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第23話 命の魔法


十五歳になったノエルへ、

二つの贈り物が届きます。



La magie de la vie


十五歳の誕生日。

夕食を終えると、父が静かに口を開いた。


「今日は、お前に渡したいものが二つある。」


小さな木箱が、テーブルの上に置かれる。


開けると、

小さな香水瓶と一つの指輪が入っていた。


「これは、お前が生まれた日に、ママンが調合した香りだ。」


父は香水瓶をそっと手に取る。


小瓶には、少し褪せた文字で、


Noël


と手書きのラベルが貼られていた。


「そして、この指輪は代々受け継がれてきたものだ。

十五歳になったら渡すと決めていた。」


ノエルは静かに指輪を手に取った。


淡く透き通る石。


桃色のようでもあり、

紫のようでもあり、

朝焼けのようでもあり、

夕暮れのようでもある。


言葉にできない、不思議な色だった。


左手の中指にはめてみる。


その瞬間、

記憶の奥で、母の左手が浮かんだ。


幼い頃。

手をつないで歩いた日のこと。


あの日も、

母の左手の中指には、

この指輪があった気がする。


父が静かに言う。


「もう十年になるな……。」


その声には、

ようやく母のものへ触れられるようになった時間が滲んでいた。


ノエルは父を見つめる。


「ねえ、パパ。」


「これ……しばらくパパが持っていて。」


「ママンと一緒に、僕を見守って。」


父は少し笑って首を振った。


「いや。」


「これは、もうお前のものだ。」


「パパはな。」


「ノエルの中にママンが生きている。」


「だから、お前が元気でいてくれるだけで十分だ。」


そう言って、

そっと抱きしめた。


「誕生日、おめでとう。」


「ママンも祝ってくれてるよ。」



部屋へ戻る。


机の灯りの下で、

ノエルは指輪を眺めた。


「パパラチア……。」


母のメモにそう書かれていた。


調べてみる。


蓮の花の色。

シンハラ語に由来する名前。


なるほど。

だからこんな曖昧な色なんだ。


桃色とも違う。

紫とも違う。

空の色にも似ている。


宝石は、

人が生まれる、

ずっとずっと前から、

地の奥で眠っていた。


木よりも。

動物よりも。

人よりも。


長い時間を、

石は知っている。


ノエルは、

石の中に流れる、

静かな時間へ耳を澄ませた。



今度は香水瓶を開ける。

ふわりと香りが立つ。


知っている。


でも、

今まで嗅いだことのない香りも混ざっている。


古木。

絵本。


あの洞の匂いに似ている。

気のせいかな。


手首へ一滴。


目を閉じる。


机の上には、

父と母と三人で写った写真。


五歳の誕生日。


コルマール。


笑っている三人。


その時だった。


遠い記憶が、

香りと一緒によみがえる。


母が静かに言っていた。


「L’accueil…」


「一番大切なのは、迎え入れることなの。」


父が笑っていた。


母の頬へ、

そっと口づける。


意味は分からなかった。


僕も笑った。


でも、

今なら分かる気がした。


失ったものも。

傷ついたものも。

変えることのできないものも。

そのまま、迎え入れる。


母は、

そんなところまで届く香りを、

作ろうとしていたのかもしれない。


考えているうちに、

瞼が重くなる。


ベッドへ横になる。


手首の香りをもう一度嗅いだ。


「ママンがくれた……

僕の命だ。」



花が揺れている。

風が吹く。


あの香り。


ママン……


違う。


黒い衣。

長い黒髪。

あの、美しい人。


青年は何も言わず、

ノエルの手首を静かに見つめた。


香りだけが、

少し濃くなる。


花の向こうへ、

その姿は消えていった。



ハッと目を覚ます。


夢……


だったのかな。


何気なく手首を見る。


そこに、

淡く光る文字が浮かんでいた。


アクイイール


つづく



アクイイール。

まだ、知らない言葉です。

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