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第1話 ノエル


今日からノエルのお話が始まります。


Noël


初夏の日差しが眩しかった。


初めての日本の夏。

ジイジイ、とセミが鳴いている。


父と二人、この山里で暮らし始めた。


知らない景色。

知らない言葉。

知らない匂い。


でも、不思議と嫌ではなかった。


瞬きをするたび、黒い影が視界をかすめる。

ノエルのまつ毛は、人より少し長い。


その奥には、いろいろな色が混ざった瞳があった。

ヘーゼルという色が、一番近いのかもしれない。


明るい茶色の髪は、毛先が少しだけくせになっていた。


ノエルは、一人でいる時間が好きだった。



父は今日も仕事をしている。

ノエルは今日も、裏山へ行く。


裏山には、古い木が何本も立っていた。


その中に、近づいたことのない木が一本ある。

ほかの木より、ずっと大きい。

ぽっかりと穴が空いていて、中は暗かった。


昼なのに、そこだけ夜の匂いがした。


ノエルは木の前で立ち止まる。


少しだけ、どきどきする。


手を伸ばしかけて、やめる。

もう一度、伸ばす。


そっと幹に触れた。


「入ってもいいかな……」


木は何も言わなかった。


ふと、風が吹いた。

葉っぱが、さらさらと揺れる。


お日様の匂いがした。



頭を下げて、中へ入った。


思っていたより広い。

一人で座るには、十分だった。


秘密基地だ。


ポケットから、小さな鉛筆を取り出す。

木の内側の乾いたところへ、そっと書いた。


Noël 5 ans


これで、この場所は僕の秘密だ。


蝉の声は、もう聞こえない。

木の中は静かだった。


目を閉じる。

なにかが、ふわりと揺れた。


木の匂いがする。

あたたかい匂いだった。

誰かの隣にいるみたいな匂いだった。


気がつくと、手に何かが触れていた。


硬くて、四角い。

土の中から少しだけ顔を出している。


そっと引っぱる。

動かない。


もう一度。

少しだけ動いた。


木の根が、やさしく抱いていた。

土を払う。


少しずつ姿が見えてくる。


一冊の本だった。

表紙には、美しい模様が刻まれている。


そっと開く。


ページが、淡く光った。


木の中が、少しだけ明るくなる。

不思議だった。


でも、字は読めなかった。


ページをめくる。


星空。


黒いマントをまとった青年。

とてもきれいな人だった。


字は読めなかった。

それでも、本を閉じようとは思わなかった。


何度もページをめくる。

何度も、その人を見る。


気がつくと、セミがまた鳴き始めていた。


「また来るね。」


そう言うと、


風が、もう一度だけ吹いた。


つづく



読んでくださって、ありがとうございました。

また森でお会いしましょう。

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