第11話 魔界の地図
知らない世界へ行くなら、
まずは地図から。
魔王と勇者の、
旅の相談です。
La carte du monde démoniaque
ミュルラスが、
書棚の方へ歩いていった。
「この辺りに……」
何冊か、
大きな本を抜き出す。
一冊。
二冊。
三冊。
まだある。
それを、
部屋の中央にある大きなテーブルへ、
次々と積み上げていく。
「……」
本を読むにしては、
ずいぶん大きなテーブルだ。
その上に、
ミュルラスは、
巻かれた何かも持ってきた。
「ノエル」
「ん?」
「一応、
俺が知ってるだけの、魔界の地図だ」
紐を解く。
丸められた紙が、
するすると広がっていく。
大きい。
テーブルいっぱいに、
ぴったり収まった。
「なるほど」
ノエルは、
少し納得した。
「地図を見るために、
こんなに大きいんだ」
「ん?」
「このテーブル」
そこで、
ノエルは、首を傾げた。
「……あれ?」
塔に入ってきた時、
こんなに大きなテーブル、あったっけ。
ミュルラスを見る。
「……」
ふふ。
笑っている。
そして、
いつもの、得意そうな顔。
「……また作ったの?」
返事はない。
顔が、そうだと言っている。
ノエルは、
地図へ目を戻した。
広い。
想像していたより、ずっと。
山。
森。
川。
砂漠。
知らない文字で、
いくつもの場所が記されている。
「この辺りは?」
「行った」
「ここも?」
「行った」
「じゃあ、こっちは?」
「そこもだ」
「……ずいぶん行ってるね」
「まあな」
めぼしい場所には、
ほとんど行ったことがあるらしい。
行って、
何をしたのか。
それは、
聞かないことにした。
ミュルラスが、
地図の上を指でなぞる。
「この五十の国は、一度行ってる」
「五十……」
「門も作ってあるから、すぐ飛べる」
「瞬間移動?」
「ああ」
指が、今度は森へ動く。
「この印がついてる森と、
山と、砂漠も行ったことがある」
「じゃあ、ここも?」
「ああ。飛べる」
「でも……」
ノエルは、
何も印のない場所を指す。
「こういうところは?」
「無理だ」
「行ったことがないから?」
「ああ」
「じゃあ、
近くまで瞬間移動して、
そこから歩くってこと?」
「まあ、そうだな」
ミュルラスは、
少し考える。
「歩かなくても、
魔獣に乗ればいい」
「魔獣?」
「ああ」
「乗れるの?」
「乗れる」
少し間を置いて。
「魔鳥は、やめた方がいい」
「なんで?」
「まあ、そうだな」
ミュルラスが、
腕を組む。
「方角の感覚がない」
「……え?」
「一度乗ったら、
どこへ行くか分からん」
「ええええええ」
「魔獣は、知恵があるからな」
「知恵?」
「ああ。対価をやれば、
ちゃんと目的地まで連れていく」
「へえ」
「俺は、対価など一度もやったことはないがな」
「……」
ノエルは、
何も聞かなかった。
「で」
地図を見る。
「最初は、どうする?」
「そうだなあ」
ミュルラスが、
真剣な顔で考える。
「勇者としては――」
「勇者?」
「なんだ」
「……いや」
魔王が、勇者。
まあいい。
たぶん、
ドラクエの続きなんだろう。
「まずは、最初の村だな」
「最初の村?」
「ああ」
ミュルラスが、
魔王城の近くを指した。
「ここに、
小さな村がある」
「近いね」
「交易が盛んな村だ。
城で使うものも、かなりここから入ってくる」
「へえ」
「長老とは、八百年ほど前に話した」
「……八百年」
相変わらず、
時間の単位がおかしい。
「行くか?」
「いや、ちょっと待って」
ノエルは、
積まれた本を見る。
「まだ、いろいろ見たい」
「本?」
「うん」
ミュルラスが、
少し怪訝な顔をする。
「お前、魔界語が分かるのか?」
「え?」
ノエルは、
本を見る。
「これ、全部魔界語?」
「ああ」
「……」
一冊、
手に取る。
重い。
ため息をつきながら、開いた。
「えっと……」
ページをめくる。
そして、
手が止まった。
『交易村ヴァルネト』
読める。
その下にも、
文字が続いている。
魔王城から、
そう遠くない場所にある、
小さな交易村。
食料。
酒。
布。
城で使われるものの多くが、ここを通る。
「……あれ?」
「どうした」
「読める」
「何?」
ミュルラスが、
隣へ来る。
「お前、読めるのか?」
「うん」
もう一度、
文字を見る。
やっぱり、読める。
「なんでだろう」
「さあな」
ミュルラスは、
あまり驚いていない。
「読めるなら、
いいんじゃないか」
「そうなのかな……」
ノエルは、
もう一度、本を見る。
交易村 ヴァルネト。
「ここ、行ってみたい」
「ああ」
ミュルラスも、地図を見る。
「まずは、ここだな」
「うん」
「じゃあ、
お前が本を読めるなら」
ミュルラスが、
積み上がった本を見る。
「一応、全部持っていこう」
「全部?」
「全部だ」
その時。
ぐうううう。
「……」
ノエルは、
自分のお腹を見る。
ミュルラスも、見る。
「夕食にするか」
「……うん」
次の瞬間。
積み上がっていた本が、
消えた。
地図も。
全部。
そして、
大きなテーブルが、
みるみる縮んでいく。
「……」
最後には、
小さなテーブル。
その上に、
ぽつんと、ランプが一つ。
ノエルは、
しばらく見つめた。
「君って、すごい……」
ぽつりと呟く。
ミュルラスが、
ノエルの手首を掴んだ。
「食事だ!」
「え――」
目の前が、
暗くなった。
à suivre…
地図も。
本も。
行き先も決まった。
あとは、
夕食です。




