第21話 Polaris
今日は、
ノエルに新しい友達ができます。
La voix des étoiles
この秋。
ノエルは二度目の飛び級をした。
もう驚く者はいなかった。
数学や物理の国際大会で結果を残し、
ノエルの名前は学校でもよく知られるようになっていた。
新しいクラスで最初に話しかけてきたのは、
一つ年上の御影悠だった。
悠もまた、一度飛び級をしていた。
国際天文学オリンピックで三位に入賞した少年だった。
「ノエル?」
「うん。」
「数学オリンピック、見たよ。」
ノエルは少し照れながら笑う。
「悠くんも、天文学オリンピックで三位だったよね。」
「覚えててくれたんだ。」
「もちろん。」
それだけだった。
その日から二人は、自然と名前で呼び合うようになった。
そして迎えた最初の林間学校。
同じ班。
同じテント。
秋の空は、高く澄んでいた。
林間学校二日目の夜。
先生の合図で、キャンプ場の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。
「今日は星がきれいですよ。」
子どもたちは芝生に寝転び、一斉に夜空を見上げた。
ノエルの隣には、御影悠がいる。
「見える?」
悠が静かに指を伸ばした。
「あれが北極星。ポラリス。」
ノエルは目を凝らす。
「思ったより目立たないね。」
悠は少し笑った。
「一番明るい星じゃないから。」
「そうなんだ。」
「でもね、昔から旅人は迷ったら、この星を探したんだ。帰る場所を教えてくれる星なんだよ。」
ノエルはもう一度、ポラリスを見つめた。
小さな光だった。
それでも、
そこだけが静かに夜空を見守っているように見えた。
風がすすきを揺らしていく。
「悠くんは、将来、何がしたいの?」
「僕?」
悠は夜空から目を離さないまま答えた。
「あの星に行きたい。」
「ポラリス?」
「うん。」
少し照れたように笑う。
「パリで天文学を勉強して、いつかもっと星の近くへ行きたい。」
「どうしてパリなの?」
「……昔から決めてたんだ。」
それ以上は話さなかった。
ノエルも聞かなかった。
少し沈黙が流れる。
「ノエルは?」
「僕はね。」
夜風を胸いっぱい吸い込む。
「誰かのことを思い出せる香りを作りたい。」
悠は小さく頷いた。
「ノエルらしい。」
二人は並んで星を見上げた。
それだけで十分だった。
夜も更け、
みんながテントへ戻ると、
やがて寝息だけが聞こえる静かな時間になった。
ノエルはそっと目を開ける。
誰も起きていない。
寝袋から静かに抜け出し、
音を立てないよう外へ出た。
山は昼とはまるで違う顔をしていた。
冷たい空気。
虫の声。
そして、どこまでも続く星空。
ノエルはもう一度、ポラリスを探す。
「あれかな……。」
こんなふうに夜空を眺めたことは、一度もなかった。
空は、こんなにも広い。
星は、こんなにもたくさんある。
光り輝く星。
あんな遠くにあるのに、
どうしてここまで届くのだろう。
星って、どんな匂いがするんだろう。
そう思った瞬間だった。
胸の奥が、ふわりと引かれる。
吸い込まれていく。
いや。
星が近づいてくる。
違う。
自分が、星へ近づいている。
そのとき。
瞬く光の向こうから、
かすかな囁きが聞こえた。
シエル……
シェラン……
もう一度。
シエル……
シェラン……
「シエル……シェラン?」
思わず声に出した。
「ノエル?」
振り返ると、悠が眠そうに目をこすりながら立っていた。
「起きちゃった?」
「外に出る音がしたから。」
悠はノエルの隣へ来て、同じように空を見上げた。
「どうしたの?」
「……星が、何か話した気がした。」
悠はしばらく黙って夜空を見つめる。
「僕もね。」
「え?」
「たまにそんな気がするんだ。意味は分からないけど……呼ばれているみたいで。」
ノエルは小さく息をのんだ。
「僕にはね……。」
ポラリスを見つめたまま呟く。
「シエル、シェラン……って聞こえた。」
悠は何も言わなかった。
ただ、静かに星を見上げていた。
風が二人の間を通り抜ける。
ポラリス。
帰る場所を教えてくれる星。
ノエルはそっと目を閉じた。
風が運んでくる。
あの匂い。
どこか懐かしい、
木の香りだった。
つづく
今夜は、
少しだけ空を見上げてみませんか。




