第30話 おかえり
小さな魔獣の姿になったノエル。
宝物庫には、
まだ誰も知らない秘密が眠っています。
そして、ようやく二人の時間が戻ってきます。
Bon retour
茶色い魔獣が、
じっとミュルラスを見た。
ミュルラスはエルネを振り返る。
「じじい」
「なんじゃ」
「これは呪いだろ。解除できないか?」
エルネが、
魔獣を覗き込んだ。
「うーむ」
「どうだ」
「さて。何の呪いでしょうな」
「お前、こういうの詳しいんじゃないのか」
「分からんものは分からん」
「役に立たんな」
「また言った」
エルネは、髭を撫でた。
「とりあえず、そのままお連れになればよいのでは?」
ミュルラスは、
茶色い魔獣を見る。
「……そうするか」
その横で、
エルネが、またローブを抱きしめた。
ミュルラスが見る。
「じじい」
「なんじゃ」
「そのローブ、そんなに欲しいのか?」
「欲しいのではない」
エルネは、少しむっとした。
「これは、わしのものじゃ」
「は?」
「昔、王様から賜った大切なものじゃ」
ミュルラスが眉を寄せる。
「……なんでお前のものが、こんなところにある」
「いろいろあったんじゃよ」
「いろいろってなんだ」
「昔のことじゃ。忘れた」
「絶対覚えてるだろ」
エルネは答えない。
代わりに、財宝の山を見回した。
「あ」
「今度はなんだ」
「あの指輪もわしのじゃ」
「……」
「その杖も」
「……」
「あのペンも」
「じじい」
「それから、あの魔導書もじゃな」
「何冊ある」
「五冊ほど」
ミュルラスは、しばらくエルネを見た。
そして、
「分かった」
「ほう?」
「お前のものは、お前にやる」
「元からわしのじゃ」
「細かいことを言うな」
ミュルラスは、宝物庫を見渡した。
「じゃあ」
右手を上げる。
「残りは俺がもらう」
「なに?」
一瞬だった。
山のように積まれていた金銀財宝が、
消えた。
「…………」
広大な宝物庫が、
ほとんど空になった。
残っているのは、
ローブ。
三つの指輪。
杖。
一本のペン。
五冊の魔導書。
エルネのものだけ。
茶色い魔獣が、
ぽかんとミュルラスを見上げている。
「ぶっ」
「なんだ」
「ぶっぶ」
「いいだろ。もらえるものはもらっておく」
エルネが呆れたように言った。
「財宝に目が眩んだのは、どちらじゃ」
「俺は浅ましくない」
「何が違う」
「全部もらっただけだ」
「ほっほー」
「それやめろ」
その時、
ミュルラスが、何かに気づいた。
「……あった」
「何がじゃ?」
手を伸ばす。
何もない空間から、
一つのものが現れた。
細い鎖。
ペンダント。
「……!」
ノエルが、いつも身につけていたもの。
「ノエル」
茶色い魔獣が、ぴくりと反応する。
エルネが覗き込んだ。
「ほっほー」
「だから、それやめろ」
「しかし、どうして見つかったのじゃ?」
「収納するときに分かる」
「何が?」
「何を入れたか」
ミュルラスは、ペンダントを握った。
「その中に、これがあった」
しゃがむ。
茶色い魔獣の前へ。
「ノエル」
そっと、
首にかける。
「お前のだ」
ペンダントが、
光った。
「……!」
柔らかな光が、小さな身体を包んでいく。
茶色い毛が消える。
身体が伸びる。
輪郭が変わる。
光が、
ゆっくりとほどけた。
そこに、
「……ミュルラス」
ノエルがいた。
その瞬間、
ミュルラスは、
何も言わずに抱きしめた。
「うわっ」
強く。
腕の中にいる。
ちゃんと、
ノエルだ。
「ミュルラス」
ノエルが、少し身体を離した。
そして、
ミュルラスを見た。
目を見開く。
「大丈夫!?」
「何が」
「何がって……!」
破れた服。
血。
泥。
乱れた髪。
ノエルの顔が、一気に曇った。
「怪我してる」
「これくらい――」
ノエルが、ミュルラスへ手を伸ばした。
触れる。
淡い光。
水の気配。
ミュルラスの身体を、
柔らかな魔法が包んだ。
破れていた服が、
少しずつ元の形へ戻っていく。
泥が落ちる。
血が消える。
乱れていた黒髪が、
ゆっくりと整っていった。
ミュルラスが、自分の袖を見る。
「……なんだ、これ」
後ろから、
「ほっほー」
二人が振り返る。
エルネが、
満足そうに髭を撫でていた。
「真実の姿の魔法、Lv.1」
「え?」
「それに、水の魔法、Lv.2」
ノエルが瞬きをする。
「それをうまく混ぜておる」
さらに、
エルネは目を細めた。
「しかも、無詠唱じゃ」
「……そうなの?」
「たいしたものじゃよ」
ノエルは、自分の手を見た。
「怪我してるし」
もう一度、ミュルラスを見る。
「服もボロボロだし、髪もぐちゃぐちゃだったから」
少し困ったように笑った。
「そう思ったら、いたたまれなくて」
ミュルラスは、
何も言わなかった。
ノエルが、また顔を覗き込む。
「本当に大丈夫?」
「ああ」
「痛いところない?」
「ない」
「本当に?」
「本当だ」
ようやく、
ノエルが息を吐いた。
ミュルラスは尋ねる。
「お前、何があった」
「僕?」
ノエルは、周囲を見回した。
「そもそも、ここ何?」
「こっちが聞いてる」
「ああ、そうだった」
ノエルは考える。
「いい匂いがしたから、そっちに行ったら、落ちたんだ」
「知ってる」
「知ってるの?」
「お前が突然消えた」
「ごめん」
「それから?」
「広い部屋に出て」
ノエルは、指を折りながら思い出す。
「どこか登れるところがないか探してたら、また落ちて」
「また落ちたのか」
「うん」
「……」
「そしたら、すごくいい匂いがして」
ミュルラスが嫌な顔をする。
「また匂いか」
「ものすごくいい匂いだったんだよ」
「それで?」
「美味しそうな果物があった」
「食ったのか!?」
「食べてないよ!」
ノエルがむっとする。
「匂いを嗅いだだけ」
「それで?」
「気がついたら、あの姿になってた」
「……」
「それから、うろうろしてたら、ここにいた」
沈黙。
エルネが、
「ほっほー」
と声を出した。
「ノエルも、なかなかやるのう」
「何が?」
「強運の持ち主じゃ」
「そうかな?」
その時、
ゴゴゴゴゴ――
足元が揺れた。
「……?」
天井から、石の粉が落ちる。
さらに大きく、
遺跡全体が揺れた。
エルネが顔を上げる。
「まずいの」
「なんだ」
「遺跡の守り主を失った」
遠くで、
何かが崩れる音。
「ここも崩れるぞ」
「早く言え!」
「今分かったんじゃ!」
床が大きく揺れた。
ノエルがよろめく。
ミュルラスは、
ノエルの手首を掴んだ。
反対の手で、
エルネの手首も掴む。
「行くぞ」
「待て待て、わしの荷物が――」
「持っただろ!」
「ローブが皺になる!」
「知らん!」
「帰るぞ」
次の瞬間、
三人の姿が、
宝物庫から消えた。
à suivre…
ノエルは無事に元の姿へ。
そして、ミュルラスを心配するあまり、
新しい魔法まで使ってしまいました。
古い剣と、謎のペンダント。
まだ明かされていない秘密を残して、
三人は魔王城へ帰ります。




