
平来の口調が変わったのは、何か意味があるのか。空玲須には分かりません。どうすればいいのかも、分かりません。
「とりあえず、部屋まで行っていいですか?」
空玲須は、女鹿蘭の母に許可を取り、隣の家に入りました。




