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第16話 交易村ヴァルネト


魔界で初めて訪れる交易村、ヴァルネト。


ノエルにとっては、何もかもが初めての世界です。



Varnet, village marchand


村。


そう聞いていたから、

ノエルが想像していたのは、

もっと田舎の、小さな場所だった。


けれど、


「……村?」


目の前にあるのは、

立派な石造りの街だった。


街の周囲を、

高い石の塀が囲んでいる。


その中央に、大きな門。


門の上には、

見慣れない文字。


でも、

読める。


――交易村ヴァルネト。


「ここ?」


「ああ」


門の前には、

二人の魔人が立っていた。


見張りらしい。


その二人が、

突然、

目の前に現れたミュルラスを見た。


「……!」


次の瞬間、

二人とも、地面へ平伏した。


「魔王様!」


「入るぞ」


「はっ!」


門が、

ゆっくりと開いていく。


ミュルラスが、

何事もなかったように歩き出す。


ノエルも、

その後をついていった。


*


門を抜けた瞬間、


「……すごい」


ノエルは、

辺りを見回した。


石畳。

石造りの建物。


通りの両側に、

ずらりと並ぶ店。


布。

食べ物。

見たことのない道具。

色とりどりの瓶。

知らない草花。


歩いているのは、

魔人だけではなかった。


耳の長い者。

角のある者。

毛に覆われた者。

尻尾のある者。


大きな荷物を背負った、

獣のようなものもいる。


まさに、


「ドラクエみたい……」


「なんだ?」


「ううん。なんでもない」


ノエルは、

また店を見る。


右。

左。


また右。


「……」


「見たいか?」


「え?」


「さっきから、ずっと見てるだろ」


「ちょっとだけね」


「そうか」


次の瞬間、

ミュルラスの手が、

ノエルの手に触れる。


指が、重なる。


「……?」


ノエルは、

一瞬、ミュルラスを見る。


でも、

目の前には、

見たことのない世界が広がっている。


「……あ」


また、

何か見つけた。


そのまま、

ノエルは、手を握り返した。


二人で、歩き出す。


すると、

通りにいた魔人が、

止まった。


獣人も、

止まった。


店先にいた者も、

止まった。


「……」


「……」


魔王が、

人間と、

手を繋いで歩いている。


しばらく、

ヴァルネトの通りだけ、

時間が止まったようになった。


けれど、

ミュルラスは、

まったく気にしていない。


ノエルも、

気づいていない。


やがて、

ひとり。


また、

ひとり。


何も見なかったように、

動き始めた。


*


「あ」


ノエルが、

立ち止まった。


露店に、

草木が並んでいる。


葉。

根。

小さな実。

乾燥させた花。


束ねられた、

見たことのない植物。


ノエルは、

顔を近づけた。


すん。


次、

すん。


また、

次。


「すごいね」


「何がだ?」


「初めての匂いばっかり」


少し甘い。

苦い。

土みたいな匂い。


鼻の奥が、

少し冷たくなるもの。


「これ、何に使うの?」


返事がない。


「……?」


見ると、

店主の魔人が、

地面にひれ伏していた。


「……あ」


ミュルラスが、店主を見る。


「こいつらは、何に使うのだ?」


「……」


「頭を上げて、

ノエルに説明してやれ」


「はっ!」


店主が、

おずおずと顔を上げた。


ノエルを見る。


「こ、こちらはですね。

噛みますと、胃腸がすっきりいたします」


「へえ」


「こちらは、

水とともに飲みますと、目がはっきり見えるようになります」


「これは?」


「そちらは、熱が出た時に――」


「……」


ノエルは、並んでいる草を見る。


「ここ、漢方の薬屋さんみたいな感じ?」


「かんぽう……?」


店主が、きょとんとする。


「あ。えっと」


ノエルも、考える。


「お薬?体を整えるための草木なの?」


「ああ!」


店主の顔が、

少し明るくなった。


「左様でございます」


「なるほど」


ノエルは、

もう一度、植物を見る。


「これ、あとで買ってもいい?」


「おい」


ミュルラスが、店主を見る。


「ここにあるもの、

全部、あとで城へ届けろ」


「ははっ!」


「ちょっと待って」


「なんだ」


「お金、ちゃんと払ってあげてよ」


「……」


「僕が払うから」


「滅相もございません!」


店主が、また地面へ伏せる。


「魔王様より、代金など――」


ノエルは、

ミュルラスを見る。


「君」


「……」


「払うよね?」


「……分かった」


店主が、

顔を上げた。


魔王を見る。

人間を見る。


もう一度、

魔王を見る。


何も言えなくなった。


*


その頃には、

ヴァルネト中で、妙な噂が広がり始めていた。


魔王様が、

人間を連れている。


魔王様が、

その人間と手を繋いでいる。


そして。

その人間が、

魔王様に、金を払えと言った。


しかも。

魔王様が、従った。


*


「あ」


ノエルが、

また立ち止まる。


古い店だった。


店先には、

金属や石で作られた、小さな装飾品。


指輪。

首飾り。


細工の入った石。

古びた金属。


どれも、

長い時間を経てきたように見える。


「ちょっと、見ていい?」


「ああ」


ノエルは、

店へ近づく。


そして、


「……」


また、

店主が、ひれ伏していた。


「ねえ」


ノエルも、

少し慣れてきた。


「店主さん。普通にしてて大丈夫だよ」


「……」


動かない。


「魔王も、顔上げていいって言ってるから」


「……」


やっぱり、

動かない。


ミュルラスが、

ため息をついた。


「おい」


「はっ!」


「ノエルが言っただろ。顔を上げろ」


「ははっ!」


ようやく、

店主が、おずおずと顔を上げた。


「ねえ」


ノエルは、並んでいるものを見る。


「旅をする時の、お守りみたいなものってある?」


「お守り……でございますか?」


「あ、うーん」


どう説明したらいいんだろう。


「持ってると、ちゃんと行きたいところに行ける、とか」


店主の目が、

少し動いた。


「道に迷わなくなる魔法がかかった、石とか、ペンダントとか」


「なるほど」


店主は、

少し考える。


そして、

店の奥へ入っていった。


しばらくして、

小さな箱を、両手で抱えて戻ってくる。


蓋を開けた。


中には、古いペンダントが、ひとつ。


「こちらは」


店主が、

静かに言った。


「古の賢者が作ったものと、伝えられております」


「古の賢者?」


ノエルは、

ペンダントを見る。


細かな、美しい細工。


中央には、

古びた石。


「……」


手に取る。

その瞬間、

何か、胸の奥に、引っかかった。


「これ……」


「どうした?」


「どこかで、見たことがあるような……」


「貸せ」


ミュルラスが、手を伸ばす。


指先が、

ペンダントへ触れた。


その瞬間、


ふわっ。


光が、溢れた。


「……!」


同時に、

ミュルラスの右手、

黒い指輪が、淡く光る。


「ミュルラス」


「……なんだ、これ」


光は、すぐに消えなかった。


通りにいた者たちが、次々と振り返る。


一人。

二人。


また一人。


いつの間にか。

店の周囲には、大勢の魔族が集まっていた。


「魔王様……」


誰かが、

呟いた。


そして、


「魔王様!」


声が、上がった。


「魔王!」


「魔王!」


「魔王!」


歓声が、

通りいっぱいに広がっていく。


ノエルは、

驚いて辺りを見る。


ミュルラスは、

いつもの顔で、立っていた。


「こちらは、

どうぞお納めください」


店主が、深く頭を下げる。


ミュルラスは、

黙ってペンダントを受け取った。


「……」


ノエルが、

じっと見る。


「……」


ミュルラスも、

ノエルを見る。


しばらくして、


「はあ……」


大きな、ため息。


「何を言いたいか、分かるぞ」


ノエルへ、

小さく呟く。


それから。

集まった者たちを、見渡した。


「みなの者」


歓声が、止まる。


「今日は、好きなだけ飲み食いするがいい」


「……!」


「代金は、俺が払う」


一瞬、

静まり返った。


そして、


「おおおおおおおおお!」


さっきよりも、大きな歓声。


ノエルは、

思わず笑った。


「それなら、いいよ」


「まったく……」


ミュルラスは、

手にしていたペンダントを見る。


それから、

ノエルの前へ。


「え?」


首の後ろへ、手が回る。


カチリ。


ペンダントが、

ノエルの胸元へ落ちた。


「……僕が持つの?」


「ああ」


「でも、これ――」


ミュルラスは、

もう歩き出していた。


「行くぞ」


「ちょっと、待って」


ノエルも、その後を追う。


少し先に、

ひときわ古い、

大きな石造りの建物が見えた。


長老の館は、

もう、

すぐそこだった。


à suivre…



魔王様が村に現れた。


しかも、

人間と手を繋いで。


ヴァルネトの人々にとって、忘れられない一日になりそうです。


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