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第20話 西へ


魔王城へ連れ帰った、砂漠の老人。


ノエルは懸命に世話を続けます。

その間、ミュルラスはというと……。



Vers l’Ouest


魔王城の、客間。


ベッドには、

砂漠で見つけた老人が眠っていた。


「……」


ノエルは、

濡らした布を絞る。


老人の額、

首、

細い腕、

砂と汗を、

少しずつ拭いていく。


汚れていた服は脱がせて、

新しいものに着替えさせた。


ザーロの汁を、

ほんの一口。


一度に飲ませると、

むせてしまう。


だから、

何度も、

少しずつ。


「……」


老人は、

まだ目を覚まさない。


ノエルは、

厨房へ行った。


柔らかく煮た野菜。

少しの肉。


食べやすいように、

細かくする。


薄いスープ。


厨房の魔人たちが、

不思議そうに見ていた。


それでも、

ノエルは、毎日作った。


*


「分かりませぬ」


魔王城の一室。


四天王の一人が、

ミュルラスの前に跪いていた。


「何も?」


「はい」


「どこの者かも?」


「分かりませぬ」


「そうか」


ミュルラスは、

それ以上聞かなかった。


「下がれ」


「はっ」


*


二日後。


「……あ」


老人が、

ゆっくり体を起こした。


「大丈夫ですか?」


ノエルが、

すぐに支える。


「……うむ」


まだ、

弱い声。


けれど、

ちゃんと、答えた。


「よかった」


ノエルの顔が、

ぱっと明るくなる。


「ちょっと待っててください」


そのまま、

部屋を、

飛び出した。


*


「ミュルラス!」


寝室へ、

駆け込む。


大きなベッドの上。


ミュルラスは、

ゲームをしていた。


「おじいさん、起き上がれるようになったよ」


「そうか」


画面から、

目を離さない。


「じゃあ、東の果てへ向かうか」


「……」


ノエルは、

ミュルラスを見る。


「君も、ちょっと話しに来てよ」


「……」


「ねえ」


ノエルは、

ベッドへ上がった。


ミュルラスの前に、座る。


「なんだ」


やっぱり、

こちらを見ない。


「君、どうしたの?」


「別に」


「……」


少しして、


「お前は」


「うん」


「俺よりも」


ゲームを、操作しながら、


「この二日間、あのじじいの世話ばかり……」


「……」


「なに?」


「ふん」


「……」


「知らん」


ノエルは、

目を瞬いた。


初めて見る、

こんな、ミュルラス。


まるで、

駄々っ子みたい。


胸の奥が、

少しだけ、きゅっとした。


そして、

ちょっとだけ、

いたずらしたくなった。


ノエルは、

手を伸ばす。


ぽん。


ミュルラスの頭に、

手を置いた。


「……?」


そのまま、

ゆっくり、撫でる。


黒い髪。


思ったより、

柔らかい。


「君は、優しいね」


「……なんだ、急に」


「僕のわがまま聞いてくれて」


もう一度、

ゆっくり。


「おじいさんを、こんな立派なお城に連れてきて」


「……」


「最高の待遇で、世話することも許してくれた」


ミュルラスの手が、

止まった。


ゲームの中の勇者も、

止まる。


「君のおかげだよ」


ノエルが、

にこっと笑った。


「ありがとう」


「……」


ミュルラスは、

きょとんとしている。


しばらく、

何も言わない。


それから、

「……くすぐったいぞ」


「そう?」


「もういい」


そう言いながら、逃げない。


耳だけが、

少し赤い。


「魔王様……」


「……?」


声がした。


見ると、

少し離れたところに、

ラザンがいた。


なぜか、

こちらを見ていない。


「も、

申し訳ございません」


「なんだ?」


「お取り込み中のところ……」


「ラザンか」


ミュルラスは、

まったく気にしていない。


「何事だ?」


ラザンは、

まだ横を向いたまま、


「あの老人が、旅支度をしております」


「え?」


ノエルが、

立ち上がった。


「もう?」


そのまま、

ベッドから降りる。


「君も行くよ」


「なぜ俺まで――」


ノエルは、

もうラザンの後を追っていた。


「……」


ミュルラスは、

ゲームを置いた。


*


客間へ戻ると、

老人は、すでに着替えていた。


城で用意した服ではない。

砂漠で着ていた、古びた服。


荷物も、

まとめている。


「もう、動いて大丈夫なんですか?」


老人が、振り返った。


「ありがだいことじゃ」


深く、

頭を下げる。


「よくしていただいてのう」


そして、


「命まで、救っていただいた」


「そんな」


ノエルは、

微笑む。


「元気になって、よかったです」


まだ、

元気とは、言い切れないけれど。


「どちらへ行かれるんですか?」


「西の森へ」


「西の森?」


「はい」


老人が、一歩。


その時、

ふらっ。


体が、傾いた。


「危ない!」


ノエルが、

腕を支える。


「大丈夫ですか?まだ――」


「いいじゃないか」


声。


見ると、

ミュルラスが、扉にもたれていた。


「行くというなら、行かせてやれ」


冷たい声。


「でも」


ノエルは、

老人を見る。


「もう少し、休んでいかれたらどうですか?」


「いあ」


老人が、

静かに首を振る。


「急ぎでの」


「……」


「西へ、行かねばならんのじゃ」


「そうだ」


ノエルが、

何か思いついた。


「西って、どっちですか?」


「……」


老人が、

ノエルを見る。


「僕たち、そこまで送りますよ」


「おい」


「ミュルラス。

地図持ってきて」


「……」


「ね」


「はあ……」


ミュルラスが、

空間へ手を入れた。


地図。


大きな机も、

現れる。


「お前は、どこまで人がいいんだ」


「ありがとう」


ノエルは、

にこっと笑った。


「……」


地図を、

広げる。


「西の森って、

どの辺りですか?」


老人が、

指を伸ばす。


「この」


「ここ……」


地図には、

森がある。


けれど、

印はない。


ミュルラスが、

行ったことのない場所。


「この近くだったら……」


ノエルが、

地図を見る。


「あ」


少し離れた場所を、指す。


「この砂漠まで、瞬間移動できるんじゃない?」


ミュルラスを見る。


「そこから、

歩けばいいよね」


「言われなくても、分かっている」


「じゃあ」


ノエルは、

老人を見る。


「そこまで行って、

休みながら行けば――」


「はああああ……」


大きな、ため息。


「なに?」


「お前」


ミュルラスが、

ノエルを見る。


「分かってるのか?」


「なにが?」


「俺たちは、東の果てへ行くんだぞ」


「……」


「こいつが行くのは、西だ」


「うん」


「反対だ」


「……うん」


「それに」


ミュルラスが、

じっとノエルを見る。


「お前、三週間だけって言ったよな?」


「……」


ノエルは、黙った。


夏休み。

三週間。


魔界。


絶対に、戻る。


そう言った。


「……分かった」


「なんだ」


「いい」


「何がだ」


少し考える。


「三週間を超えても、

いいことにする」


「……」


今度は、

ミュルラスが、黙った。


「だから、お願い」


「……」


長い、

長い、ため息。


「もう、分かった」


「ほんと?」


「ただし」


ミュルラスが、

指を差す。


「ノエル。これは貸しだからな」


「うん」


「連れてきただけじゃないぞ」


「うん」


「反対方向へ、送るんだぞ」


「分かってる」


ノエルが、笑った。


「ありがとう。ミュルラス」


そして、


「君、本当に優しいね」


「ふん!」


顔を、

逸らした。


「では」


ミュルラスが、

地図を畳む。


「支度するぞ」


*


城を出る前、

ミュルラスが、

二人の間に立った。


右手で、

ノエルの手首。

左手で、

老人の手首。


「行くぞ」


「うん」


老人は、

黙って、

自分の手首を掴んでいる、

その手を見ていた。


黒い指輪。


そして。

ノエルの胸元、

古いペンダント。


ほんの一瞬、

老人の目が、細くなる。


「……」


「どうした?」


「いや.....」


老人は、

静かに頭を下げた。


「何も」


次の瞬間、

三人の姿が、消えた。


向かうのは、


東ではなく、

西だった。


à suivre…



東へ向かうはずが、今度は西へ。


どうやら魔王様は、

ノエルと一緒にいると予定どおりには進めないようです。


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