第38話 君なの?
六月。
久しぶりによく晴れた午後。
眠っている彼を見て、
ノエルは、ずっと昔のことを思い出します。
C’est toi ?
六月。
試験が近づいていた。
ノエルは、
朝から机に向かっていた。
PCには資料が開かれ、
ノートには、細かな文字と式が並んでいる。
気がつけば、午後になっていた。
「……」
静かだ。
ノエルは、顔を上げた。
さっきまで、
ゲームの音がしていた。
振り返る。
魔王は、
ソファで眠っていた。
コントローラーが、
床に落ちている。
「……寝てる」
久しぶりに、
よく晴れた午後だった。
開けた窓から、
初夏の風が入ってくる。
カーテンが、
ゆっくり揺れている。
窓の外では、
木々の葉が、光を弾いていた。
その光が、
ときどき、部屋の奥まで届く。
魔王の顔にも、
木漏れ日が落ちていた。
長い黒髪。
白い肌。
閉じた瞼。
長い睫毛が、
頬に細い影をつくっている。
「……」
ノエルは、
しばらく見ていた。
改めて見ると、
なんで、こんなに綺麗なんだろう。
不思議なくらい、
綺麗な人だった。
「……」
そのとき。
何かが、
胸の奥に引っかかった。
この感じ。
前にも、
あった気がする。
綺麗なものを見て、
どうしていいか分からないくらい、
わくわくしたこと。
いつだっけ。
「……」
光。
木漏れ日。
木の葉の音。
ずっと、昔。
ママンが亡くなって、
父と京都へ行った。
まだ、小さかったあの頃。
裏山の、
大きな古い木。
秘密基地にした、
あの空洞。
そこで見つけた、
魔法の絵本。
初めて開いたとき、
何も読めなかった。
知らない文字ばかりで、
ひとつも、意味が分からなかった。
でも、
絵だけは見ることができた。
「……絵」
ノエルは、
小さく呟いた。
そうだ。
あの絵。
綺麗なお兄さん。
子どものノエルは、
何度も、その頁を開いた。
とても、
綺麗だったから。
黒いマント。
少し横を向いた、
美しい顔。
意味の分からない本の中で、
その絵だけを、ずっと眺めていた。
「……」
ノエルは、
眠っている魔王を見る。
「あれ……?」
机の上には、
写本ノートがある。
そこに描いた、
子どもの頃の絵。
大きすぎる目。
妙に長い睫毛。
あまりにも、
下手な絵。
でも、
ノエルが描いたのとは、
違う。
あの頁にいた、
綺麗な人。
「……」
ノエルは、
立ち上がった。
静かに、
ソファへ近づく。
魔王は、
眠っている。
すぐそばまで行って、
顔を見る。
木漏れ日が、
また揺れた。
長い睫毛の影が、
頬の上で動く。
ノエルは、
息を止めた。
「……君なの?」
返事はない。
静かな寝息だけが、
聞こえる。
ノエルは、
魔王を見つめた。
そして、
昨日読めるようになった文字を、
思い出す。
Myrrhas
ミュルラス。
「ねえ……」
声が、
少し小さくなった。
「もしかして」
ノエルは、
眠っている魔王に、
そっと呼びかけた。
「君の名前が、ミュルラス?」
静かな午後。
魔王の、
長い睫毛が動いた。
ゆっくり、
瞼が開く。
金色の中に、赤を宿した瞳が、
まっすぐ、ノエルを見つめた。
「……今、なんと言った?」
Fin de la Saison II
À suivre dans la Saison III…
名前を探していた魔王と、
その名前を呼んだノエル。
物語は、ここからもう少し先へ。
Fin de la Saison II
À suivre dans la Saison III…




