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第6話 初めてのパリ


今日は、二人でパリへ。


Premiers pas à Paris


十二月の朝。

二人は、ベルサイユを出た。


駅のホームに、

冷たい風が吹いている。

遠くから鉄の音が近づいてきた。


電車が入ってくる。


彼は、

じっと見ていた。


「電車、初めて?」


「ああ。」


扉が開く。


彼は中を覗いた。


「これに乗るのか。」


「うん。」


「パリまで?」


「そう。」


二人は階段を上がり、二階席へ行った。

ノエルは、彼を窓側に座らせた。


電車が動き出す。


彼は、窓の外を見ている。

ベルサイユの街が、ゆっくり後ろへ流れていく。


屋根。

葉を落とした木々。

冬の庭。


やがて、家が増えていく。


「……。」


ひとつの街が少しずつ遠ざかり、

知らない街が、少しずつ近づいてくる。

そのあいだにも、景色がある。


彼は、流れていく冬の街を見ていた。


「君のところには、電車なかったの?」


「ああ。」


「どうやって移動するの?」


「みんな瞬間移動できるしな。」


「……。」


ノエルは彼を見る。


「瞬間移動?」


「人間はできないのか。」


「できないよ。」


「そうか。」


次の瞬間。

隣の席が、空っぽになった。


「……え?」


ノエルは、周りを見る。


「君?」


数秒後。

何事もなかったように、彼が隣に座っていた。


「……。」


その手に、見覚えのあるものがある。

白いマグカップ。


「それ。」


「なんだ。」


「僕の家のじゃない?」


「ああ。」


彼は、マグカップを見た。


「ついでに持ってきた。」


「……今、ベルサイユに戻ったの?」


「ああ。」


「これが瞬間移動?」


「そうだ。」


彼は、少し得意そうに笑った。


「どうだ。すごいだろ。」


「すごい。」


「俺は魔界で一番速いんだ。」


「へえ。」


ノエルは、マグカップを見る。


それから笑った。


「君、すごいな。」


「そうだろ。」


彼は満足そうに、また窓の外を見た。


しばらくすると、景色が暗くなった。


窓に、二人の姿が映る。


「なんだ。」


「地下に入ったんだよ。」


「地下?」


「もうすぐ着く。」


電車が、ゆっくり速度を落とした。


「さあ、着いたよ。」


Saint-Michel–Notre-Dame。

二人は、人の流れに混じって駅を出た。


外は、昼を過ぎても薄暗かった。

冬の雲が、

パリの空を覆っている。


人が行き交う。

車が走る。


古い石の建物の一階には、

明るい店の窓が続いていた。


リボンのついた紙袋を抱えた人。

足早に通り過ぎる人。


立ち止まり、

スマートフォンを空へ向ける人。


その真ん中で、

彼は突然、足を止めた。


「……。」


大きく息を吸う。


「すごい匂いがするな。」


「匂い?」


「ああ。」


もう一度、

ゆっくり息を吸う。


「人間の匂い。」


少し向こうを見る。


「食べ物の匂い。」


足元を見る。

雨の名残が、

古い石畳を濡らしている。


「濡れた石。」


パンを焼く匂い。

どこかから流れてくる香水。

車の残した匂い。


冬の湿った空気。


どれも知らない匂いだった。

それなのに、ひとつの街の中で混ざり合っている。


そして、顔を上げた。


「……面白いな。」


ノエルは、少し笑った。


そのとき。

彼が、向こうを指した。


「あれはなんだ。」


「ノートルダム。」


「ノートルダム?」


「城か?」


「大聖堂。」


「誰が住んでいる。」


「誰も住んでないよ。」


「……。」


彼は、

しばらく見上げていた。


足元を、

灰色の鳩が歩いていく。


「あれは?」


「鳩。」


「食えるのか。」


「食べないよ。」


「なぜだ。」


「街の鳩だから。」


彼は、

鳩をじっと見た。


「呪いでもかかっているのか。」


ノエルも鳩を見る。


「……そうかもしれない。」


「やはりな。」


通りには、

小さな光がいくつも灯っていた。


「あれは?」


「イルミネーション。」


「結界魔法か。」


「違うよ。」


彼は、

光を見上げた。


「魔法でなければなんだ?」


「飾りだよ。」


「綺麗でしょ?」


「綺麗?」


ノエルは、

光を見上げた。


「見てると、いいなって思うもの。」


「……。」


彼も、

見上げる。


金色の光が、

冬の通りの向こうまで続いている。


「……ふーん。」


今度は、

もみの木の枝を抱えた人が通った。


「あれは?」


「クリスマスツリー。」


「まじないか?」


「違うよ。」


「儀式?」


「それも違う。」


「何をする。」


「家で飾るの。」


「なぜだ。」


「綺麗だから。」


「……また綺麗か。」


「うん。」


「人間はよく分からんな。」



それからも、

彼は何度も足を止めた。


歩けば三十分ほどの父の家まで、

一時間近くかかった。


マレ地区。

大通りを離れると、街の音が少し遠くなった。


細い路地。

冬の光。

古い壁。


午後の薄い光が、

石の壁に残っている。


窓辺には、小さな鉢植えが並んでいた。


ノエルは、

ひとつの建物の前で立ち止まった。


「ここ。」


彼は、建物を見上げた。


「ここにパパがいるのか。」


「うん。」


重たい扉を開く。


その向こうに、小さな中庭があった。


石畳を渡り、

正面の建物へ向かう。


ノエルは、

インターフォンを押した。


ジー。


彼が、そちらを見る。


「なんだ、これは。」


「扉を開けてっていう合図。」


「ほう。」


カチャ。


鍵の外れる音。

彼が、扉を見る。


「勝手に開いた。」


「パパが開けたんだよ。」


ノエルが扉を押す。


その瞬間。

温かな空気と一緒に、

香ばしい匂いが廊下まで流れてきた。


鶏の焼ける匂い。

彼が、ぴたりと止まる。


「……。」


奥から、

父の声がした。


「おかえり。今、手が離せないから、先に入ってて。」


「ただいま。」


ノエルは靴を脱ぐ。


彼はまだ、奥を見ている。


そして、

もう一度、匂いを嗅いだ。


「……チキン。」


ノエルは笑った。


「うん。チキン。」


彼は、

少しだけ早足で、

ノエルのあとについてきた。


à suivre…



どうやら、チキンは気に入ったようです。

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