第6話 魔法?
今日は、
ノエルに小さな変化が訪れます。
Magie ?
シャル、シャラン……
シャル、シャラン……
「ノエル。ノエル!」
目を開けると、父とマイさんが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「起きてこないから、心配した」
父はそう言って、ノエルを強く抱きしめた。
いつもより、少しだけ強かった。
「熱はない? だるくない?」
マイさんが、額に手を当てる。
「今日は暑いから、裏山はお休みにして、夏休みの宿題でもしたら?」
机の上に置かれていた宿題を、ぱらぱらとめくった。
「あら……」
もう一度、最初からめくる。
「全部終わってるの?」
夏休みの最初の日に、全部済ませてしまっていた。
「えらいね」
マイさんは、ノエルの頭をそっと撫でた。
「朝ごはんはキッシュよ」
そう言い残して、階段を降りていった。
日本へ来てから、一度も寝坊したことがなかった。
何かが、耳の奥に残っている。
夢を見ていた。
思い出せそうで、思い出せない。
窓の外から、蝉の声が聞こえた。
下の階から、キッシュの焼ける匂いがする。
バターの匂い。
レモンの入った蜂蜜水。
氷がグラスに触れて、からん、と鳴った。
ノエルは、机の上のノートを見た。
昨日、秘密基地で写したページ。
雫のような形と、そのまわりを囲む、ゆらゆらした線。
何気なく、指でなぞった。
その瞬間、文字が形を変えた。
形は、
昨日と何も変わっていない。
なのに、読める。
ノエルは、顔を近づけた。
「シャル、シャラン……」
口に出した瞬間、目の前に小さな水滴が現れた。
きらきらと光りながら、空中に浮かんでいる。
ノエルは、思わず手を出した。
ぽたっ。
掌に落ちる。
冷たい。
ノエルは、しばらく動けなかった。
「ノエルー。キッシュが冷めますよー」
下から、マイさんの声が聞こえた。
慌てて、掌の水を見つめる。
もう、ただの小さな雫だった。
顔を洗おうと、洗面所へ向かう。
蛇口をひねる。
水が流れる。
その音に、耳を澄ませた。
シャラン……
知っている。
夢の中で、聞いていた音。
鏡の中の自分は、少し日焼けしていた。
毎日、裏山へ通っているからだ。
顔を洗い、パジャマのまま下へ降りた。
マイさんは、キッシュを切り分けながら、
「今日は本当に暑いから水分をちゃんと取ってね」
と言った。
ノエルは、レモンの入った蜂蜜水をゆっくり飲んだ。
それから、氷の入ったミルクを飲む。
最近のお気に入りだった。
けれど、味はほとんど分からなかった。
掌に落ちた一滴のことばかり、考えていた。
急いで朝食を済ませる。
パジャマを脱ぎ捨て、服に着替えた。
帽子をかぶり、ノートを持って裏山へ向かった。
秘密基地に着くと、すぐに絵本を開いた。
昨日のページ。
「シャル、シャラン」
今度は、はっきりと言う。
絵の中の水が、光ったように見えた。
雫の下には、小さな文字が並んでいる。
昨日は面倒で、そこまで写さなかった。
けれど、今は読める。
恵みの水。
汚れを洗うだけでなく、
乾いた植物や、小さな命を潤す。
ノエルは、何度も読み返した。
洞の入口に、小さな花が咲いていた。
暑さのせいか、少しだけ首を垂れている。
ノエルは、花の前にしゃがんだ。
「シャル、シャラン」
柔らかな水滴が現れた。
ひとつ。
ふたつ。
やがて、小さな雨のように花へ降り注いだ。
濡れた葉が、朝の光を受けて輝いた。
花は、少しだけ顔を上げた。
つづく
また、
秘密基地でお待ちしています。




