第7話 ひぐらし
今日は、
ノエルが少しだけ魔法の練習をします。
Higurashi
「シャル、シャラン!」
ノエルは右手を前に突き出した。
しゅっ。
……ぽた。
「ん?」
もう一度。
「シャル、シャラン!」
ぽた。
ぽた。
「うーん。」
今度は空を向く。
「あーん。」
「シャル、シャラン!」
ぽた。
ぽた。
ぽた。
冷たい水滴が口に落ちた。
「これだけ?」
少し考えてから、
「手のひらからの〜!」
ぐっと腰を落とす。
「水龍拳!」
ぴちゃ。
手のひらが少し濡れただけだった。
「だめかあ。」
何度やっても、出てくるのは小さな水滴だけ。
お花の時は、
もう少し出た気がしたのにな。
日差しが強くなってきた。
ノエルは秘密基地へ戻る。
中はひんやりとしていた。
リュックから麦茶を取り出す。
ごく、ごく。
「ふぅ。」
おにぎりをひとつ食べる。
中には、酸っぱい梅が入っていた。
その時だった。
「あ。」
そういえば。
最初のページも、ノートに写してあった。
ノートを開く。
最初のページ。
そこだけは、やっぱり読めない。
絵だけは分かる。
三角のようにも見える。
耳のようにも見える。
その下には、細かな文字がびっしり並んでいた。
ひとつも読めない。
「なあんだ。」
ノエルは、少しだけがっかりした。
その時。
かたかたかたかた……
森の向こうから、小さな声が聞こえた。
「この声……。」
そうだ。
この前、
家で、この鳴き声を真似していたら、
「それ、ひぐらし?」
父の編集さんが笑っていた。
ひぐらし。
蝉の仲間らしい。
「ひ……ぐらし。」
前は、「ひ」が上手く言えなかった。
でも最近は、ちゃんと言える。
日本語の音が、少しずつ細かく聞こえるようになってきたからだ。
かたかたかたかた……
ノエルは耳を澄ませた。
そういえば。
この秘密基地を見つけたばかりの頃は、蝉なんて一匹も鳴いていなかった。
それなのに。
今は、こんなによく聞こえる。
「なんでだろう。」
絵本を開く。
次のページも読めない。
ノエルはノートを取り出した。
今度は、
文字も全部写してみよう。
面倒だけど。
ゆっくり。
一文字ずつ。
丁寧に。
絵も。
小さな文字も。
全部。
書き終わる頃には、日が少し傾いていた。
ノエルは絵本を抱えた。
「今日は持って帰ろうかな。」
そう思って持ち上げる。
動かない。
「あれ?」
もう一度引っぱる。
びくともしない。
よく見ると、絵本は木の根とひとつになっていた。
「そういうことか。」
ノエルは、元の場所へそっと戻す。
「また明日ね。」
表紙を優しく撫でる。
「僕の友達。」
秘密基地を出る。
かたかたかたかた……
ひぐらしが鳴いていた。
ノエルは足を止める。
その声の向こうで――
誰かが、
笑った気がした。
つづく
また、
森の声を聞きに来てください。




