第8話 古いワイン
クリスマスの夜は、まだ続きます。
今度は、
少し古いワインのお話です。
Le vieux vin
ノエルは、ケーキを食べていた。
チョコレートのブッシュ・ド・ノエル。
切り株の形をしたケーキを、
フォークで少しずつ崩していく。
その横では、
魔王とエティエンヌが二本目のワインを開けようとしていた。
「君のためにとっておきを開けよう。」
エティエンヌが立ち上がった。
しばらくして、
一本の古い瓶を大切そうに抱えて戻ってくる。
「久しぶりだな。」
ラベルを眺めながら、指先で埃を払う。
「こうやって、大事な友達と美味しいワインを飲めるのは――」
魔王が顔を上げた。
大事な友達。
「いいものだね。」
エティエンヌはもう、
瓶の栓を見ていた。
魔王は何も言わなかった。
テーブルには、
バゲットと、いくつかのチーズが並んでいる。
白いもの。
淡い黄色のもの。
灰色がかった皮に包まれたもの。
魔王は興味深そうに眺めた。
「これは?」
「シェーヴル。ヤギのチーズ。」
ノエルが言った。
「ヤギ。」
「こっちはコンテ。それから――」
ノエルが、ひとつずつ教えていく。
魔王は言われた通り、バゲットと一緒に食べてみた。
少し酸っぱい。
次のものは、噛むほどに香りが広がった。
同じチーズというものなのに、
どれも違う。
「ほう……。」
またひとつ取る。
「これも奥が深いな。」
「気に入った?」
「ああ。」
魔王はチーズを見ながら言った。
「魔界では、
こんなに手をかけて食べ物を用意することはなかった。」
エティエンヌの手が止まった。
「魔界?」
「ああ。」
魔王は普通に答えた。
エティエンヌは少し考える。
「じゃあ、君は魔界の王子なのか?」
「いや。」
魔王はチーズを一口食べた。
「魔王だ。」
「魔王?」
「ああ。」
エティエンヌは、少し考えた。
「なるほど。」
ノエルが父を見る。
「パパ、納得するの?」
「だって、魔王だって。」
「そうだけど。」
「本人が言ってるし。」
ノエルはしばらく黙って、
またケーキを食べ始めた。
エティエンヌは、古い瓶の栓を抜いた。
ワインを、ゆっくりグラスへ注ぐ。
深い赤だった。
さっきまで飲んでいたものより、
わずかに褐色を帯びている。
魔王はグラスを近づけ、香りを確かめた。
「……いい匂いだ。」
「だろ?」
エティエンヌが嬉しそうに笑った。
「君のために開けたんだ。」
魔王は、グラスから顔を上げた。
「俺のために?」
「うん。」
エティエンヌは、自分のグラスにも注いだ。
「美味しいものは、
一人で飲むより、誰かと飲んだ方がいいからね。」
魔王は、手の中の赤い液体を見た。
二千年という時間なら、
自分も知っている。
けれど、
誰かのために取っておいた時間というものを、
魔王は知らなかった。
グラスを傾ける。
ゆっくり、一口。
葡萄だけではない。
木。
乾いた果実。
遠い土の匂い。
そして、
何か古い時間のようなもの。
しばらく、何も言わなかった。
「どう?」
魔王はワインを見た。
「……うまい。」
エティエンヌが笑った。
「よかった。」
二人は、
もう一度グラスを合わせた。
小さな音がした。
à suivre…
長い時間を生きていても、
知らない時間があるようです。
次回、もう少しだけ夜が続きます。




