第27話 古代龍 Ⅰ
巨大な扉の向こう。
長い年月、閉ざされていた場所で、
ミュルラスとエルネは、
思いがけないものと出会います。
ノエルを探す旅は、さらに地下深くへ。
Le Dragon ancien — I
巨大な扉の前に、
二人は立っていた。
ミュルラスは右手を上げた。
指輪が、
強く光っている。
「この先だ」
「うむ」
エルネが一歩下がった。
「じじい」
「なんじゃ」
「後ろにいろ」
「最初からそのつもりじゃ」
ミュルラスは扉に手をかけた。
重い。
両足を踏ん張り、
力を込める。
ゴゴゴゴゴ――
石を引きずるような音が、
地下空間に響き渡った。
長い年月、
閉ざされていた扉が、
ゆっくりと開いていく。
隙間から、
冷たい空気が流れてきた。
暗い。
その先には、
広大な空間があった。
天井は見えない。
左右には、
崩れかけた巨大な柱。
床には、
砕けた石が散乱している。
そして、
遥か奥には、
黒い岩壁のようなものが広がっていた。
ミュルラスは中へ入った。
靴音が、
妙に大きく響く。
「……何もいないぞ」
エルネも、
ゆっくり入ってくる。
ミュルラスは指輪を見た。
光は消えていない。
「この先にいるはずだ」
その時、
エルネが足を止めた。
「ミュルラス」
「なんだ」
「上じゃ」
ミュルラスが顔を上げた。
暗闇。
何も見えない。
いや、
何かがある。
巨大な、
黒いもの。
岩。
天井。
そう思っていたものが――
動いた。
ゴゴ……。
低い振動が、
足元から伝わってきた。
石の粉が、
ぱらぱらと降り始める。
ミュルラスが目を細めた。
黒い壁が、
ゆっくりと剥がれた。
鱗。
一枚が、
人間の身体ほどもある。
その奥から、
巨大な爪が現れた。
柱に見えていたものの一つが、動く。
脚だった。
「……龍か」
エルネが、
小さく息を吐いた。
「古いのう」
「知ってるのか?」
「いや」
「じゃあ何が古い」
「見れば分かるじゃろ」
「役に立たんな」
「また言った」
龍が、
ゆっくりと頭を持ち上げた。
巨大だった。
首の一部は、
石壁と癒着している。
鱗の隙間には、
古い石柱が食い込んでいた。
どこまでが生き物で、ど
こからが遺跡なのか、分からない。
そして、
目がない。
頭部から首へ、
無数の文字が刻まれていた。
見たことのない、古い魔術文字。
ミュルラスが一歩進む。
ひとつ、
文字が光った。
もう一歩。
またひとつ。
右手の指輪が、
強く光る。
その瞬間、
龍の全身に刻まれた文字が、
一斉に光った。
「――!」
咆哮。
空気が押し潰された。
音というより、
空間そのものが震えていた。
足元の石が跳ね、
天井から砂塵が降り注ぐ。
エルネが耳を塞ぐ。
ミュルラスは動かなかった。
龍が、
巨大な頭を下ろす。
ミュルラスの方を向いた。
目はない。
それでも、
見られている。
「そこをどけ」
龍は動かない。
「この先に用がある」
返事はない。
ミュルラスが手を上げた。
指先に、
魔力が集まる。
「どかないなら――」
光が走った。
巨大な術式が、
龍へ向かって一直線に飛ぶ。
龍が口を開いた。
牙。
黒い。
異様に長い。
次の瞬間、
龍は、魔法に噛みついた。
「……は?」
術式が、
牙の間で歪んだ。
バキッ。
硬いものが砕けるような音。
光が、
引き裂かれた。
魔法そのものが、
龍の口の中へ消えていく。
ミュルラスが、
しばらく龍を見る。
「……今」
エルネが言った。
「食ったの」
「俺の魔法を?」
「そのようじゃな」
「……」
ミュルラスは、
もう一度手を上げた。
今度は先ほどより大きい。
ひとつ。
二つ。
三つ。
複数の魔法陣が、
空中に展開する。
「なら、これも食ってみろ」
一斉に放つ。
光が、
暗闇を切り裂いた。
龍が首を振った。
最初の一撃を、
噛み砕く。
続く光にも、
次々と牙を立てた。
魔法が、龍の口の中へ消えていく。
最後の一撃だけが、
龍の肩へ当たった。
爆発。
轟音とともに、
黒い煙が広がった。
ミュルラスが見る。
煙が晴れる。
傷ひとつない。
「……」
後ろから、
「ほっほー」
「なんだ」
「いや」
「言え」
「お主の攻撃が効かんところを、初めて見たのでな」
「うるさい」
その時、
龍が動いた。
巨大な前脚が、
頭上から振り下ろされる。
ミュルラスが飛んだ。
ドン――!
直後、
さっきまで立っていた床が、
深く砕けた。
石片が、四方へ飛び散る。
エルネの方へ。
「じじい!」
ミュルラスが手を振る。
半透明の膜が、
エルネの周囲を包んだ。
飛んできた石片が、
膜へ激突する。
鈍い音。
すべて止まった。
「おお」
「動くな!」
「動いとらん!」
龍の尾が、
横から迫った。
太い。
石柱が、
その一振りで薙ぎ倒される。
ミュルラスは腕を交差させた。
衝撃。
「っ――!」
身体が宙へ浮いた。
次の瞬間、
背中から、
石柱へ叩きつけられた。
轟音。
柱に亀裂が走り、
砕けた石が降り注ぐ。
「ミュルラス!」
「……うるさい」
瓦礫の中から、
立ち上がる。
口の端から、
血が流れていた。
手の甲で拭う。
龍を見る。
そして、
少し笑った。
「面白い」
腰へ手を伸ばす。
剣を抜いた。
魔界でも、
最高峰と呼ばれる剣。
長く、
ミュルラスとともに戦ってきた。
磨かれた刃が、
暗闇の中で鈍く光る。
「魔法が駄目なら」
剣を構える。
「こっちだ」
地面を蹴った。
一気に、
龍の懐へ入る。
剣を振る。
ガキン――!
火花。
腕に、
硬い衝撃が走った。
鱗に、
細い傷が入る。
龍が首を振った。
巨大な顎が迫る。
ミュルラスは身を沈め、
その下を抜けた。
もう一度、
斬る。
さらに、
斬る。
火花が散る。
龍の爪、
剣で受ける。
激しい金属音。
身体が沈む。
石床に、
ミュルラスの足が食い込んだ。
「っ……!」
押し返す。
龍の爪が弾かれた。
ミュルラスが跳ぶ。
首へ、
剣を振り下ろした。
だが、
龍の文字が光った。
鱗の表面に、薄い魔術の膜が現れる。
刃が、
その手前で止まった。
「……これも魔法か」
龍の口が開いた。
至近距離、
黒い光が集まる。
ミュルラスは咄嗟に、
自分の周囲へ防御膜を張った。
轟音。
黒い光が直撃する。
膜が軋む。
幾重にも重なった光の層が、
激しく震えた。
「ミュルラス! 厚すぎる!」
遠くからエルネの声。
「今それを言うな!」
「魔力の無駄じゃ!」
「余ってる!」
ピシッ。
膜に亀裂が走った。
次の瞬間、
砕けた。
ミュルラスが吹き飛ばされる。
石床を転がり、
片膝をついた。
立つ。
龍が迫る。
剣を構える。
爪、
受ける。
弾く。
再び、激突する。
腕に衝撃が走った。
刃が、悲鳴を上げる。
それでも、
ミュルラスは退かない。
「どけ!」
剣を振り抜く。
龍の爪と、
真正面からぶつかった。
甲高い音。
そして、
――パキン。
一瞬、
何かが、
宙を舞った。
銀色の光が、くるりと回る。
ミュルラスの目が、
それを追った。
刃。
自分の剣の半分が、
石床へ落ちた。
カラン。
「…………」
龍も、
一瞬止まったように見えた。
ミュルラスは、
手元に残った剣を見る。
「……折れた」
à suivre…
魔法を食べる古代龍。
魔王の力さえ通じない相手に、
ついに愛用の剣まで折れてしまいました。
さて、どうする、ミュルラス。




