第33話 青い花の種
西へ向かったはずが、
北のゾゾルンデ村へ。
ようやく宿屋に落ち着いた三人。
そこでエルネが取り出したのは、小さな瓶。
La graine de la fleur bleue
村の入口近く。
小さな建物に、
素朴な看板が下がっていた。
魔文字で、
宿屋
その横には、
ベッドの絵。
「おおおおおお!」
ミュルラスが、
立ち止まった。
「宿屋だ!」
「うん。宿屋だね」
「泊まるぞ」
「そのために来たんでしょ」
三人は、
中へ入った。
*
三人部屋はなかった。
あるのは、
二人部屋と四人部屋。
「四人部屋だな」
宿屋の主人が言った。
「三人だ」
ミュルラスが言う。
「でも四人部屋だからな」
「三人しか寝ない」
「そう言われてもな」
「一人分使わない」
「いや、部屋の値段だから」
「三人だ」
「……」
「三人しかいない」
しばらくして。
四人部屋を、
三人分の値段で借りることになった。
「安くなったぞ」
「よかったね」
ミュルラスは、
上機嫌で階段を上った。
*
部屋へ入った途端。
ミュルラスは、
引き出しを開けた。
「何してるの?」
「別に」
次の引き出し、
開ける。
棚、
開ける。
小さな箱、
開ける。
「ミュルラス」
「なんだ」
今度は、
花瓶を持ち上げた。
「それ、何するの?」
「こういうものはな」
床へ落とした。
ガシャン。
「……」
ノエルが、
ミュルラスを見る。
「……」
ミュルラスも、
ノエルを見る。
「……」
ノエルは、
何も言わない。
ミュルラスは、
壊れた花瓶に手をかざした。
破片が集まり、
元の花瓶へ戻っていく。
そっと、
棚へ置いた。
エルネが、
ベッドへ腰掛ける。
「ほっほー」
「ふん!」
ミュルラスは、
ベッドへ寝転んだ。
エルネは、
懐から小さな巾着を取り出した。
ノエルが、
そちらを見る。
「ねえ、エルネ」
「なんじゃ?」
「その巾着も、魔空間につながってるの?」
「そうじゃよ」
「中には何が入ってるの?」
「そうじゃなあ」
巾着の中を探る。
「例えば、これとかの」
取り出したのは、
小さな瓶だった。
中に、
いくつかの種が入っている。
「これ、何の種?」
「今はもうない国に咲いていた、珍しい花じゃ」
ノエルの目が、
少し輝く。
「どんな花?」
「薄い青の花でな」
エルネは、
懐かしそうに瓶を見る。
「香りが、もう、とてもよい」
「へえ……」
「心を鎮め、傷を癒やす」
ノエルは、
さらに瓶へ顔を近づけた。
「それからの」
「うん」
「煎じて飲むと、記憶の旅ができる」
「記憶の旅?」
ノエルが顔を上げた。
「それ、タイムスリップするの?」
「なんじゃ、そのタイム……なんとかは」
「あ、えっと」
ノエルは考える。
「過去に行けるってこと?」
「さてのう」
エルネは、
瓶を光に透かした。
「過去へ行くのとは、少し違うかもしれん」
「じゃあ?」
「忘れてしまった記憶を、取り戻せるのじゃ」
「へえ……」
ベッドに寝転んでいたミュルラスが、
ちらりとこちらを見た。
ノエルは、
種を眺める。
「その種、どこかに植えないの?」
「植えたぞ」
「咲かなかった?」
「咲かん」
エルネは、
瓶を振った。
「これは、その国でしか咲かんのじゃ」
「あちこちで試したの?」
「ああ。長いことな」
「そっか……」
「そうじゃ」
エルネは、
瓶をノエルへ差し出した。
「助けてもらった礼に、お前にやろう」
「え?」
「持っておれ」
「そんな貴重なもの、もらえないよ」
「そうか?」
「うん」
エルネは、
瓶を引っ込めようとする。
「残念じゃのう」
少し間を置いて。
「とても、よい匂いがするぞ」
「……」
「ほっほー」
「じゃ、じゃあ欲しい」
ノエルは、
瓶を受け取った。
光に透かしてから、
大切にしまう。
「その国に辿り着いたら、植えるのじゃよ」
「うん」
ノエルは頷いてから、
首を傾げた。
「その国って、どこにあるの?」
「それがのう」
エルネは、
髭を撫でる。
「もう随分前に、滅んでしまった」
「……滅んだ?」
「ああ」
「じゃあ、場所は?」
「分からん」
「エルネも?」
「特別な場所にあった国でな」
エルネは、
ゆっくり話す。
「何重にも魔法がかけられ、外からは、どこにあるのか分からぬようになっておった」
「でも、国がなくなったなら、その魔法も……」
「それが、解けておらん」
ノエルは、
少し考えた。
「じゃあ、どうやったら見つけられるの?」
「その国の血を継ぐ者なら、見つけられると言われておった」
「その人たちは?」
エルネは、
少し黙った。
「ずっと、探し続けてきたのじゃ」
「……そうだったんだ」
ノエルは、
しまった瓶のあたりへ触れた。
「分かった。約束する」
「なんじゃ?」
「僕たち、今は東の賢者に会いに行くんだけど」
「ほう」
「それが終わったら、またエルネのところに来るよ」
エルネが、
ノエルを見る。
「僕も一緒に探す」
「何をじゃ?」
「その国の人」
ノエルは、笑った。
「その人を見つけて、この種を植えよう」
「……」
エルネは、
しばらくノエルを見ていた。
やがて。
「ほっほー」
「それでさ」
ノエルが続ける。
「僕たちが東の賢者を探してるのは――」
「待て待て」
エルネが言った。
「そもそも、なんで東の果ての賢者なんぞに会いに行くんじゃ?」
「それはね」
ノエルは、
ミュルラスを見る。
「僕たち、魔法の本を持ってるんだけど」
「魔法の本?」
「僕は少しずつ読めるようになった。でも、ミュルラスは読めないんだ」
「ふむ」
「だけど、その本の中に、ミュルラスにそっくりな人の絵がある」
エルネの目が、
ほんの少し細くなった。
「だから、その賢者なら何か読めるかもしれないと思って」
「ほっほー」
エルネは、
髭を撫でた。
「それは、なかなか興味深いのう」
「おい」
ベッドから、
ミュルラスが起き上がった。
「くだらん話ばかりするな」
「くだらなくないよ」
「出かけるぞ」
「どこに?」
ミュルラスは、
当然のように言った。
「村を調べる」
à suivre…
今はもうない国に咲いていた、青い花。
その種をめぐって、
ノエルとエルネは小さな約束を交わしました。
そして、ようやく話題に上った魔法の絵本。
エルネは何を知っているのでしょうか。
次回は、魔王の村探検です。




