第3話 白い蝶
今日は、
小さなお客様がやってきます。
Le Papillon Blanc
夏休み。
裏山へ行こうとすると、
お手伝いさんのマイさんが、冷たい麦茶の入った水筒を肩に掛けてくれた。
リュックには、クロワッサンに卵を挟んだサンドイッチ。
りんごとバナナは食べやすい大きさに切って、小さなタッパに入れてある。
保冷剤まで添えて、水玉模様のバンダナで優しく包んでくれていた。
「ノエル、帽子かぶっていって。」
そう言って、麦わら帽子をそっと頭にのせてくれる。
「いってきます。」
ノエルは笑顔で手を振り、裏山へ向かった。
森へ入ると、町の暑さが少しだけ遠くなる。
風が木々の間をゆっくりと通り抜けていく。
時々、冷たい麦茶をひと口飲みながら、秘密基地を目指した。
蝉の声が、森いっぱいに響いていた。
その時、一匹の白い小さな蝶が、ひらひらと目の前を横切る。
秘密基地の入り口に、とまった。
ノエルは、そっと人差し指を差し出す。
蝶は驚くこともなく、ふわりと指先へ舞い降りた。
そっと顔を近づける。
風に乗って、甘い香りがした。
蝶の匂いではない。
どこかの花の香り。
羽に残っていたのだろうか。
「ぼくの秘密の場所は、内緒だよ。」
そう話しかけると、蝶はまた静かに空へ舞い上がっていった。
秘密基地へ入る。
麦茶をひと口飲む。
りんごを一切れ口に運ぶと、甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がった。
ノエルは、いつものように例の本を手に取る。
最初のページ。
今日も、読めない文字が並んでいた。
文字というより、美しい模様のようにも見える。
リュックからノートを取り出し、鉛筆を持つ。
その形を、一文字ずつ丁寧に写していく。
ゆっくり。
間違えないように。
ページには、大きな文字がひとつ。
その下には絵。
さらに、小さな文字が続いている。
今日は、大きな文字だけを書き写した。
それから、絵をじっと見つめる。
尖った三角のようなものが描かれている。
何だろう。
それも真似して、ノートへ描いてみた。
描き終えた、そのとき。
森の奥から、ふわりと涼しい風が吹いた。
木の葉が、さわさわと揺れる。
ノエルは顔を上げて、森を見渡した。
誰もいない。
でも、なんとなく嬉しくなった。
日本へ来てから、
毎日が新しかった。
初めて見る景色。
初めて聞く言葉。
そして何より、
この森の匂いがする秘密基地は、ノエルの心を静かに包んでくれる。
毎日、一つずつ写していこう。
ノエルはそう決めた。
本をそっと閉じる。
その本は、森と同じ匂いがした。
秘密基地の入り口では、
白い小さな蝶が、まだひらひらと舞っていた。
つづく
また、
白い蝶を探しにきてください。




