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第26話 まだ起きていない魔法


地下へ続く、長い階段。


その先で二人を待っていたのは、

少しばかり奇妙な魔法でした。


どうやら、いつもの常識は通じないようです。



La magie qui n’a pas encore eu lieu


階段は、思ったより深かった。


ミュルラスが先を歩く。

その後ろを、

エルネが杖をつきながら降りてくる。


「遅い」


「年寄りを急かすでない」


「さっきまで元気にパンを食ってただろ」


「食ったからといって、若返りはせん」


「役に立たんな」


「ほっほー」


「褒めてない」


どれくらい降りただろう。

ようやく階段が終わった。


その先に、

巨大な空間が広がっていた。


天井は見えない。


黒い石柱が、

左右に何本も並んでいる。


遠く、

遥か向こうに、

大きな扉が見えた。


ミュルラスは右手を見た。

指輪は、

淡く光っている。


「向こうだ」


「そのようじゃな」


「行くぞ」


一歩、

踏み出した。


その瞬間、


ドン――!


凄まじい音が響いた。


右前方、

巨大な石柱が、

突然、砕けた。


「!」


ミュルラスは反射的に、

エルネの前へ出た。


周囲を見る。


何もいない。

魔力の気配もない。


「じじい」


「なんじゃ」


「何かしたか?」


「しとらん」


「本当か?」


「なんでわしを疑う」


二人で、砕けた石柱を見る。


横から、

巨大な何かに叩きつけられたように折れていた。


「罠か?」


「さてのう」


「知らんのか」


「知らんものは知らん」


「役に立たんな」


「二回目じゃぞ」


ミュルラスは、慎重に歩き出した。


しばらくは、

何も起こらなかった。


その時、

カチッ。


小さな音。


ミュルラスが振り返った。


エルネの足元。

石が少し沈んでいる。


「……じじい」


「踏んだの」


「何を」


「分からん」


壁が開いた。


巨大な鉄球が、

ものすごい勢いで飛び出してきた。


「伏せろ!」


ミュルラスが手を振る。


魔力が弾けた。


鉄球が吹き飛ぶ。


そのまま――

右前方の石柱へ激突した。


ドン――!


石が砕け散った。


「……」


「……」


二人とも動かなかった。


そこは、

最初から壊れていた石柱だった。


エルネが、鉄球を見る。


石柱を見る。


そして、

ミュルラスを見る。


「……お主」


「なんだ」


「今、壊したな」


「ああ」


「じゃが」


エルネは杖で、

崩れた石をつついた。


「これは、わしらがここへ来た時には、もう壊れておったぞ」


ミュルラスは黙った。


もう一度、石柱を見る。


「……意味が分からん」


「奇遇じゃな」


「お前も分からないのか」


「分からん」


「本当に何なんだ、お前」


「ただの老いぼれじゃよ」


「帰れ」


「帰り道が分からん」


ミュルラスは、ため息をついた。


「行くぞ」


「待たんか」


さらに進む。


その時だった。


ふわり。


ミュルラスの身体の周囲に、

半透明の膜が現れた。


エルネまで包み込む。


「……?」


ミュルラスが手を止めた。

エルネが膜を見上げる。


「これは」


「なんだ」


「さっき、お主が作った防御じゃ」


「俺は何もしてない」


エルネが指で膜をつついた。


「……分厚いの」


「それは俺のだ」


「ほっほー」


「だから、まだ出してない」


直後、

天井から、無数の黒い針が降ってきた。


「!」


ミュルラスが反射的に手を上げる。

魔力を広げた。


身体の周囲に、

防御の膜を作る。


黒い針が、

すべて止まった。


静寂。


ミュルラスは、

自分の手を見た。


エルネも、

ミュルラスの手を見る。


「……今のか?」


「今のじゃな」


「先に出てたぞ」


「出ておったの」


「なんでだ」


「知らん」


ミュルラスは、

しばらく考えた。


「魔法だけか?」


「ん?」


「石柱を壊したのも俺の魔法だった。今の防御もそうだ」


「なるほどの」


ミュルラスは右手を上げた。


「試す」


「何をする」


「火を出す」


「待て」


「なんだ」


「先に結果が出るのなら、今から火を出したら――」


ぼっ。


エルネの髭の先に、

火がついた。


「…………」


「…………」


「ミュルラス」


「まだ出してない」


「消せ」


「だから、まだ――」


「いいから消せ!」


ミュルラスが慌てて、エルネの髭を叩いた。


「痛い!火ではなくわしを叩いとる!」


「動くな!」


「お主が叩くからじゃ!」


ようやく火が消えた。


エルネは、焦げた髭の先を摘んだ。


「……お主とは相性が悪い」


「俺のせいじゃないだろ」


「これから火を出すんじゃろ!」


「じゃあ出さなければいい」


「そうせい!」


二人で待った。

何も起きない。


ミュルラスは、火を出さなかった。


しばらくして、

エルネが首を傾げる。


「……出んな」


「ああ」


「変なところじゃの」


「今頃気づいたのか」


二人は、

また歩き出した。


それからも、

妙なことは続いた。


突然、暗闇の中に光が灯った。


しばらくすると、道が真っ暗になり、


「お主じゃ」


「分かってる」


ミュルラスが光を出した。


今度は、

突然、床一面が凍った。


「これは俺じゃない」


「わしも知らんぞ」


その直後、

壁の穴から、

黒い虫が、ぞろぞろと這い出してきた。


一匹。

二匹。

十匹。


百匹。


長い脚が、石の床を埋めていく。


エルネが固まった。


「……じじい?」


返事がない。


「おい」


「虫は嫌いじゃ」


「は?」


「虫は嫌いじゃ!」


エルネが杖を振った。


冷気が走る。

虫もろとも、床一面が凍りついた。


さっき見た光景になった。


ミュルラスは、

凍った床を見た。


エルネを見る。


「お前のだったのか」


「虫だけは駄目じゃ」


「意外だな」


「脚が多すぎる」


「お前より少ないだろ」


「わしは二本じゃ!」


少し先へ行くと、

突然、

エルネの頭上だけに、

小さな氷の屋根が現れた。


「……なんじゃ、これは」


「知らん」


「わしの魔法か?」


「知らん」


「お主、さっきから知らんしか言わんな」


「お前に言われたくない」


その直後、

天井から、大量の泥が落ちてきた。


「うわっ!」


ミュルラスが咄嗟に、エルネの上へ氷を張る。


泥が降り注いだ。


エルネは無事だった。


ミュルラスは、

頭から泥を被った。


「……」


「……」


ぽた。

黒い髪から、泥が落ちる。


エルネが、

氷の屋根の下から顔を出した。


「ほっほー」


「笑ったら殺す」


「笑っとらん」


「顔が笑ってる」


「年寄りはこういう顔じゃ」


ミュルラスは袖で、顔の泥を拭った。


「ノエルがいたら笑うな」


「笑うじゃろうな」


「笑わない」


「笑うと思うぞ」


「笑わない」


「では、帰ったら聞いてみるかの」


ミュルラスが、エルネを見た。


「……ああ」


それだけ言って、

また歩き出した。


しばらくして、

右手の指輪が、淡く光った。


ミュルラスの足が止まる。

ふざけていた顔から、表情が消えた。


前を見る。


大きな扉は、まだ遠い。


だが、


「いる」


エルネが隣で、

ミュルラスを見た。


「ノエルは、この先にいる」


「うむ」


それだけだった。


二人は、また歩き出した。

いつからか、

エルネは、ミュルラスの後ろではなく、

隣を歩いていた。


その時、

遥か前方で、白い光が走った。


「――!」


轟音。


空間全体が震えた。

風圧が、二人のところまで届く。

今までとは、規模が違う。


巨大な扉の前。


石の床が、

深く、

大きく、

抉れていた。


ミュルラスは、足を止めた。

エルネも止まる。


二人で、その破壊痕を見る。


「……俺か」


エルネは答えなかった。

ミュルラスは、右手を見る。


まだ、

何もしていない。


だが、

あれほどの魔法を、

この先で自分は使う。


巨大な扉が、

暗闇の向こうに立っている。


指輪が、強く光った。


ミュルラスは歩き出した。


「行くぞ、じじい」


「うむ」


「今度は後ろにいろ」


「最初からそのつもりじゃ」


「役に立たんな」


「何回言うんじゃ」


巨大な扉の前に、

二人は立った。


ミュルラスが、

ゆっくりと顔を上げた。


à suivre…



まだ使っていない魔法が、先に現れる。


魔王とじじいの珍道中は、

どうにか巨大な扉の前まで辿り着きました。


その先に待っているものは……。


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