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第14話 優しい光


久しぶりに開いた、

魔法のノート。


今夜は少しだけ、

昔覚えた魔法を使ってみます。


La douce lumière


「使えるよ」


ノエルが答えた。


魔王は漫画を閉じた。


「見せろ」


「今?」


「ああ」


そこで魔王は、ノエルの横に立つシュルを見た。


「……ところで」


「なに?」


「そいつはなんだ」


シュルの猫耳が、ぴくりと動いた。


「そいつ、とは失礼でございますね」


「猫か?」


「違います」


「では何だ」


「護持者でございます」


魔王はシュルを上から下まで見る。


「……猫ではないのか」


「違います」


「耳があるぞ」


「ございますね」


「尻尾も――」


「魔法、見るんじゃなかったの?」


ノエルが止めた。

その横では、

シュルがじっとこちらを見ている。


「僕、試験前なんだけど」


「少しくらいよろしいでしょう、ぼっちゃま」


「シュルまで……」


ノエルは、

閉じたPCを見た。


充電器は大学。

どうせ今日は、もう使えない。


ノエルは椅子の背にもたれた。

どうやら逃げられそうにない。


「少しだけね」


ノエルは片手を開いた。


目を閉じる。

久しぶりだった。


あの日。

森の奥で、

一匹の白い蝶を追いかけた。


木漏れ日の中で、

蝶が静かに羽ばたいていた。


そのたびに、

羽から零れるような光の粒が、

空中を漂っていた。


ノエルは、その光を思い出す。


掌の上に、小さな光が生まれた。

淡く、柔らかな光。


部屋の中が、ほんの少し明るくなる。


「ちゃんと覚えておいでですね」


シュルが満足そうに頷いた。


「これくらいはね」


魔王は何も言わなかった。


じっと、ノエルの掌を見ている。

さっきまで漫画を読んでいたときとは、

少し違う顔だった。


「……なに?」


魔王は光のそばへ手を伸ばした。


触れることはせず、指先を近づける。


「妙な魔法だな」


「そう?」


「攻撃には使わないのか」


ノエルは瞬きをした。


「なんで?」


魔王が顔を上げる。


「光だぞ」


「うん」


「集めれば焼ける。収束させれば切れる。目を潰すこともできる」


「……しないよ」


「なぜだ」


「そういう魔法じゃないから」


魔王は、

もう一度その光を見た。


「では、何に使う」


ノエルも自分の掌を見る。


小さな光は、静かに揺れている。


「暗いところを、明るくするとか」


「それだけか」


「それだけでいいんじゃない?」


魔王は黙った。

金色の瞳に、小さな光が映っている。

しばらくして、魔王が呟いた。


「……妙だな」


「何が?」


返事はなかった。


魔王は、まだ光を見ていた。

やがて、視線が机の上へ移る。


ノエルのPC。


「それ」


「ん?」


「さっき、使えなくなると言っていたな」


「充電が切れるからね」


「電気というものが必要なんだろう」


「そうだけど」


魔王は、ノエルの掌を指した。


「これを使えばいい」


「……これ?」


ノエルは光を見る。


「どうやって?」


魔王が、ノエルの隣まで来た。


「光を出すな」


「え?」


「出そうとするから、光になる」


「じゃあ、どうすればいいの?」


「流せ」


「どこに?」


「まずは指先だ」


ノエルは掌の光を見る。


集めるのではなく、流す。

そう意識してみる。


光が、わずかに揺れた。


「違う」


「難しいよ」


「考えすぎだ」


「久しぶりなんだから仕方ないでしょ」


「魔法は考えて使うものではない」


「じゃあ、何で使うの」


魔王は少し考えた。


「知っているものを、呼ぶ」


ノエルの動きが止まった。


知っているものを、呼ぶ。

なぜか、その言葉だけが耳に残った。


「もう一度だ」


ノエルは目を閉じる。

光ではなく。

流れるもの。

目には見えないけれど、確かにそこにあるもの。


意識を、ゆっくりと指先へ移す。


ぱち。


小さな火花が散った。


「わっ」


ノエルが手を引いた。


魔王が笑った。


「できたではないか」


「今の、電気?」


「似たものだ」


シュルの耳が、嬉しそうに立った。


「さすがでございます、ぼっちゃま」


「まだ何もできてないよ」


ノエルは、もう一度指先を見る。


「これ、PCに直接やったら壊れない?」


魔王が黙った。

シュルも黙った。


「……」


「……」


ノエルはPCを、そっと自分の方へ引き寄せた。


「やめよう」


「なぜだ」


「壊したくないから」


「直せばいい」


「君、PC直せるの?」


「知らん」


「じゃあ駄目」


シュルが、小さく咳払いをした。


「本日のところは、ここまでになさってはいかがでしょう」


「そうする」


ノエルは即答した。


掌に残っていた光が、静かに消える。


シュルは写本ノートのそばへ戻った。


けれど、魔王だけは動かなかった。

何もなくなった、ノエルの掌を見ている。


「どうしたの?」


魔王は、ゆっくり顔を上げた。


「その魔法」


「光の魔法?」


「ああ」


少し間があった。


「どこで覚えた?」


「子どもの頃。京都で」


魔王は、

もう一度だけノエルの手を見る。


「.....そうか」


それ以上は訊かなかった。


ソファへ戻り、

さっきまで読んでいた漫画を開く。


しばらくして。


「ノエル」


「なに?」


「告白ってなんだ?」


ノエルの手が止まった。


à suivre…



同じ魔法でも、

使い方はひとつではないようです。


そして魔王は、

また新しい言葉を見つけました。

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