第4話 人間界征服の準備
どうやら、もう少し人間界にいるようです。
Préparatifs pour la conquête du monde des humains
雨の日からだったか。
城へ帰るのが面倒で、
そのまま人間界にいる。
別に、
何かあるわけではない。
ただ。
あの匂い。
ノエルとかいう人間からする、
懐かしい匂い。
何の匂いなのか、
まだ分からない。
どこで知ったのかも、
思い出せない。
まあ、いい。
もう少し、
様子を見てみよう。
昔、
よく言われた気がする。
――注意深くですぞ、若様。
「……。」
ジイ。
誰だっけ。
思い出せない。
まあ、いい。
それにしても。
人間の家は、
狭い。
寝ていれば、
ノエルにぶつかる。
廊下ですれ違えば、
どちらかが避けなければならない。
家を出るときも、
ひとりずつ扉を通る。
面倒だ。
だから魔王は、
いつも窓を使う。
そのたびに、
「君、危ないよ。」
と、ノエルが言う。
危ない。
この俺様に。
二千年生きてきて、
そんなことを言われた記憶はない。
最初は、
何を言っているのかと思った。
今も、
よく分からない。
けれど。
今日も窓から出るとき、
言われた。
「気をつけてね。」
「……。」
変な人間だ。
そのノエルは今、
大学とかいうところにいる。
人間は、
ずいぶん長い時間をかけて勉強する。
講義。
実習。
そのあと、
必ず図書館へ行く。
今日も、
本を読んでいる。
魔王は、
窓の外の木に座っていた。
太い枝。
背中を幹に預ける。
ガラスの向こう。
ノエルは、
こちらに気づかない。
本を読んでいる。
ページをめくる。
何かを書く。
また読む。
「……。」
暇だ。
風が、
黒い髪を揺らす。
まだ読んでいる。
「……。」
ノエル、
早く終わらないかな。
そういえば。
この前、
ノエルの服を真似してみた。
いつも簡単な服を着ている。
白いシャツ。
細いズボン。
人間界では、
ああいうものを着るらしい。
店へ行った。
似たようなものを見つけた。
着た。
鏡を見る。
まあ、
悪くない。
そのまま帰ろうとした。
すると、
店の人間が追いかけてきた。
金を払え、
と言われた。
「……。」
面倒だった。
城なら、
欲しいものを持っていっても、
誰も何も言わない。
人間界では、
そうではないらしい。
ノエルには、
まだ言っていない。
言ったら、
たぶん。
「君、それはだめだよ。」
と言う。
なぜか、
声まで想像できた。
「……。」
魔王は、
もう一度ガラスの向こうを見る。
まだ読んでいる。
まあ、いい。
もう少し、
この世界を調べる必要がある。
人間が何を食べるのか。
何を着るのか。
どうやって暮らしているのか。
注意深く。
そうだ。
これは、
調査だ。
いずれ、
人間界を征服するときに必要になる。
魔王は、
ひとり頷いた。
だから、
まだここにいよう。
「……。」
今日の夜は、
何を作るんだろう。
昨日の肉は、
うまかった。
牛。
ノエルは、
そう言っていた。
柔らかくて。
温かくて。
いい匂いがした。
噛まずに飲み込めそうな肉など、
初めてだった。
「……。」
なぜか、
ノエルの顔が浮かんだ。
「なんでだ。」
魔王は眉を寄せた。
そして、
ガラスの向こうを見る。
目が合った。
「……。」
ノエルが、
こちらを見ている。
そのまま、
にっこり笑った。
「……。」
胸のあたりが、
変だった。
なんだ、これ。
魔王は、
すぐに顔を背けた。
「ふん。」
風が、
枝の葉を揺らしている。
しばらくして。
少しだけ、
顔を戻す。
そっと、
ガラスの向こうを見る。
ノエルはもう、
本を読んでいた。
「……。」
魔王は、
もう少しだけ、
そこにいることにした。
à suivre…
人間界征服には、まだ時間がかかりそうです。




