第22話 シエル、シェラン
昨日の夜、
星から聞こえた言葉は――。
Ciel, Cheran
キャンプから帰ると、
ノエルは真っ先に自分の部屋へ向かった。
机の上に置いたままのノートを開く。
昨日まで読めなかった文字が、
淡い光を放っていた。
シエル、シェラン。
星の魔法。
その下には、小さな文字が並んでいた。
――星の声を聞く。
――遠い時間とつながる。
――帰る場所を示す。
小さな光が集まり始めた。
光は少しずつ人の姿になり、
シュルが、いつものように深く一礼する。
「ぼっちゃま、おめでとうございます。」
「星の魔法を習得されましたね。」
ノエルは思わず笑顔になる。
「ありがとう、シュル。」
シュルも優しく微笑んだ。
早く古木へ行きたくなった。
急いでシャワーを浴びる。
リビングへ降りると、父が原稿を書いていた。
「森へ行ってくるね。
夕飯までには帰るから。」
「分かった。」
父は軽く手を振った。
森は少しずつ秋色へ変わり始めていた。
古木の洞へ入る。
絵本を開く。
「シエル、シェラン。」
静かに唱える。
ふわりと本が光った。
黒いマントの青年が描かれたページから、小さな光の粒が舞い上がる。
挿絵の星々が、まるで夜空のように輝き始めた。
「すごい……。」
胸の奥から嬉しさが込み上げる。
星の声か……。
悠くんが知ったら、きっと喜ぶだろうな。
悠くんにも、この魔法が使えたらいいのに。
そんなことを思いながら、古木を出る。
夕暮れは深まり、
空は紫色へと染まり始めていた。
その時だった。
西の空に、
ひときわ明るく輝く星が現れた。
「ポラリスじゃない……。」
ポラリスより、ずっと明るい
ノエルは、そっと呟く。
「シエル、シェラン。」
光が少しだけ近づいたような気がした。
その星が、
ほんの少しだけ大きく見える。
「あの星……
何ていう星なんだろう。
悠くんなら、きっと知ってるよね。」
その時だった。
「宵の明星だよ。」
悠の声が聞こえた気がした。
「え?」
振り返る。
誰もいない。
風が木々を揺らしているだけだった。
もう一度耳を澄ませても、
声は聞こえなかった。
気のせいだったのかもしれない。
でも、もしかしたら……
悠くんも今、
同じ星を見ていたのかもしれない。
急いで森を抜け、
夕食の時間に家へ戻る。
今日の夕食は、
野菜がたっぷり入ったカレーだった。
肉は鹿。
父が最近凝っているジビエ料理らしい。
「さっき、大きな星を見たんだ。」
ノエルが言うと、
父は少し嬉しそうに顔を上げた。
「金星だな。」
「金星?」
「夕方、西の空に見える時は、『宵の明星』とも呼ばれる。」
父は少し考えてから続けた。
「どんな空だった?
雲は?
色は?」
始まった。
取材だ。
最近、父が書いている小説の主人公は料理好きの探偵。
小さい頃は気付かなかったけれど、
父の小説の主人公は、
いつも父自身が体験したことを、少しずつ映している。
来月号では、
きっと主人公も、
ジビエのカレーを食べたあと、
宵の明星を見上げるんだろうな。
ノエルは、くすっと笑った。
本当は、
マイさんのカレーの方が好きなんだけれど。
もう一口。
父のカレーは、
今日も少しだけ研究中の味だった。
でも、
父の優しい味がした。
つづく
今日も、
夕飯までには帰れました。




