第24話 出井亜寧羅〜スキュラ①
出井亜寧羅は、部活を終えてプールから出ました。
清掃の時に空玲須が壊したプールは、いつの間にか屋根付きの立派な温水プールとして再生していました。
日も沈んで、あたりは暗くなり始めています。鍵を閉めて、プールの横を歩いていく出井亜寧羅の前に、立ちはだかる影が。
「出井亜寧羅。」
放送部の成木曽でした。
「待ってたんだ。
ボクを待たすなんて、罪な子だね、キミは。」
…ちょっと何言ってるかわからない。
出井亜寧羅はそう思って、大きく迂回してやり過ごそうとしました。
ところが、成木曽は先回りして、出井亜寧羅を行かそうとしません。
「ねえ、出井亜寧羅。
ボクが好きだろ?」
「は!?」
出井亜寧羅は、呆気に取られて立ち止まります。
「ボクが好きじゃない子なんかいないんだ。
正直に言ってごらん?
『好きです』って。」
さすがの出井亜寧羅も、イラッときました。
「嫌い。」
「!?
…今、何と?」
「嫌いだよ。」
成木曽は、大袈裟に後ろによろけ、そして復活して言いました。
「嘘だね。
キミが好きなのは…。」
そして、出井亜寧羅に覆い被さるように、顔を近づけました。
「ボク、だよ。」
「ちっがーう!!」
出井亜寧羅が成木曽に言い放ったその時。
成木曽は後ろに吹き飛ばされました。
「えっ?」
黒い何かが、成木曽を地面に押し倒しています。低い唸り声…。犬!?
「な、何、コレ?
犬!?犬怖い…助けて。」
先ほどの自信たっぷりな態度はどこへやら、成木曽は情けなく懇願する。
「仕方ないなあ。」
出井亜寧羅は少し離れたところから犬を追い払おうとした。
「ほら、犬!
あっち行けッ!
しっしっ!」
しかし、犬は逃げない。出井亜寧羅を横目で見て、ニヤリと笑った、そんな気がした。
出井亜寧羅は、改めて犬をよく見た。
黒く、大きな犬の頭。逞しい前脚。身体はだんだんと細くなって、黒い綱のように、出井亜寧羅のスカートの中に繋がっている。
「え?
コレ、わたし…!?」
見ているうちに、スカートの中からもう一匹、犬が実体化する。
「増えた…。
何コレ!?
あ…。」
出井亜寧羅は気づいた。コレ、『怪化』だ。
「あ、ああ、犬のヨダレがあ。
いやだ汚い。怖い。」
成木曽は、まだ情けなく叫び続けていたが、
「よいしょ。」
そこに現れた空玲須に、犬の下から引きずり出された。
「あ、あり…、
いや!オマエには礼なんか言わない。
絶対にッ!」
成木曽はそう叫んで、その場から犬のヨダレを拭き取りながら走り去った。
「帰ろうとしたら、声が聞こえたから。」
空玲須は今日も居残り学習だったらしい。
「コレは、スキュラ。」
いつの間に来たのか、平来が空玲須の横でつぶやいた。
「好きじゃない奴に好かれた、可哀想な女。」
出井亜寧羅のスカートから、また一匹、犬が増えた。
「何それ。わたしのこと?」
「昔話。
何一つ悪くないのに、人を食う化け物にされた。
そんな末路。」
平来は、ギザ歯を見せてニヤリと笑った。
出井亜寧羅の犬たちも、呼応するかのようにニヤリと笑う。また、一匹増えた。
「『怪化』だろ?
大丈夫。今、引き剥がすから。」
空玲須が犬に近づいた瞬間。
ガヴッ。
首に噛みつかれるのを、右腕で咄嗟に防いだ空玲須。牙が筋肉に突き立ち、血が滴る。
「だめ!やだよ!
犬ッ!離して!」
出井亜寧羅は犬に命令するが、犬は噛みついたまま離れない。
「どうして!?
わたしの犬のはずなのに、言うこと聞かない…。」
「『怪化』は心の奥の欲求。
したくないこと、したいこと。
コントロールなんかできない。」
平来が言った。
「隠してるだろ?
空玲須に言えないこと。」




