第8話 風
今日は、
ノエルがお墓参りへ出かけます。
Vent
今日は、お出かけだった。
編集さんが車で迎えに来てくれた。
祇園祭で買ってもらった、とんぼ柄の浴衣。
最近のお気に入りだ。
新しい下駄を履くと、からん、と心地よい音がした。
今日は、父とお墓参りに行く。
初めてのことだった。
ママンのお墓はパリにもある。
でも京都にも、お墓があるらしい。
お墓って、どんなところなんだろう。
車に乗ると、甘い香りが漂っていた。
ママンが好きだった香り。
助手席には、白いチューベローズの花束が置かれていた。
車は、山へ向かって走った。
着くと、祖父母が待っていた。
会うのは、まだ数えるほどしかない。
「ノエルちゃん。」
祖母は笑って、そっと抱きしめてくれた。
古い絨毯のような、どこか懐かしい匂いがした。
墓前には、ママンが大切にしていた小さな品を納めた。
線香に火をつける。
白い煙が、ゆっくり空へ昇っていく。
父は、チューベローズを供えた。
甘い花の香りと、線香の香りが重なる。
ノエルは、少しだけ胸が苦しくなった。
その時だった。
ふわり。
風が吹く。
チューベローズが揺れる。
煙が、静かに流れていく。
風……
そう思った瞬間、前髪がそっと揺れた。
帰り道。
祖母と二人で歩いていた。
その時だった。
祖母の身体が、ふらりと傾く。
「グランマ?」
「暑気が入ったんやわ……」
小さく呟く。
顔色が少し白い。
ノエルは、胸がどきっとした。
お水。
グランマに、お水をあげなきゃ。
その瞬間。
自然に言葉が浮かぶ。
「シャル、シャラン。」
ノエルの手のひらに、透明な水が溢れた。
昨日までとは違う。
両手いっぱいになるほどの、やさしい水だった。
「グランマ。」
ノエルは、
手を差し出した。
祖母は驚いた顔をして、そっと口をつけた。
ひとくち。
また、ひとくち。
「甘いわぁ。」
そう笑ってから、
「ノエルちゃんは、魔法使いやねぇ。」
冗談のように言って、力が抜けるように座り込んだ。
その声に気づき、父たちが駆け寄ってくる。
祖母は軽い熱中症だった。
点滴を受けると、夕方には元気を取り戻した。
「心配かけてしもたわ。」
そう笑う祖母に、みんなほっと息をついた。
夜。
二階の窓を開ける。
チューベローズの甘い香りが、風に乗って部屋まで届いていた。
ノエルは、今日のことを思い出す。
自分が飲もうとした時は、ぽた、ぽたしか出なかった。
でも。
グランマを助けたい。
そう思った時だけ、たくさん水が出た。
どうしてだろう。
優しい魔法使いだからかな。
ママン。
もしそうなら……
僕も、優しい魔法使いになりたい。
風が、カーテンを揺らした。
そのまま、ノエルは静かに眠りについた。
つづく
また、
やさしい風に会いに来てください。




