第31話 帰った夜
長い地下遺跡の冒険を終えて、
三人は魔王城へ帰ってきました。
お風呂に入って、
食卓を囲んで。
今夜は、ようやく穏やかな夜です。
La nuit du retour
魔王城。
三人が現れたのは、
広い玉座の間だった。
「……帰った」
ノエルが、
小さく息を吐いた。
ついさっきまで、
崩れ落ちる古い遺跡の中にいた。
それが今は、
見慣れた黒い石の床。
ノエルは自分の服を見る。
砂。
泥。
埃。
「……お風呂」
「俺もだ」
「わしもじゃ」
「じじいも入るのか」
「いかんのか」
「別に」
ミュルラスは歩き出した。
「行くぞ」
「うん」
「ほっほー。風呂じゃ、風呂じゃ」
*
湯気が、
高い天井へ昇っていく。
魔王城の大浴場。
大きな湯船に、
三人が並んで浸かっていた。
「生き返る……」
ノエルが、湯船の縁に頭を預ける。
「死んでないだろ」
「そういう意味じゃないよ」
ミュルラスは、
髪を後ろへ流した。
ノエルが、
その頭を見る。
「ミュルラス」
「なんだ」
「まだ砂ついてる」
「どこだ」
「後ろ」
「取れ」
「自分で取ってよ」
「見えん」
ノエルは仕方なく、
ミュルラスの長い髪へ手を伸ばした。
「ほら。ここ」
「取れたか?」
「まだ」
エルネは、
少し離れたところから二人を見ていた。
大きな背中。
長い黒髪。
古代龍と戦い、
ノエルを探し続けた男。
その男が今は、
頭についた砂を取ってもらっている。
エルネは、目を細めた。
――立派になられましたのう。
「じじい」
「なんじゃ」
「さっきから何を見てる」
「何も見ておらんよ」
「見てただろ」
「ほっほー」
「それをやめろ」
ノエルが笑った。
*
食卓には、料理が並んでいた。
肉。
野菜。
パン。
果物。
そして、大きな器いっぱいのスープ。
三人で、
巨大なテーブルの一角に座る。
「いただきます」
ノエルが言う。
「いただきます」
ミュルラスも続いた。
エルネが二人を見る。
「なんじゃ、それは」
「食べる前に言うんだよ」
「ほう」
エルネは、手を合わせた。
「いただきます」
三人で食べ始める。
今回の食事は、
ちゃんとノエルが指示をして、
人間界の味付けでつくらせたものだった。
しばらくすると、
エルネが肉を取った。
「それ、俺が食おうと思ってた」
「早い者勝ちじゃ」
「返せ」
「もう食った」
「じじい!」
「まだあるでしょ」
ノエルが、ミュルラスの皿へ肉を置く。
「ほら」
「……」
ミュルラスは、それを食べた。
「うまい」
「よかったね」
巨大な食卓に、三人の声が響く。
エルネがスープを飲む。
ノエルがパンをちぎる。
ミュルラスが、
エルネの皿から果物を取る。
「それはわしのじゃ」
「肉の分だ」
「根に持つ男じゃの」
「うるさい」
ノエルが、また笑った。
*
夜。
ノエルは、大きなベッドへ潜り込んだ。
「疲れた……」
その隣へ、ミュルラスも入る。
ノエルは、ふとミュルラスを見た。
風呂に入って、
すっかり綺麗になっている。
髪も、
服も。
傷も、
ほとんど残っていない。
けれど。
宝物庫で見つけた時は、
ひどい姿だった。
服は破れ、
泥と埃にまみれ、
あちこちに血が滲んでいた。
「あのさ」
「なんだ」
「あんなにボロボロになってたってことは」
ノエルは、身体を横にしてミュルラスを見る。
「最後の敵、大変だったの?」
ミュルラスの目が、少し輝いた。
「古龍だ」
「古龍?」
「ああ」
「龍?」
「そうだ」
ミュルラスが、起き上がる。
「でかかったぞ」
「どのくらい?」
「ものすごくでかい」
「それじゃ分からないよ」
「この部屋よりでかい」
「おおおおおお!」
ノエルも、起き上がった。
「見たかった!」
「だろ?」
ミュルラスは、
嬉しそうに笑った。
「しかも、ただの龍じゃない」
「なに?」
「魔法を食う」
「魔法を?」
「ああ。俺が撃った魔法を――」
両手で、大きな口を作る。
「ガッ! って食う」
「ええええ!」
「すごいだろ」
「すごい!」
「それで俺が、こっちから攻撃したら――」
ミュルラスが、身振りで再現する。
「こう来た」
「何が?」
「龍の爪だ」
「見えてないから分からないよ」
「だから説明してるんだ」
「もっと分かるように説明してよ」
「仕方ないな」
ミュルラスは、
空間へ手を入れた。
「何してるの?」
「見せてやる」
引っ張り出したのは、
大きな古い剣だった。
「これだ」
「……大きい」
ミュルラスは、
ベッドの上に立った。
「ちょっと」
「ここに龍がいたとするだろ」
「いないよ」
「いると思え」
「無理だよ」
「想像しろ」
ミュルラスは、
剣を構えた。
「最初は、俺の剣で戦ってた」
「いつもの?」
「ああ」
「それで?」
「折れた」
「えええええ!」
「こう」
剣を振る。
ブンッ。
「危ない!」
ノエルが、
慌てて身体を引く。
「ここで振らないでよ!」
「当たらん」
「そういう問題じゃない!」
「それで、じじいがこれを投げてきた」
「エルネが?」
「ああ」
「なんでエルネが、そんな剣持ってたの?」
「知らん」
「……また?」
「じじいだからな」
何の説明にもなっていない。
「それでな」
ミュルラスは、
また剣を構える。
「この剣は、魔法を斬る」
「魔法を?」
ノエルの目が、輝いた。
「ああ。龍が魔法を食おうとするだろ」
「うん」
「そこを――」
ブンッ。
「だから振らないで!」
「こう斬る」
「おおおおお!」
「それから、こっちから龍が来て――」
「待って、どっちが龍?」
「こっちだ」
「さっきそっちだったよ」
「動いたんだ」
「龍が?」
「当たり前だろ!」
ノエルが、
声を上げて笑った。
ミュルラスは、
さらに得意そうに剣を構える。
「最後はな――」
「うん」
「俺が、こうして――」
「待って」
ノエルの声が、
ふっと変わった。
「なんだ」
「その剣」
ミュルラスが止まる。
ノエルは、
剣の柄を見ていた。
「見せて」
「いいぞ」
ミュルラスは、
ベッドへ座った。
剣を横に置く。
ノエルは、
そっと指先を伸ばした。
古い柄。
細かな彫刻。
長い時間を経た金属。
その根元に、
小さな紋様が刻まれている。
「……ねえ」
「なんだ」
「これ」
ノエルは、
胸元へ手を伸ばした。
ペンダントを外す。
剣のそばへ置いた。
「似てない?」
「……」
ミュルラスが、
剣を見る。
ペンダントを見る。
そして、
自分の右手を見る。
黒い指輪。
「これもか?」
「うん」
ミュルラスは、指輪を近づけた。
剣。
ペンダント。
指輪。
三つが、
ひとつの場所へ集まる。
その瞬間。
ふわり。
淡い光が、灯った。
「……」
ノエルは、黙って見つめた。
ミュルラスも、何も言わなかった。
光は、
三つの古いものの間を、
静かに行き来している。
やがて、
ゆっくり、消えた。
「……同じだね」
「ああ」
「この剣、どこから来たんだろう」
「知らん」
「エルネ、知ってるかな」
「じじいに聞かないとな」
「明日、聞こう」
「ああ」
ミュルラスは、
剣を空間へ戻した。
ノエルも、
ペンダントを首へ戻す。
二人は、ベッドへ横になった。
灯りを消す。
暗闇。
さっきまでの声が嘘のように、
部屋が静かになった。
しばらくして、
「……ミュルラス」
「なんだ」
「僕ね」
ノエルは、
胸元のペンダントに触れた。
「あそこにいた時、君が来てる気がした」
ミュルラスは、
暗闇の中でノエルを見る。
「俺もだ」
「本当?」
「ああ」
ミュルラスは、
右手を少し上げた。
黒い指輪が、月明かりを受ける。
「こいつが、ずっとお前を探してた」
「僕のもね」
ノエルは、
ペンダントを握った。
「ずっと、あったかかった」
「そうなのか」
「うん」
少し、沈黙が落ちる。
「これのおかげかな」
「分からん」
「でも」
ノエルは、
少しだけミュルラスへ近づいた。
「一人じゃない気がした」
ミュルラスの腕が、
ノエルの背中へ回る。
「俺もだ」
ノエルは、
その胸元へ額を寄せた。
「ミュルラス」
「なんだ」
「来てくれて、ありがとう」
「当たり前だろ」
腕に、少しだけ力が入った。
ノエルも、目を閉じる。
離れていた時間を埋めるように、
二人はそのまま、
静かに眠った。
à suivre…
古代龍との激戦も、
ノエルに話せば、楽しい冒険談に。
そして、剣と指輪とペンダント。
三つの魔法具が、静かに光りました。
まだ誰も知らない秘密を残して、
今夜は、おやすみなさい。




