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第19話 砂の中の老人


地図の先へ。


かつて森だったという荒野を、

ノエルとミュルラスは歩き始めます。



Le vieil homme dans le sable


太陽が、

照りつけていた。


「……暑い」


見渡す限り、

砂。

空。


ノエルは、

目を細めた。


「ここからは、

歩くしかないんだね」


「ああ」


ミュルラスが、

地図を広げる。


描かれているのは、

ここまで。


その先は、

まだ何もない。


「ここには、いつ頃来たの?」


「覚えとらん」


「だいたいでいいよ」


「千年前くらいか?」


「千年……」


ノエルは、

辺りを見る。


「そんなに前?」


「ああ」


「じゃあ、風景も変わった?」


「もちろんだ」


「どう変わったの?」


ミュルラスが、

砂漠を見渡す。


「森があった」


「ここに?」


「ああ」


「ずっと?」


「この辺りは、

全部そうだった」


ノエルは、

もう一度、砂を見る。


木なんて、一本もない。


「どうして、なくなったの?」


「炎を暴走させる魔法があってな」


「……」


「一瞬だった」


「……」


ノエルは、

黙って砂漠を見た。


「この話は、やめておこう」


「そうか?」


「うん」


歩き出す。


足が、

砂に沈む。


「魔獣でもいたら、いいんだがな」


「乗せてもらうの?」


「ああ」


けれど、

どこを見ても、


砂。

空。

太陽。


生き物らしいものは、

何も見えない。


ノエルは、

水筒を取り出した。


ごく。


「ねえ」


「なんだ」


「君、暑くないの?」


ミュルラスを見る。


長い黒髪。

黒い服。


どう考えても、暑そう。


なのに、

涼しい顔をしている。


「これくらいか?」


「これくらいって……」


「火焔洞窟に比べたら、なんでもない」


「……火焔洞窟」


聞かなかったことにしよう。


「お前は、魔法で温度を調節しないのか?」


「温度調節?」


「してないのか」


「どうやるの?」


ミュルラスが、

少し考える。


「自分の体の周りに、膜を張る」


「膜?」


「ああ」


「それから、

そこへ涼しい風が来ると、思えばいい」


「それだけ?」


「それだけだ」


ノエルは、

目を閉じた。


自分の周り、

薄い膜。


そこへ、

涼しい風。


涼しい風。


涼しい――


「……」


目を開ける。


暑い。

ものすごく、暑い。


「全然来ないよ」


「ははははは」


ミュルラスが、

笑った。


「まだまだだな」


「なんだよ」


ノエルは、

先に歩き出した。


「もう、先行くよ」


「おい。そっちは――」


その時、

足に、

何かが、引っかかった。


「わっ」


転びそうになり、

踏みとどまる。


「……なに?」


砂を見る。


何か、

出ている。


「……」


ノエルは、

しゃがんだ。


指。

手。


「うわっ!」


「どうした?」


「手が……!」


ミュルラスが、

振り返る。


ノエルは、

慌てて砂を払った。


手首。

腕。


さらに払う。


肩。


「大変だ」


砂の中に、

誰かが、倒れている。


「人がいる!」


ノエルは、

必死に砂を掻いた。


魔人なのか。

人間なのか。

分からない。


細い腕を掴んで、

なんとか引き上げる。


現れたのは、

老人だった。


ひどく、

痩せている。


「大丈夫ですか?」


返事がない。


ノエルは、

膝をついた。


老人の体を、

抱き起こす。


「大丈夫ですか?」


言葉、

通じるのかな。


分からない。


それでも、


「聞こえますか?」


何度も、

声をかける。


「行くぞ」


ミュルラスの声。


「え?」


見ると、

もう、先へ行こうとしている。


「待ってよ」


「なんだ」


「この人、死んじゃうよ」


「俺たちには、関係ないだろ」


「関係あるよ」


「ない」


ミュルラスは、

そのまま歩き出す。


「ちょっと……」


ノエルは、

老人を見る。


水。


いや、


「あ」


もう一つの水筒。


ザーロ。


城を出る時、

少し入れてきた。


蓋を開ける。


老人の口元へ、


「少しだけ、飲めますか?」


ほんの少し。

口へ含ませる。


「……」


もう少し、


「けほっ」


「!」


老人の体が、動いた。


「大丈夫ですか?」


「……」


ゆっくり、息をする。


「よかった……」


「おい」


少し先から、

ミュルラスの声。


「何してるんだ?」


「おじいさん、息を吹き返したよ」


ノエルが、

嬉しそうに振り返る。


「ザーロって、すごいね」


「そうか。なら、行くぞ」


「待って」


「まだ何かあるのか」


ミュルラスが、

振り返った。


「……」


止まった。


ノエルが、

老人を、背負っていた。


「お前……」


「何やってるんだ」


「だって、歩けないでしょ」


「置いていけ」


「嫌だよ」


「重いだろ」


「重いけど」


ノエルは、

老人を背負い直した。


「僕が倒れたら、

君もこうするでしょ?」


「お前は特別だからな」


あまりにも、

普通に言った。


「……」


ノエルは、

一瞬だけ黙った。


それから、


「僕は、

君が倒れても、もちろんこうするよ」


「なら、それでいいだろ」


「でも」


ノエルは、

背中の老人を見る。


「このおじいさんも、

ここに置いていったら、死んじゃう」


「……」


「お願い」


ミュルラスは、

何も言わない。


「城に、連れて帰って」


けれど、

そのまま、歩き出した。


「ミュルラス」


返事がない。


「お願い!」


ミュルラスが、

振り返った。


その時、

ノエルの背中で、

老人の目が、わずかに開いた。


黒い髪。

金と赤の瞳。


そして、

今、呼ばれた、


その名前。


「……ま」


かすれた声。


「……まさか……」


「え?」


ノエルが、

振り向こうとする。


けれど、


「一度だけだぞ」


ミュルラスが、

目の前まで戻ってきた。


「ほんと?」


「ああ」


「ありがとう」


ミュルラスは、

何も答えず、

ノエルの手首を、掴んだ。


老人を背負ったまま、

ノエルの視界が、

暗くなった。


à suivre…



砂の中で見つけた、

一人の老人。


その出会いが何をもたらすのか。


東への旅は、まだ始まったばかりです。


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