第28話 古代龍 Ⅱ
魔法は食われ、
剣は折れた。
それでも、魔王は退きません。
古代龍との戦いは、
いよいよ決着へ。
Le Dragon ancien — II
「……折れた」
ミュルラスは、
手元に残った剣を見つめていた。
半分になった刃。
石床には、
折れた剣先が転がっている。
後ろから、
「ほっほー」
ミュルラスが振り返った。
「ほっほーじゃない!」
「魔界最高の剣ではなかったのか?」
「そうだ!」
「折れたの」
「見れば分かる!」
龍が咆哮した。
天井から、
石の欠片が降り注ぐ。
「ミュルラス!」
エルネの声が変わった。
「なんだ!」
「これを使え!」
何かが飛んできた。
大きい。
暗闇の中を、
銀色の光が横切る。
ミュルラスは、
反射的に手を伸ばした。
掴む。
剣。
長大な剣だった。
古い。
華美ではない。
だが、
異様に美しい。
刃には、
淡い銀色の文様。
柄の根元には、
古い紋章が刻まれている。
「なんだ、これは!」
「剣じゃ!」
「見れば分かる!」
龍が迫る。
考えている暇はない。
ミュルラスは、
剣を握り直した。
「……?」
重い。
なのに、妙に馴染む。
手の中へ、
最初からそこにあったように収まる。
龍の口が開いた。
黒い魔術が、
渦を巻いて膨れ上がる。
放たれた。
ミュルラスは、
反射的に剣を振った。
一閃。
黒い光が、
左右に分かれた。
背後の石壁へ、
二筋の衝撃が走る。
轟音。
だが、
ミュルラスの立つ場所だけは、
何事もなかったように静かだった。
「……」
魔法が消えた。
ミュルラスは剣を見る。
龍が、
初めて後ろへ下がった。
「じじい」
「なんじゃ!」
「これ、なんだ」
「話はあとじゃ!」
龍の全身の文字が光る。
鱗を覆う、
巨大な魔術の膜。
ミュルラスが走った。
剣を振る。
膜に触れた瞬間。
音もなく、
魔術が切れた。
まるで、薄い布を裂くように。
「……そういうことか」
ミュルラスの口元が上がった。
龍の爪が来る。
斬る。
爪を覆っていた魔術が消える。
避ける。
懐へ入る。
鱗。
剣を叩き込む。
今度は、
入った。
黒い血が飛ぶ。
龍が、
初めて苦痛の咆哮を上げた。
「防御魔術さえ消せば」
ミュルラスは、剣を引き抜いた。
「斬れるんだな」
そこから、
戦い方が変わった。
龍が魔法を吐く。
斬る。
空中に術式が現れる。
斬る。
床から魔術の槍が伸びる。
斬る。
龍の身体を覆う防御。
斬る。
そして、
その向こうにある本物の身体へ、
剣を叩き込む。
一撃。
二撃。
三撃。
黒い血が、
石床へ飛び散る。
龍が暴れた。
巨大な尾が、
横から迫る。
ミュルラスが跳ぶ。
だが、避けきれない。
衝撃。
身体が吹き飛ぶ。
床を転がる。
立つ。
また走る。
エルネは、
遠くの柱の陰から顔だけ出した。
「右じゃ!」
「分かってる!」
「左も来るぞ!」
「どっちだ!」
「両方じゃ!」
「先に言え!」
龍の両脚が迫る。
ミュルラスは跳んだ。
巨大な腕へ着地する。
そのまま、
鱗を蹴って駆け上がった。
肩。
首。
龍が身体を振る。
足元が、
激しく揺れた。
振り落とされそうになる。
ミュルラスは、
剣を鱗へ突き刺した。
身体が宙へ投げ出される。
片手で、
柄にぶら下がった。
「おおおおっ!」
腕に力を込める。
身体を引き上げた。
首の上へ、
龍の文字が、一斉に光った。
凄まじい魔力。
肌が、
焼けるように熱い。
ミュルラスは、
剣を両手で握った。
振り下ろす。
光が、
切れた。
文字が、
次々と消えていく。
一つ。
また一つ。
龍が、
大きく身をよじった。
ミュルラスが宙へ投げ出される。
着地。
膝をつく。
石床に、
長い亀裂が走った。
その瞬間、
龍が口を開いた。
これまでとは違う。
空間中の魔力が、
龍へ集まっていく。
黒い渦。
石柱が震える。
床が割れる。
空気が、
龍の口へ吸い込まれていく。
エルネの顔から、
笑みが消えた。
「ミュルラス!」
「ああ」
ミュルラスも分かっていた。
剣を左手へ。
右手を前へ出す。
魔力を集める。
龍の口の中で、
黒い光が膨れ上がる。
ミュルラスの前にも、
巨大な魔法陣が開いた。
幾重もの文字が、
白く輝きながら回転する。
見覚えがあった。
「……これか」
さっき、
まだ起きていないはずなのに、先に見た。
あの光。
あの破壊痕。
龍が放つ。
同時に、
ミュルラスも撃った。
白と黒。
二つの巨大な魔力が、
真正面からぶつかった。
轟音。
空間が歪む。
石柱が砕ける。
床が、
深く抉られていく。
あの場所。
あの形。
すべてが、
さっき見た光景と重なった。
「押し切れ!」
エルネの声。
「言われなくても!」
ミュルラスが、
さらに魔力を注ぐ。
白い光が、
黒い光を押し返した。
だが、
龍が、魔法へ噛みついた。
「!」
白い術式が、
牙の間で崩れ始める。
やはり、
食う。
だが、
ミュルラスは笑った。
「食ってろ」
魔法を放ったまま、走った。
「なっ――」
エルネが目を見開く。
龍は、
ミュルラスの魔法を食うことに集中している。
その横、
白い光が、
龍の顔を照らしていた。
ミュルラスが、
剣を握って駆ける。
地面を蹴った。
高く跳ぶ。
龍の顎。
そこへ、剣を振り抜いた。
一閃。
牙を覆っていた魔術が、切れた。
さらに。
もう一撃。
ガキン――!
巨大な牙が、
根元から折れた。
黒い破片が、
石床へ突き刺さる。
龍が咆哮した。
魔法が崩れる。
ミュルラスは、
その隙に龍の頭へ飛び乗った。
剣を逆手に持つ。
頭部を覆う、
古代魔術の文字。
その中心へ。
「終わりだ」
剣を、
深く突き立てた。
光が弾けた。
龍の全身を、
銀色の筋が駆け抜ける。
文字が、ひとつずつ消えていく。
首。
胴。
翼。
そして、尾の先まで、
すべて消えた。
龍の巨大な身体が揺れる。
一歩。
二歩。
地面が震えた。
そして、
轟音とともに、
石床へ崩れ落ちた。
衝撃が、
広い空間を駆け抜ける。
砂塵が舞い上がった。
そして、
静かになった。
石の欠片が、
ぱらぱらと落ちてくる。
ミュルラスは、
龍の頭の上に立っていた。
息が荒い。
服は破れ、頬には血。
髪も、泥と埃でひどい有様だった。
それでも、
剣だけは、淡い光を残していた。
「……」
ミュルラスは、龍から飛び降りた。
着地した足元で、小石が転がる。
エルネが、柱の陰から出てくる。
「終わったかの」
「お前」
「なんじゃ」
「ずっと隠れてたな」
「後ろにいろと言ったのはお主じゃ」
「本当に隠れる奴があるか」
「では、どうしろと」
ミュルラスは、何も言えなかった。
手の剣を見る。
そして、
エルネへ差し出した。
「ほら」
「なんじゃ?」
「返す」
エルネは、剣を見た。
しばらく黙った。
それから、
いつもの顔で笑った。
「礼じゃ」
「は?」
「お主にやる」
ミュルラスが眉を寄せる。
「何の礼だ」
「ここまで年寄りを連れてきてくれた礼じゃ」
「俺が連れてきたんじゃない」
「そうじゃったかの」
「お前が勝手についてきた」
「細かいことを言うでない」
ミュルラスは、もう一度剣を見る。
古い剣。
知らない紋章。
だが、
不思議なくらい、
手に馴染んでいる。
「……本当にいいのか」
「うむ」
「あとで返せと言っても返さないぞ」
「構わんよ」
「……じゃあ、もらう」
エルネは笑った。
「そうせい」
ミュルラスは、剣を握り直した。
その時、
右手の指輪が、強く光った。
「……!」
ミュルラスが顔を上げる。
倒れた龍の向こう。
さらに奥。
暗闇の中に、細い通路が続いていた。
ミュルラスの表情が変わる。
「ノエル」
走り出す。
エルネも、
杖をついて後を追う。
「待たんか!年寄りを置いていくでない!」
「早く来い!」
「だから年寄りを急かすな!」
二人の声が、
古い地下遺跡の奥へ、
遠く響いていった。
à suivre…
エルネが差し出した、一本の古い剣。
その不思議な力と、
ミュルラスの手に馴染む理由は、
まだ明かされていません。
そして、指輪が再び光りました。
ノエルは、もうすぐそこに。




