第12話 魔王の食卓
魔王城で、
初めての夕食。
とりあえず。
食べられるものを、
作ります。
La table du roi démon
目の前には、
大きな食卓があった。
何メートルあるのか、
分からない。
重厚な、長いテーブル。
その端と端に、
料理が並べられている。
「……遠いな」
ミュルラスが、呟いた。
そして、
テーブルへ指先を向ける。
すると、テーブルが縮み始めた。
「……」
ベルサイユのダイニングテーブルくらいの大きさになったところで、
ぴたりと止まる。
ミュルラスが、
席についた。
ノエルも、
向かいに座る。
目の前には、
いろいろな料理。
大きな肉の塊。
何かを煮込んだもの。
何かを焼いたもの。
何かと何かを、
混ぜたもの。
ミュルラスが、
ものすごく嫌そうな顔をしている。
「ちょっと、食べてみていい?」
「後悔するぞ」
「そこまで?」
とりあえず、
分からないものより、
肉。
ノエルは、
大きな肉の端を、ナイフで少し切った。
皿に乗せる。
一口大にして。
「Bon appétit」
そっと、
口へ入れた。
「……」
ノエルの顔が、
ゆっくり歪んだ。
ミュルラスと、
同じ顔になった。
「出していいぞ」
「いや……」
なんとか、飲み込む。
「もったいないから……」
「そうか」
「これ、そもそも何の肉?」
「この形なら、メルガだな」
「メルガ?」
ミュルラスが、
空間へ手を入れる。
すぐに、一冊の本が出てきた。
ページを開き、
ノエルへ向ける。
「これだ」
「……」
羊と牛を、
足して二で割ったような生き物。
ただ。
全身を覆っているのは、毛ではない。
鱗のようなもの。
「これ……食べられるの?」
「腹は壊さん」
「そういう意味じゃなくて……」
ノエルは、
もう一度、肉を見る。
「味付け変えたら、
美味しくなるのかな」
「やってみるか?」
「いいの?」
「厨房に行くか」
「うん」
*
厨房には、
何人かの魔族がいた。
ノエルが入った瞬間、
全員の動きが、止まった。
「……」
ものすごく、
見られている。
「去れ」
ミュルラスの一言で、
全員、いなくなった。
「そんなに、すぐ追い出さなくても……」
「邪魔だろ」
「まあ……そうだけど」
ミュルラスが、
奥から何かを出してくる。
「これが、料理する前のメルガだ」
「……」
かなり、
グロテスクだった。
羊と牛というより、
大きなトカゲが、ものすごく太った感じ。
「まず、この皮を剥がしたい」
言った瞬間、
するり。
皮が、
剥がれた。
「……え?」
ミュルラスが、
自分を指差している。
いつもの、得意そうな顔。
「……君って、すごいね」
「そうだろ」
「なんか僕、ずっと同じこと言ってる気がする……」
まあ、
いいか。
「じゃあ、これを一口くらいの大きさに――」
言い終わる前に、
全部、切れていた。
「……ありがとう」
「次は?」
「オリーブオイルとか、
ごま油みたいなのある?」
「オリーブオイルは、
お前のところから持ってきた」
「持ってきたんだ」
「だが、魔界の脂も悪くないぞ」
白い壺を、渡される。
ノエルは、
蓋を開けた。
すん。
少し、皿に取って舐めてみる。
「ごま油に似てる」
玉ねぎに似たもの。
ニンニクに似たもの。
匂いを確かめる。
「これも使えそう」
細かく刻んでもらい、
メルガの肉へ。
油も加えて、混ぜる。
「これ、十分くらい置きたいな」
「分かった」
ミュルラスが、
肉へ指を向ける。
「え?」
「なんだ」
「十分経たせることもできるの?」
「いや」
「じゃあ、何したの?」
「こいつに、
急げと圧をかけた」
「……」
ノエルは、肉を見る。
「それ、効果あるの?」
「知らん」
「……」
「じゃあ、待ってる間にサラダ作ろう」
「サラダ?」
「野菜。
君もマルシェで見たでしょ?
似たようなのない?」
「うーん」
貯蔵庫を開ける。
トマトらしきもの。
レタスらしきもの。
濃い緑色の葉。
ノエルは、
一つずつ少しだけちぎった。
「……これは酸っぱい」
次。
「こっちは甘い」
最後。
「これ、キャベツっぽい」
「食えるか?」
「うん。全部使える」
洗って。
一口大にして。
塩。
胡椒。
オリーブオイル。
そこにあったナッツを、
砕いて。
「混ぜて」
言い終わった時には、
もう出来ていた。
「……便利すぎる」
「そうか?」
「それ、大きなお皿に盛って、
さっきのテーブルに持っていって」
「ああ」
ミュルラスが、
皿を持って出ていく。
さて、
メルガ。
卵らしきもの。
小麦粉の代わりになりそうなもの。
たぶん、いける。
衣をつけて。
油へ。
じゅわ。
いい音。
香りも、悪くない。
カリッとさせたいので、
二度揚げ。
その時。
視線を感じた。
「……?」
厨房の入口から、
何人かの魔族が覗いている。
「魔王様に……皿を持っていかせたぞ」
小さな声。
ノエルと、
目が合った。
全員、固まる。
「君たちも、ちょっと食べる?」
「……え?」
揚げたてを、小さな皿へ。
誰も、手を出さない。
「魔王様より先には……」
「いや」
一人が、そっと前へ出た。
「毒味をせねば」
「毒入れてないけど……」
恐る恐る、一つ摘まむ。
口へ。
「……」
目が、大きくなる。
「うおおおおお!うまい!」
「え?」
もう一人。
さらに、
もう一人。
「ちょっと待って」
このままだと。
ミュルラスの分が、なくなる。
ノエルは、
急いで皿へ盛った。
*
「唐揚げか?」
「うん」
ミュルラスは、唐揚げが好きだった。
一つ。
サクッ。
「うまいな」
そして。
どこからか、ケチャップを出してきた。
「それも持ってきたの?」
「ああ」
たっぷり、
かけている。
ノエルも、
唐揚げを一つ取った。
「……おいしい」
サラダも、
悪くない。
そして、
ふと、
「君とご飯食べると、美味しくなるね」
口に出ていた。
「そうだろ」
ミュルラスが、
得意そうな顔をする。
「……」
そういう意味だったかな。
まあ、
いいか。
その様子を、
扉の隙間から、そっと覗いている影があった。
ノエルは、
最初に並べられていた料理を見る。
冷めている。
「あ……」
「なんだ」
「ごめんね」
「なぜ、お前が謝る」
「だって、
これ、あの人たちが作ってくれたんでしょ?」
「ああ」
「ほとんど、食べなかったから」
「なら、あいつらが食えばいい」
ミュルラスが、
扉を見る。
「おい」
「はっ!」
すぐに、二人の魔族が入ってきた。
さっき、
唐揚げを食べていた二人。
「これ、お前らで食え」
「はっ!」
料理が、次々と下げられていく。
ノエルは、
長いテーブルを見る。
「ねえ」
「なんだ」
「いつも、ここで食事するの?」
「ああ」
「みんなで?」
「いや」
ミュルラスは、
なんでもないように答えた。
「一人だ」
「……」
その時、
テーブルが、するすると伸び始めた。
元の長さへ。
何十人も、
座れそうな食卓。
そこに。
一人。
à suivre…
大きすぎる食卓も。
二人なら、
少し小さいくらいが、
ちょうどいい。




