第7話 クリスマスと古の友
クリスマスの食卓へ。
彼にとっては、
知らない味ばかりです。
Noël et l’ami des temps anciens
キッチンから、
エティエンヌの声がした。
「À table !」
それと一緒に、
さっきから家の中を満たしていた香りが、
いっそう濃くなる。
焼いた鶏。
バター。
香草。
どこかに、柑橘の匂いも混じっている。
ノエルと魔王は、食卓についた。
目の前には、
白い皿がいくつも並んでいた。
冷たいもの。
湯気を立てているもの。
小さく美しく盛られたもの。
その中央で、
焼き上がった大きな鶏が、金色の皮を光らせている。
魔王がそれを見ていると、
ポン!
乾いた音がした。
魔王の肩が、わずかに動く。
「Joyeux Noël !」
エティエンヌが笑っていた。
開けたばかりのボトルから、
細かな泡の立つ飲み物を、三つのグラスへ注いでいく。
今夜の最初の一杯は、
シャンパーニュの造り手が作ったアルコールフリーのものだった。
ノエルもグラスを取る。
「それじゃあ」
エティエンヌが二人を見る。
「クリスマスと――ノエルの新しい友達に。乾杯!」
「乾杯」
ノエルがグラスを上げた。
魔王も、少し遅れて真似をする。
三つのグラスが触れた。
澄んだ音がした。
魔王は、まず目の前の白い皿を見た。
薄く切られた帆立に、
黄色い皮がわずかに散っている。
何なのかは分からない。
とりあえず、口に入れた。
冷たい。
そのあとから、
海の味がした。
遠くで、柑橘の香りがほどける。
「……。」
もう一枚、取った。
次は、スープだった。
淡い色のスープを、
匙ですくう。
温かい。
栗だった。
魔界にも栗はあった。
けれど、
こんなふうに食べたことはない。
甘さの奥に、
葱とバターの香りがある。
知っているはずのものが、
まるで知らないものになっていた。
魔王はもう一度、匙を沈めた。
食卓の中央の鶏を、
エティエンヌが切り分ける。
皿に置かれた一切れを、
魔王は口へ運んだ。
ぱり、と皮が砕けた。
中は驚くほど柔らかい。
蜂蜜の甘さ。
香草。
そのあとに、
香ばしい塩気が残る。
魔王は黙って食べた。
「もう少しいる?」
エティエンヌが訊いた。
「ああ」
すぐに答えた。
皿の隅には、
黄色いものがあった。
魔王はそれも食べてみる。
柔らかい。
噛むと、
何か淡い味がした。
強くない。
甘くも、辛くもない。
なのに、妙に気になる。
もう一切れ取った。
向かいにいたノエルが、それを見ている。
「それ、好き?」
魔王は手を止めた。
「……まだ分からない」
そう言って、
三切れ目を取った。
ノエルが、少し笑った。
そのとき、
エティエンヌが一本の瓶を持ってきた。
「さて」
深い色の瓶をテーブルに置く。
「そういえば、君はいくつ?」
「俺か?」
「ワインを出していい歳なのかなと思って。」
「当たり前だ。」
「いくつ?」
「もう二千年は生きている。」
エティエンヌの手が止まった。
ノエルも止まった。
「……」
「……」
魔王だけが、普通に座っている。
「二千年?」
エティエンヌが訊いた。
「ああ」
ノエルが魔王を見る。
その視線に気づいて、
魔王もノエルを見る。
「なんだ」
「いや」
ノエルは少し考えた。
「二千年、生きてるんだ」
「ああ。おそらくな」
「おそらく?」
「正確には覚えていない」
エティエンヌが、ゆっくり瓶を置いた。
「……ノエル」
「なに?」
「ずいぶん年上の友達ができたんだね」
「うん。僕も今知った」
魔王は眉を寄せた。
「そんなに違うか?」
ノエルは魔王を見た。
見た目だけなら、
自分とそれほど変わらない。
「……かなり」
「そうか」
魔王は、それ以上気にしなかった。
エティエンヌはしばらく魔王を見ていたが、
やがて何事もなかったように栓を抜いた。
「まあ、二千歳なら問題ないね」
「ああ」
グラスに赤が注がれていく。
向かいでは、
ノエルにもよく似た赤が注がれていた。
魔王が眉を寄せる。
「お前のはなんだ?」
「僕のは葡萄ジュース」
「葡萄ジュース?」
「うん」
魔王は二つのグラスを見比べた。
ほとんど同じ色をしている。
「紛らわしいな」
「そう?」
ノエルは気にする様子もなく、
自分のグラスを口に運んだ。
魔王も、赤い液体を一口含んだ。
さっきの泡の立つ飲み物とは、
まるで違った。
葡萄の香り。
その奥に、
木と、土と、
わずかな苦みがある。
すぐには飲み込まず、
舌の上に残るものを確かめる。
不思議な酒だった。
甘いわけではない。
強いわけでもない。
それなのに、
飲み込んだあとにも、何かが残っている。
魔王はグラスを見た。
「……人間は」
「うん?」
「葡萄に、ずいぶん手間をかけるんだな」
一瞬のあと、
エティエンヌが笑った。
「そうだね。何年もかけたりする」
「何年?」
「もっと長いものもあるよ」
魔王はもう一度、
赤い液体を見る。
人間の一生は短い。
なのに、
ずいぶん時間のかかるものを作る。
二千年生きてきた魔王には、
それが少し不思議だった。
もう一口飲む。
今度は、
最初よりも葡萄の香りがよく分かった。
「気に入った?」
エティエンヌが訊いた。
「悪くない」
「もう少しいる?」
魔王はグラスを差し出した。
「ああ」
エティエンヌが静かに注ぐ。
赤い水面が、
クリスマスの灯りを映して揺れた。
その向こうで、
ノエルも葡萄ジュースを飲んでいる。
同じ葡萄から、
違うものができるらしい。
魔王はそれも、
少し面白いと思った。
魔王は、もう一度グラスを差し出した。
ノエルがそれを見て、
少し笑った。
「気に入ったんだ。」
魔王は、
わずかに顔を背けた。
「……飲んでやってもいい。」
à suivre…
人間界で、
またひとつ気に入ったものが増えたようです。
次回も、クリスマスの夜が続きます。




